第三話・餅は喰っても喰われるな

 

 

  


 一ガロンばかりの餅をあっという間に腹に収めて、やっと満足したらしい餅はげふ、と遠慮のないおくびを吐きながらこともあろうにこう宣った。

「アリガトウ 高虎サン。オ礼 ハ 身体デ オ支払イシマス。」

 お気持ちだけいただきます。
 思わず敬語になっちゃった高虎に構わず、餅はその巨体でじりじりと高虎を追いつめる。

「高虎サン、怖クナイヨ。全部僕ニ マカセテ...。」

 顎を上向かされ耳元で囁かれる。
 その真摯な瞳の、意外と漢(おとこ)らしいこと...じゃなくて。
 しかしそっと頬に触れる餅の手の感触は決して不快なものではない。
 もっちり(餅だけに)と弾力のある質感。
 それでいてしつこくなくすべすべとした肌触り。
 女でもこんな肌をもった者はそうそういまい。

 
 いや、過去に一人だけいた。

 
 かつて部下であったあの女だ。
 いい女だった。
 顔はあんまり覚えていないが、とにかくいい乳をしていた。
 画面ぎりぎりで見切れがちだがむっちりと肉ののった腰回りもたまらなかった。
 部下のものは俺のもの、とばかりに触ろうとしたら殴られた。
 自分ではさりげなく寄せてあげてアピールしてるくせになんだそれ。
 ていうか、上司を殴るな。危うく何度死にかけたことか。
 そんな彼女も今は人のもの。
 こともあろうにあの三成と。
 万年童貞にあの乳の価値がわかるものか。なんて回想に浸っている場合ではない。今はまさに俺の貞操の危機。
 待て、餅。話せば分かる。落ち着け。

「言葉ジャ 伝ワラナイ 事モ アル。ソウデショ、高虎サン。」

 ちょ、なに上手いこと言ったみたいな顔してんのこの餅。

「高虎サン ガ ガンバッテルコト、僕ハ 良ク 知ッテルヨ。」

 餅との距離がますます縮まる。
 背後は壁。逃げ場は無い。

「家臣ノ為、民ノ為、家族ノ為。
 高虎サン ハ ミンナノ 幸セ ヲ 一番ニ 考エテ、
 自分ノ 気持チ ハ 後回シ。
 イツモ 真ッ先ニ 傷ツイテ、苦シンデ。
 デモ 僕ハ 人間ジャナイカラ 僕ノ事 ハ 気ニシナクテ イインダヨ。」

 ...それは、彼の望んでいた言葉だった。
 全てを計りにかけ、私情を廃し、その中で最善の策を選び、戦国の世を渡ってきた高虎。
 彼を日和見主義の裏切り者と貶む声があることは高虎だって知っている。
 だが、高虎は自分の生き方を恥じたことは一度たりとも無い。
 1人でも多くの人間をしあわせにできるのならこの手はいくらでも汚そう。進んで返り血に塗れよう。
 誰に理解されることがなくとも、己に信念ある限りたった独りまっすぐに歩いて行ける。
 しかし関ヶ原で相見えたあの者たちのように己の感情のままに突き進む、そんな生き方が羨ましく思われることもあるのだ。
 そんな時にはどうしようもなく孤独が身にしみる。
 とっくに諦めていたはずが、しかし心の奥でいつか誰かに、自分を本当に理解してくれる誰かに慰めて欲しいと願っていた高虎の心の底を見透かすように、彼の望んでいたその通りの言葉を与えてくれた目の前の餅。
 不覚にもちょっとぐらっときてしまった隙を餅は見逃さなかった。

「僕ガ、高虎サン ヲ 癒シテ アゲル...。」

 気がつけば目の前に迫っていた餅は高虎の身体を包み込み、視界は真っ白に塗りつぶされた---。

  
  

 
 ちなみに餅はけっこう上手だった。
 身体の中で大暴れしていったものが何だったのかはこの際考えない事とする。
 考えたら人として負けだと思っている。




  

  

 
   

     


朝チュンでした