時かけだいふく

 

 

 

 

 

・時を駆ける梅だいふくが大変な目にあいます。
・大谷さんが変態扱いです。
『テルマエ・ロマエ』マンガ大賞受賞おめでとうございます。
・坂の上の雲まだ見てない。
・マクロスFもry
・いつもいろいろごめんなさい。

 

 

 

 

 

--この人間はヤバい。相当ヤバい。


 大谷吉継の姿を一目見たその瞬間、梅だいふくの野生動物としての本能は激しくエマージェンシーを告げた
 穏やかな笑み。
 たおやかな仕草。
 しかし、その内心にある尋常ではない雰囲気--何もかもを投げ打って退路を断った者のみが到達する事を許された究極の自由、具体的には特定の人物に対してのみ実行される変態性を伴った求愛行為とそれを邪魔する者に対する容赦なき排除行為の現実的可能性--に、幸か不幸か大福は鋭敏に気づいてしまったのである。
 飼い主たる少女にそれを伝えるための大福の甲高い声が陣幕内に響き渡る。

「ぢゅーッ!!ぢゅーッ!!」
(対訳:こいつはくせえッー!下衆以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!! 
 こんな悪
(ワル)には出会ったことがねえほどなァーーーッ 
 不治の病で変態になっただと? ちがうねッ!!
 こいつは産まれついての変態さんだッ! 
 たまきさん、早ぇとこコイツを小早川に渡しちまいな!)

「どうしたの梅だいふく。大谷殿は殿のお友達なんだよ?きちんとご挨拶して?」

 しかしたまき当人はそう言ってしきりと警戒音を発する大福を宥めようとするのみである。
 この時ほど大福は自分が鼠であり、この飼い主の少女と言語を介しての意思の疎通が不可能である事実を口惜しく思った事は無い。

「おや、たまき殿。
 さっきからそこで癇に障る鳴き声を立てているのは何の生き物かな?」

 大谷はいかにも今気づいたような素振りで、たまきの肩の上で全身の毛を逆立たせている大福の方向に顔を向けた。

「ごめんなさい。
 この子はハツカネズミの梅だいふくっていうの。わたしの大切な相棒よ。
 慣れない戦場に来て怯えてるのかな...いつもはとても良い子なんだけれど。」

「そうか。鼠、か。
 いやいや、実に元気のよいことだ。
 しかし些か...」

 五月蝿いな、言うが早いか大谷は白い布に包まれた腕を素早くたまきの肩に伸ばした。
 その指先は目の光を失っているとはとても思えないほど実に正確に動きで大福の尻尾を捉えて摘まみ上げ、ひょいと、自らの大きく開かれ口の中に放り込む。

「...え?」

--大福が、大谷殿の中に...消えた?

 あまりに一瞬の出来事に何がおこったのか分からず目を瞬かせるたまき。
 右肩を見てみてもそこに相棒の姿は無く、辺りに落ちている形跡もない。

--まさか、いいえ、そんなことって...。

 未だ事態を理解できず、呆然とする少女の眼前で、ごくり、と大谷の喉が大きく嚥下される。

「やれやれ、これでやっと静かに話が出来る。
 小腹も減っていたからな、丁度良いおやつだった。
 ごちそうさま、たまき殿。」

 扇子を口元にあて、にこり、と優雅に微笑む大谷。

「ちょっ、何すんの大谷殿!梅だいふくはおやつじゃないよ!!」

「どうしたんだ、たま。」

「殿!! 大変だよ、大谷殿が梅だいふくを食べちゃったんだよ!」

「落ち着け、たま。吉継は病気だから栄養が必要なんだ。そうだろ、吉継。」

「流石は私の三成v いつも君だけは私の真の理解者だなぁv

「ああ。俺は吉継のことならなんでも知ってるぞ、だって親友だからな!」

「三成...v

「梅大福は栄養じゃないよ!! むしろ食べたら病気になっちゃうよ!!
 大谷殿ッ、早く梅大福を吐き出してッッ!!」

 ...というような人間たちのどうでもいい会話を、梅だいふくは大谷の食道を緩慢に落下しつつ聞いていた。
 まさか野良猫どころか人間に喰われるなんて。うかつであった。すっかり油断していた。

