複雑きわまりない婚礼の儀式を終えて初めて閨に侍るとなったその時に、実家から付き従って来た乳母は新妻となったばかりのお勝の手を硬く握りしめて何度もそう言い聞かせた。
 悪戯を叱るのとは違ういつになく真剣な彼女の眼差しに、真新しい白絹の寝間着に包まれたお勝は、これから自分はどれほどの目に遭わされるものかと恐ろしく感じたものだ。
 しかし、まるで光明の見えない戦に討って出るような覚悟を胸に、閨の襖の開く音がしても平伏したまま身動きできずに居た彼女の頭上に、彼女の夫となったその人の声は羽毛のやわらかさで降り注ぐ。

 
「我らは夫婦ぞ。怖がる事は何も無い。」

 
 恐る恐る顔を上げた目の前に、家康は懐から紙の包みを取り出して拡げてみせる。

 
「甘いものは嫌いか。」

 
 それは色とりどりの小さな干菓子だった。
 途端にお勝は久しく忘れていた空腹を思い出した。
 朝から続く婚礼の間、杯で僅かに唇を湿らした以外に、そういえば何も口にしていなかったのだっけ。

 
「ほれ、遠慮せずともよい。」

 
 促されるままに、ひとつを指先で摘まみ上げ口に運ぶと、それは儚い甘みを残してほろりと軽く崩れていく。

 
「まあ、美味しゅうございますわ。」

 
 自然と口から出た言葉に家康は目尻を糸のように細めて、お勝が次々と菓子を口に運ぶのを見つめている。

 
「そなたはまこと、愛らしい。」

 
 彼女の淡く紅を引いた唇に溢れた粉を親指で拭ってやりながら、家康が掠れた声で言う。

 
「もう、良いか。」

 
 菓子の続きを問われたのだと思い違いしたお勝が、こくり、とひとつ頷くと家康は大きな手で彼女のまるい額を覆った。
 一瞬。
 頭の中が巨大な舌の上に包まれる幻覚を彼女はみた。
 心の奥のどんな隅までも柔らかな肉に舐めとられて、その形を探られる。
 今まで知るどの感覚とも違うそれのまえで恐慌状態に陥らずに済んだのは、そこに抱き込まれるような安心感が感じたからだ。
 未知の不安はあっても決して不快ではない。

 
--いまのは、なに。

 
 問い返そうとしたお勝の額から手を除けて家康はこの時はじめて少し困ったような顔をしてみせた。

 
「痛うはせぬから。」

 
 つい、と指で眉間を押され上半身の傾く間に、もう一方の手に足首を掴まれ、お勝の視界は速度をつけてぐるりと反転する。
 夜具に仰向けに倒れ込む格好で、握られたままの脚が左右に割り開かれて寝間着の合わせがはだける。
 我が身に起こったことを理解する前に、なにもつけていない脚の間に暖かな吐息を感じ、そこに家康の頭があることを知ってお勝は盛大に困惑した。

 

--こんな、赤子のような格好。

 

 夫がこれからいったい何をする気なのか見当もつかず、呆然と空に放り出された自分の足先を見つめる彼女の肌にその人はそっと触れた。
 丁寧に細帯を解き薄い下腹に唇を寄せながらも、手探りで袂の隙間に分厚い掌を差し込んだその先で硬く尖った胸の突起を探り当てる。
 広い中指の腹がそれを押し潰しながら転がすその間、まったく為されるがまま、お勝は声を挙げることも出来ずにいた。
 記憶のある限り、彼女はどんな幼い頃にだってこれほど自分以外の他人に肌を触れられたことなどないというのに。

 

--上様は、わたしを疑っておいでなのだろうか。

 

 それは未熟に過ぎるお勝を壊さぬ為の年嵩の夫の情愛であったのだけれど、彼女には気が及ばず執拗な愛撫をそんなふうに捉えた。

 

--たとえば、刃物だとかそういうものを身体のどこかに隠し持っているのではないかとお疑いになって、こうまでして調べていらっしゃるのだろうか。

 

 だとしたらそれは杞憂というものだ。
 ここに来ると決められた時から、わたしのなにもかもを上様に差し出すつもりであるのに。
 ひとり勝手に悲しくなりながら、それでもお勝は乳母に言われた言葉を思い起こし健気に夫の気が済むまでじっと我慢してみることにした。
 しかし身を預けているうち、お勝にはそれが存外の苦行に思えてくる。
 不自然に縫い止められた姿勢もさることながら、なにより夫が顔を動かす度に口の回りに蓄えられた強い髭が肌を刺すその微細な刺激が歯がゆくてたまらないのだ。

 

「くっ、ふっ。」

 

 ついに溜まらなくなって、彼女は声を吐き出した。
 一度堰を切ってしまえば後は容易い。食いしばっていたはずの唇からは、次々と鈴の音のような笑いが漏れ出してくる。

 

「っ.ふふふっ。ぁははっ。」

 

 嬌声などというものとはほど遠い、無邪気なだけの声を上げて彼女は身をよじらせた。

 

「これ、笑うでない。こういう時には女子はじっと黙って身を委ねているものじゃ。」

 

 そう言って顔を上げたその人も、咎めるような口調とは裏腹に目尻を細めて優しげな顔をしていたから、お勝は自身の無礼を顧みる事無くますます声を高くする。

 

「だってとてもくすぐったいのですもの。上様はおもしろいお遊びがお好きなのね。」

 

「まったく、仕方の無い。」

 家康がため息を残して再び脚の間に顔を埋めた直後、ひっ、と裏返った悲鳴をあげ、彼女は肩を跳ね上げた。
 おもむろに逞しい鼻梁が彼女の薄い茂みを掻き分け、胸から下ろされた太い指が厚みのある肉を両に割り開いて、硬い前歯をその奥の秘めやかな肉に感じたからだ。
 




  

  

 
   

     


閨はつづく