第一話・巡り会い宇宙

 

 

  


 多忙な日々は戦の痕の虚脱をしばし忘れるのには役立った。
 領地替えに加えて、立て続けの城の普請。
 夜は寝る間も惜しんで図面を睨み、昼は誰より早く起きて現場に赴き指揮をとる。
 失った物の大きさを顧みる間の無いことが、何より彼の心を平静に保つ。
 進むのを止めれば死んでしまう大きな魚のように。
 彼は自身を追い立てた。

 

 そんなある日のこと。
 普請場に向かう途に、通りがかった河原。
 馬上の高虎はふいに、なにやら白いちいさいものが野良とおぼしき猫に襲われそうになっている様子に目を留めた。
 その白くて小さいものは、実に身軽に猫の追撃をかわし、橋の下の暗闇までも追いつめると、ニヤリと口の端を釣り上げ---。

喰った。

 断末魔の叫びも無いままに、黒ブチの、子犬ほどの大きさもあろうかという猫が。
 手のひらに乗るほどの三段重ねの餅の中に。
 まるで吸い込まれるように姿を消したのである。
 思わず手中の尺を取り落とし、射すくめられたように身動きのとれない高虎に、白い生き物はゆっくりと向き直る。

--見たな。

 その生き物が、確かにそう囁くのを高虎は聞いた。
 次はこっちが喰われる。
 戦場で培われた直感、生き延びる為の本能が危機を訴える。(ちなみにこの直感はちょっと違った意味で現実となる)
 とにかく逃げなければ。この場を離れなければ。
 咄嗟に手綱を引こうとした手を、ほとんど目に留まらぬ早さで伝い登り、肩に飛び乗った白い物は、人の言葉でこう言ったのだ。

「高虎サン、助ケテクレテ アリガトウ。
 白餅ハ 白クテ モチモチ、 餅ミタイ...。
 ヤッパリ猫ニモ 美味シソウニ 見エタンダネ!
 オ礼ニ 白餅ハ 高虎サン ト 一緒ニ 暮ラシ マス。」

 餅みたいって、餅じゃないのか。ていうか、今、自分で白餅って。
 とはいえとても確認できる雰囲気じゃない。

 
 真実を証す機会を失ったまま、こうして、白い餅と彼の永い日々は始まった---。