--白くてふわふわお菓子みたい...やっぱり大谷殿にもおいしそうに見えたんだね...(※見えてない)

 我が身を消化せんと蠢く大谷の粘膜の熱さと狭さに、大福の意識はそこで途切れた。
 

 

 

 

 

 

 身を預けた大地がおおきく揺らぎ、すわ地震かと飛び起きた大福は辺りを見回して言葉を失った。
 さっきまでいたはずの戦場とはまるで違う、見覚えのない木の床に大福は倒れていた。
 あれから自分はたまきに助け出され、どこぞの陣屋にでも担ぎ込まれたのであろうか。
 それにしては側にたまきの姿は見えず、代わりに異人のような着物を身に付けた男たちが辺りを大股で歩き回っている。
 大福にまるで気づかぬ彼らの脚の間を、踏まれぬようかいくぐりながら大福は窓の方へと近付いてみることにした。
 透明な板ごしにそこに見えた風景に大福は鳴き声のひとつも発する事が出来なかった。
 辺りは一面、波立つ水。
 そう、ここは海の上。船の中であったのだ。
 見えている限りの人間の数を考えてもこれは相当大きな船であり、しかもその一部は鉄でできている。

--これほどの財力を持てるのは豊臣家、いや、万が一に備えて徳川が営造させていた鉄甲船かもしれない...しかし、自分がどうしてこんなところに...?

 すっかり混乱した大福はとりあえず幾度かその場をぐるぐるとまわってみたり、おもむろに自らの尻尾を甘噛んで毛づくろいなどしてみたがそんなことで事態が打開されるはずもない。

--このままではいけない。

 ようやくほんの少し落ち着きを取り戻した大福が、ぐしゃぐしゃになった尻尾を手放したその時、部屋の前方に座っていた男のひとりが振り返り大声をあげた。

「東郷指令艦長! 船影です!!
 本艦前方にロシアバルチック艦隊の船影を確認しました!!」
 
「よし、わかった。諸君は私のこれから指示の通りに行動してもらいたい。」

 部屋の奥の一段高くなった台の上からそれに答えた老年の男の声は決して大きくはない。
 しかし圧倒的な威厳をもって室内に響き、一瞬にしてそこにいた男たちの間の空気が張り詰めるのを大福は感じた。

「敵が我が隊と並ぶ直前に左一六点(180度)逐次回頭。
 丁字戦法に持ち込む。」

「そ、そんなことが可能なのですか!?
 敵に船側を晒している間に集中砲火を浴びでもしたら...!」

「私を信じて欲しい。そして大日本帝国海軍の勝利を。」

「はいっ!」

 力強い語調に、男たちは自然に敬礼の姿勢を取っていた。
 その間にも前方から迫り来る船影。
 距離はいよいよ縮まり、ふたつの艦隊が並ぶ直前、

「いまだ。」

 号令と共に船は舵を切り、ほとんど180度船体を急展開させた。
 その拍子に大福の小さな身体は開いた窓の隙間から船外に放り出される。

--そうか。
 
 宙を、海に向かって舞いながら大福は男が口にした“丁字戦法”の意味を理解した。
 敵も味方共に攻撃手段である大筒は全て船の側面に備えられている。
 この構造上、正面の敵を攻撃する事は出来ない。
 その特性を逆手に取ってこちらは敵艦隊の真正面、進行方向上に船を並べたのだ。
 敵はこちらに向かって砲撃してくることができず、横一列になったこちらの船隊からは集中砲火を浴びせることができる。
(ウィキ先生参照)
 自艦の機動性を最大限に信頼し活かしきった、なんという意表をついた戦法であろうか。
 この戦術を目前に迫る合戦に応用する事はできないだろうか。

--例えば騎馬で突入してくる敵の横腹に密かに鉄砲隊を配し一斉射撃を浴びせる...これは、使える!!
 早速たまきさんに伝えなければ! 鉄は熱いうちに打て!!

