SketchBook:1

 

 

 

 入学式。
 新入生代表の挨拶なんて役目がなければ出席する気はなかった。
 油絵科の席には郷里で先輩だった清正や正則が同級生として座っている。
 お久しぶりですね、“先輩”。
 そんなふうに挨拶してやったら、式が終わって早々に男子トイレに連れ込まれて生意気だと殴られた。
 床に倒れ込んだところを正則に押さえつけられて、まるで鳥の毛でもむしるみたいに下肢の着衣をはぎ取った清正が慣らしもせずに突っ込んでくる。
 久しぶりにしては相変わらず具合がいいとか、俺たちが卒業していった後は誰に慰めてもらっていたんだとか、実に彼等らしく品性の欠片も無い戯言を吐きながら二人は代わる代わる何度も俺の中に精液を吐き出した。
 仕舞いには顔にも好き放題に掛けられて、新調したばかりのスーツが台無しだ。
 こんなやつらと形ばかりでもこれからの4年間共に学ばなければならないのかと思うと吐き気がする。
 
 
 
 今日から実技の授業がはじまった。
 デッサン。マルス。
 石膏なんて予備校の時から見なくても描けるほど描いて来たのに。
 それでも1年生の間は基礎とのこと。実にくだらない。
 顔に青あざを作って現れた俺を見てモチーフ台の向こう側で奴らがくすくす笑っている。
 描いている途中で、あの時無理矢理取り上げられて知られてしまった携帯のアドレスに、授業が終わったらまた男子トイレに来るようメールが入る。
 気が重くて手が進まない。
 こんなことなら大学になど進まず、一人で好きな絵を描いていれば良かったと後悔している。
 
 
 
 新入生歓迎コンパとやらで授業が終わった後、同じアトリエの奴らに駅前の居酒屋に連れて行かれた。
 俺は今年度唯一の現役合格者として注目されているらしい。
 俺からすれば何年経っても大学にすら入れないような奴は早々に見切りを付けて他の道に進むべきなのだ。
 それが本人にとっても周りの者にとっても一番良い。
 才能というのは持って産まれたもので努力には限界がある。
 そんな俺の話を皆は興味深げに聞き、口々に俺の才能を羨んだ。
 久々にとても気分がよく、最初は苦いばかりだと思っていたビールも美味く感じて炭酸水のように飲んでしまい...その後の記憶が無い。
 朝起きたら知らない男のアパートの床に俺は倒れていた。
 俺をほったらかしにして自分はベッドでのうのうと眠る男は、確か、同じアトリエの学生だったと思うが名前も知らない。
 とりあえず裸だったので何か着るものを探そうとして身体を動かしたら、身体の中から男が出したものが溢れ出て来て実に不快だった。
 腹が立って男を蹴り付けてやったがふてぶてしくいびきをかいて起きる気配もない。
 その上やっと見付けた俺の服はなんだか分けの分からない液体でべとべとに汚れていた。
 仕方が無いので部屋に干してあった奴のTシャツとジーンズを拝借して帰宅。
 
 
 
 今日も引き続きデッサン。
 休憩時間にこの前のコンパで言葉を交わした女子学生どもが寄って来た。
 俺の描き掛けのデッサンを前にしきりと頷き、今度は自分たちの絵を見て欲しいという。
 うっとうしかったが人の注目を浴びるということはこういうことなのだろう。
 アドバイスを聞きたいというので、思うままを忌憚なく告げてやったら突然怒り出した挙げ句に泣いてアトリエを出て行った。
 自分から意見を求めておいて失礼な奴らだ。
 才能も無いくせにプライドだけは一人前、そんな奴らにはもう関わりたくない。
 
 
 
 イーゼルが無くなっていた。
 誰かが間違えて片付けてしまったのだろうか。
 作品は描き終えてロッカーに入れてあったのでかまわないが、一緒に置いてあったデッサン用具一式が窓から投げ捨てられていたのには閉口した。
 午後から講評。
 教授陣の誰一人として俺の作品にアドバイスを加えることが出来る者はいなかった。
 まわりの奴らもすっかり黙りこくって、悔しそうな顔と言ったらなかった。
 まあ当然の事だ。
 しかし周りがこんな様ではもう授業にでる必要はないと思う。
 
 
 
 日がな一日アパートで好きな絵を描いてすごす。
 ここに暮らしているのは同じ大学の奴らばかりのようだ。
 隣の男が今頃になって引っ越しの挨拶にやってくる。
 こいつは日本画科で唯一の現役合格者らしい。
 やたらと声が大きく五月蝿い男だが暇をつぶす相手には丁度良い。
 しばらく世間話をしていると、奴はこれからサークルの連中と飲み会があるから来ないかと誘われたが、この前のような事になっても面倒なので断った。
 話に夢中になっていて気付かなかったが、携帯の留守録に研究室からの連絡が入っていた。
 
『助手の島です。
 三成さんの履修届が未提出です。
 明日が〆切なので必ず学校に来て、研究室に顔を出してくださいね。
 待っていますよ。』
 
 低くてやわらかい声。確か背の高い長髪の男だ。
 奴はいつも俺に何かと声をかけ、世話を焼いてくる。
 一人暮らしはもう慣れましたか、とか、焦らず自分の絵を描けばいいんですよ、とか。
 子供扱いしておせっかいな奴だと思っていたが、そういえば最近顔を見ていなかった。 そいつが俺を待っているなんて、なんだか胸の奥がむず痒くなって留守録のメッセージを繰り返し聞く。
 仕方ないから明日は学校に顔を出すことにする。
 

 


美大パートについてはフィクションです