彼女はその人にとっての最後の女になりたかった
結局のところ、ただそれだけが彼女の望みだった

 

 

 

 

 

 

 父親よりもずっと年嵩の、ともすれば祖父ほどに齢を重ねたその人に触れられると、勝は誇らしいようなくすぐったいような心持ちがした。
 仰向けに横たわればほとんど平らで肉よりも骨ばかりが目立つ胸を、分厚い掌で撫で擦り、薄紅色をした突起を無心に食むその人を、力一杯にかき抱いてやりたい衝動に駆られて母親というものはこんなものなのかと分不相応に思ったりもした。
 その人の大きな体に身を添わせて眠るのはとても心がやすらいだし、そうしている時には次の天下人とも噂されるその人が自分だけのものになったような気がして彼女の小さな自尊心は満たされた。
 嫁いで来てから随分と長いこと、それが夫婦の閨の全てだと彼女は微塵も疑わず信じていた。
 甘い菓子を頬張ったり、馬に跨がって遠駆けしたりするのと同じ種類の幼い快楽に、少なくとも勝の方はなんの不満も疑問も抱かずにいた。
 それは彼女を無垢なままに、あらゆる憎悪や嫉妬から遠ざけたいと願う彼女の回りの大人たち、特に彼女の夫たる人の細心の配慮をもって成された事であったのだけれど、彼女自身がそれに気づくはずも無いままに月日は過ぎてしまった。
 そんな彼女の愚かな幸福に終わりが訪れたとき、彼女は絶望し、それでもその人の側にありたいと願う。
 あの人の元を離れたらわたしはとても生きていかれない。
 わたしはわたしでなくなってしまう。
 彼女は若くて美しかったが、裏を返せばそれ以外になにもないことは彼女自身が一番良く理解していた。

 

 

 

 わたしはその人の最初にはなれない。それは既に死者のものであるから。
 わたしはその人の一番にもなれない。わたしの腕は非力に過ぎてあの男には及ぶべくもないから。

  

 

 

 ではどうすれば、わたしはあの人の側に居ることができるのだろうか。
 あの人と一緒に、未来永劫、輪廻の環の果てまでも。

  

  

 

 
そうだ、わたしは、あの人の最後の女になろう