どうすれば
ねぇ どうすれば 旦那様は私を見てくださるの
どうすれば どうすれば
私には 分からない
あの人の心は貴方が持って逝ってしまった
死者に勝てる方法なんて 私には分からない
お恨み申し上げます お父さま

 

 

 

 生のままの鯛が食べたいと言えば旦那様は都まで一日がかりで山を降り、買ってきてくれる。
 旦那様は切り身を一切れ、指につまんで私の口元に近づけて、私は舌を突き出してそれを受け取る。そうやっていろんなおかずを食べる。
 人差し指と、中指と、人差し指とで掬った米を指ごと口に入れて、ついでに旦那様の節くれ立った指を味わうことも忘れない。
 旦那様の好きなお酒を私も少し、口移しで唇を濡らす
 私は手を動かす必要も無い、これが私たちのいつもの食事。
 お行儀が悪いのは分かっているけど、こうして食べるのが一番美味しい。

 

 

 

 閨で、旦那様は少し変わった事をする。
 燭台の灯を全て消してしまって、そうすると私の白い身体は光の発するように闇に浮かびあがるようだと旦那様は言う。
 仰向けに横たわったままの私に、旦那様は良いと言うまで動いてはならぬと約束させる。
 かつて遊郭でしたように、いいえ、あれよりもっとずっと深く濃く、旦那様の指が舌が私の身体のあらゆるところを這う。
 左の乳の先や、肋骨の間、股の内側の筋のところ、浮き出た鎖骨のまあるい窪み。
 その場所はいつもとても正確に決まっていて、私はそこを触れられると痛みに近いくらいの快楽を得る。
 旦那様はどうしてそんな場所を知っているのだろう。
 私が涙を流すほどに耐えきれなくなった頃、旦那様は言う。
 楽しげに、優しく、残酷に。

 
--殿。お辛いか?
 

 それが私と旦那様との約束。
 閨では旦那様を「さこん」と呼び捨てにし、旦那様は私をとても丁寧に愛おしげに「殿」と呼ぶ。
 その理由を私は聞かない。聞きたくなんか、無い。
 旦那様が私に触れてくださる。
 それだけで私は十分満足。
 そのはずなのに。

 

 

 

 ある日、私は自分の身体の変わってしまったことを知った。
 前から少しおかしいとは思っていたけど、朝、どうしても食べ物をうけつけることができなくて厠に走って行き、全部吐いた。食べたばかりの朝餉も、流動物が無くなってからは酸っぱい胃液も、身体の中が空っぽになるかと思うほど、全部吐きつくした。
 その場には旦那様もいたから、きっと分かっただろう。
 早速、街から医者が呼ばれた。
 

--おめでとうございます。
 

 医者はそう言った。
 何がめでたいのだろう。私にはよく分からない。
 旦那様は喜んだ。それこそ、人が変わったように狂喜した。
 日がな一日、私を座らせ膝に頭を乗せてまだぺちゃんこの私のお腹に顔を寄せては、何やら話しかけたりしている。
 臨月は半年も先だから、と何度言っても聞かない。

 
--でかした、でかしたぞ初芽。
 名は佐吉と付けような。

 
 まだ男の子と決まった訳ではないのに。
 無事に産まれるかどうかも分からないのに。
 貴方は、そうやって私を傷つけていくの。
 貴方の前では私はいなくなる。貴方は私を見てはくださらない。
 それを悲しむには、私はもう疲れてしまったの。

 
--楽しみね、旦那様。

 
 薄く唇の端を持ち上げてみる。なんて酷い笑顔。
 貴方は気付かないけれど。