私は善人ではない。

 
私は恩ある主家に背き、旧知を裏切り、誰よりも敗北を恐れていつも安全な大樹の陰に寄り添いながら誰よりも多くの見返りを求めた。
それが己の一族を生きながらえさせる為の当然の選択であり、決して個人の功名を求めた訳ではなかったにしても。
そんな私が善人であるはずが無い。

 

 

 

私は善人ではない。

 
では悪人かと問われればそれは違う。
悪人とは回りの人間に害を為し不幸にする者のことだ。
その点からいえば、私の旧知は彼自身は無自覚であってもまごう無き悪人であった。
なので私は彼に当然の報いを教えた。
悪人を捌く私が悪人であるはずが無い。

 

 

 

私は善人ではない。

 
私は自らの小心と狡猾と限界を知っている。
身の程をわきまえず戦場にしゃしゃり出てくるあの女とは違う。
場違いな自分の言動と存在にどれだけの人間が振り回され迷惑したか、結局気づく事の無かった彼女はある意味で幸福であった。
そんな彼女に最期まで我慢強くつき合った私を、皆は心根の善い人間だと言う。
その度に私はこう返す。

 
“私は自分の為すべき事を果たしたまでです。みなさんの言うような善人などではありません。”

 
悪を除き、決して分限を誤らず、それでいて謙虚な私を人々はますます彼こそ本物の善人だと褒めそやす。

 

 

 

私は善人ではない。

 
そう言うほどに私は本当の善人になっていく。
 




  

  

 
   

     


エピフラの田中さんネタ
彼は東軍の夜の帝王