随分と気の早い初雪が降ったその日、門の脇に屋根から落ちて積もった塊がなにやらもぞもぞと蠢くのを目を凝らしてみればそれは彼の人の姿だった。
 確かに化けて出て来いと言ったのは自分であるのだけれど、四十九日も余程過ぎた今になって道に迷うて戻り帰って来たらしい。
 戦の後になって人づてに聞いたところによれば、その時にはもう彼の病は随分進んでおり、身体を動かす事にも難儀して、目も見えなかったのだという。
 そのような身に十万億土の旅は遠すぎよう。
 死ねば肉体の不自由からも逃れられるものかといえばさにあらず。業と言えばそれまでだが、実に不自由な事だ。
 自分の身の上が理解できず、あたりをさぐろうと手を伸ばし、萎えた足を引きずって這い回る様は生ける時よりいっそ哀れである。
 加えて一度この世のたがを外れたそれに、こちらの問いかけは通じていないようで交わす言葉は噛み合ない。
 再びまみえることあらば、心行くまで軍略の談義でもと思っていたのがこれではとうてい叶うまい。
 畳の上の手を取って自分の方に引き寄せようとしたが、案の定するりと抜けて掴めない。
 せめて聞こし召せとばかりに軍紀物など読み上げると、それには何か感じるところがあるらしくこちらに耳を傾けるような仕草を見せ、続きを求めて後ろからすがりついてきた。
 そこから聞く物語は彼の気に入ったらしく、以来この幽的はその背を借りて暮らしている。
 重さも無いのだからたいして苦にはならないが、いささか肩が凝りやすくなったのと、たまに“見える”人間に出逢った時などは相手が真っ青になって逃げ出すのには閉口したけれど。

 

 

 

 

 それから2年あまり、備前の中納言が狂死した。
 あの戦で裏切りの末に自害せしめた刑部に祟り呪い殺されたのだという噂がまことしやかに囁かれて、高虎は声をあげて笑ってしまった。
 それは奇麗さっぱり真っ赤な嘘だ。
 
 
 
 何故なら彼はずっとこの背に負われて居るのだから。