 息巻きつつ、次々と撃沈する敵艦を視界の端に捉えながら、大福もまた彼らと共に海の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

「梅だいふくだいじょうぶ?!しっかり、しっかりして!!」

 自分を呼ぶ懐かしいたまきの声に大福は再び意識を取り戻した。

「梅だいふく!よかった、もう消化されちゃっていたらどうしようかと思って...」
 
 大谷の胃袋から生還した大福との再会を喜ぶ彼女は、胸にしっかりとこの小さな相棒を抱き締めて涙ぐみ、同時にその全身から漂う酸っぱい匂いに顔をしかめた。

--どうやら今度こそたまきさんの元へと戻って来られたらしい...。

 首をひねって身体を調べてみれば尻尾の端がちょっと溶けている。
 大谷に喰われたところまでは現実であるらしい。恐ろしいことに。
 あれは瀕死の際に見た幻影であったのだろうか。

--否。夢だけど夢ではない。

 あの海に戦う男たちの闘志は、まぎれも無く大福の心に一抹の炎を灯した。
 その熱さを信じつつ、大福はしばし少女の未発達な胸部の感触を堪能するのであった。

 

 

 

 

 

 こうして関ヶ原の地に舞い戻った梅だいふくであったが、その後も食物連鎖ピラミッドの底辺を担う被食者としての過酷な運命が彼を待ち受ける。

 

 

 暇つぶしに餌を探していた鬼ぼんたんに喰われて古代ローマにタイムリープし、カルタゴの鬼将軍ハンニバルが機動性に優れた騎兵をもってローマ軍を巧みに取り囲み圧勝を収めたカンエナの戦いに従軍。
 その最中、突進して来た馬に踏まれて生死の境を彷徨ううちに無事関ヶ原に帰還する。(この時もともと潰れ気味だった体型がさらに潰れた)

 

 

 どこからともなく飛来した姫よもぎに喰われて中国大陸にタイムリープし、長江を舞台に季節風を味方に付けた呉軍が天才軍師・諸葛亮の発案のもとその何倍もの数の魏軍の船団を焼き払う赤壁の戦いを目の当たりにするも、煙と炎にまかれて生死の境を彷徨ううちにまたもや無事帰還。(この時は耳の端がちょっと焦げた)

 

 

 まさに命懸けのタイムリープを繰り返す度、古今東西の戦場にとばされ後の世に名将と称される男たちの元で数々の奇跡のような戦術を実体験していく梅だいふく。
 その全てを彼は小さな大脳の中に刻み付けた。
 大福にとっては西軍がどうなろうと知ったこっちゃない。
 自分を喰った大谷や、バカの総大将がどんな末路をたどろうが全く興味はない。
 むしろ大福は人間と言うこの極めて利己的な生物が大嫌いであったので、相打ちでみんな滅びれば良いとさえ思っていた。
 しかし、その中で唯一の例外であるたまきの笑顔と幸せのため、彼は敢えてこの過酷な運命に身を晒しそれらを貪欲に吸収していったのである。

 

 

 こうして得た貴重な知識が西軍の戦術上、その真価を発揮できたのかというと結論から言ってしまえばそのような歴史的事実は一切無い。
 関ヶ原の戦いにおいての勝敗結果は後世の歴史書の語る通り覆りはしなかった。
 梅だいふくがタイムリープで得た戦術の数々を生かす機会は全く無かったのである。

 

 理由は極めてシンプルかつ明快だ。

 

 結局のところ、どんなに素晴らしい戦術を身に付けようとも彼はハツカネズミであり、たまきをはじめとする人類との詳細なコミュニケーションは不可能なままであったから。

 

 

大福で世界を救えるはずがないでしょ☆

 

 

 

 

 

 

 


いろんなものを貪欲にオマージュしてみました
戦術パートはオールフィクションです 念のため