・時を駆ける梅だいふくが大変な目にあいます。
--この人間はヤバい。相当ヤバい。
「ぢゅーッ!!ぢゅーッ!!」 「どうしたの梅だいふく。大谷殿は殿のお友達なんだよ?きちんとご挨拶して?」 しかしたまき当人はそう言ってしきりと警戒音を発する大福を宥めようとするのみである。 「おや、たまき殿。 大谷はいかにも今気づいたような素振りで、たまきの肩の上で全身の毛を逆立たせている大福の方向に顔を向けた。 「ごめんなさい。 「そうか。鼠、か。 五月蝿いな、言うが早いか大谷は白い布に包まれた腕を素早くたまきの肩に伸ばした。 「...え?」 --大福が、大谷殿の中に...消えた? あまりに一瞬の出来事に何がおこったのか分からず目を瞬かせるたまき。 --まさか、いいえ、そんなことって...。 未だ事態を理解できず、呆然とする少女の眼前で、ごくり、と大谷の喉が大きく嚥下される。 「やれやれ、これでやっと静かに話が出来る。 扇子を口元にあて、にこり、と優雅に微笑む大谷。 「ちょっ、何すんの大谷殿!梅だいふくはおやつじゃないよ!!」 「どうしたんだ、たま。」 「殿!! 大変だよ、大谷殿が梅だいふくを食べちゃったんだよ!」 「落ち着け、たま。吉継は病気だから栄養が必要なんだ。そうだろ、吉継。」 「流石は私の三成v いつも君だけは私の真の理解者だなぁv」 「ああ。俺は吉継のことならなんでも知ってるぞ、だって親友だからな!」 「三成...v」 「梅大福は栄養じゃないよ!! むしろ食べたら病気になっちゃうよ!! ...というような人間たちのどうでもいい会話を、梅だいふくは大谷の食道を緩慢に落下しつつ聞いていた。 --白くてふわふわお菓子みたい...やっぱり大谷殿にもおいしそうに見えたんだね...(※見えてない) 我が身を消化せんと蠢く大谷の粘膜の熱さと狭さに、大福の意識はそこで途切れた。
身を預けた大地がおおきく揺らぎ、すわ地震かと飛び起きた大福は辺りを見回して言葉を失った。 --これほどの財力を持てるのは豊臣家、いや、万が一に備えて徳川が営造させていた鉄甲船かもしれない...しかし、自分がどうしてこんなところに...? すっかり混乱した大福はとりあえず幾度かその場をぐるぐるとまわってみたり、おもむろに自らの尻尾を甘噛んで毛づくろいなどしてみたがそんなことで事態が打開されるはずもない。 --このままではいけない。 ようやくほんの少し落ち着きを取り戻した大福が、ぐしゃぐしゃになった尻尾を手放したその時、部屋の前方に座っていた男のひとりが振り返り大声をあげた。 「東郷指令艦長! 船影です!! 部屋の奥の一段高くなった台の上からそれに答えた老年の男の声は決して大きくはない。 「敵が我が隊と並ぶ直前に左一六点(180度)逐次回頭。 「そ、そんなことが可能なのですか!? 「私を信じて欲しい。そして大日本帝国海軍の勝利を。」 「はいっ!」 力強い語調に、男たちは自然に敬礼の姿勢を取っていた。 「いまだ。」 号令と共に船は舵を切り、ほとんど180度船体を急展開させた。 --そうか。 --例えば騎馬で突入してくる敵の横腹に密かに鉄砲隊を配し一斉射撃を浴びせる...これは、使える!! 息巻きつつ、次々と撃沈する敵艦を視界の端に捉えながら、大福もまた彼らと共に海の底へと沈んでいった。
「梅だいふくだいじょうぶ?!しっかり、しっかりして!!」 自分を呼ぶ懐かしいたまきの声に大福は再び意識を取り戻した。 「梅だいふく!よかった、もう消化されちゃっていたらどうしようかと思って...」 --どうやら今度こそたまきさんの元へと戻って来られたらしい...。 首をひねって身体を調べてみれば尻尾の端がちょっと溶けている。 --否。夢だけど夢ではない。 あの海に戦う男たちの闘志は、まぎれも無く大福の心に一抹の炎を灯した。
こうして関ヶ原の地に舞い戻った梅だいふくであったが、その後も食物連鎖ピラミッドの底辺を担う被食者としての過酷な運命が彼を待ち受ける。
暇つぶしに餌を探していた鬼ぼんたんに喰われて古代ローマにタイムリープし、カルタゴの鬼将軍ハンニバルが機動性に優れた騎兵をもってローマ軍を巧みに取り囲み圧勝を収めたカンエナの戦いに従軍。
どこからともなく飛来した姫よもぎに喰われて中国大陸にタイムリープし、長江を舞台に季節風を味方に付けた呉軍が天才軍師・諸葛亮の発案のもとその何倍もの数の魏軍の船団を焼き払う赤壁の戦いを目の当たりにするも、煙と炎にまかれて生死の境を彷徨ううちにまたもや無事帰還。(この時は耳の端がちょっと焦げた)
まさに命懸けのタイムリープを繰り返す度、古今東西の戦場にとばされ後の世に名将と称される男たちの元で数々の奇跡のような戦術を実体験していく梅だいふく。
こうして得た貴重な知識が西軍の戦術上、その真価を発揮できたのかというと結論から言ってしまえばそのような歴史的事実は一切無い。
理由は極めてシンプルかつ明快だ。
結局のところ、どんなに素晴らしい戦術を身に付けようとも彼はハツカネズミであり、たまきをはじめとする人類との詳細なコミュニケーションは不可能なままであったから。
大福で世界を救えるはずがないでしょ☆
いろんなものを貪欲にオマージュしてみました
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