心はここに。
ずっとずっと、貴方のそばに。
娘の婚礼の前祝いに、酔いの極まった父は笑い、怒り、泣き、一通りの感情を盛大に表現した後、大いびきで卓に突っ伏してしまった。
従者に彼を寝室まで送り届けるよう頼み、星彩は空になった器の並ぶ宴席を辞した。
酔いに火照った頬を冷まそうと、回廊を歩く。
薄暗がりのその先に天を仰ぐ人影を見つけ、星彩は幼なじみの名を呼んだ。
「関平。」
彼もまた酒豪の義叔父に勧められるままに杯を重ね、酔いを冷ましていたのだろう。星彩の姿に気付くと軽く目礼を返した。
「明朝には江陵に戻ると聞いたわ。」
「養父(ちち)が待っております。
婚礼の儀に臨席できないのは残念ですが、お祝いだけでも申し述べてこいと言われましたから。」
従兄妹にもあたる彼は江陵を守る義父に代わって1人言祝ぎに来たのだった。
「叔父上も大層よろこんでおいででしたね。」
「父は、私がもう戦場に出る心配をしなくて済むと喜んでいるのよ。」
それからいくつか、たわいもない話をしたような気がする。
この春生まれた愛馬の子の成長。
武芸の鍛錬。
江陵に吹く長江を渡る風の心地よい事。
これから来る成都の冬の厳しさ。
今となっては覚えていない。
もっと、話をしておけばよかった。
親しく言葉を交わしたつもりでも、関平の言葉遣いは既に将来の皇后に対するものだった。養父に似て礼儀を重んずる彼ならば、当然のことかもしれない。
けれど、婚礼の決まるまで、まだ童の頃は父親達が子犬の兄妹のようだと笑うほど共に野を転げ回っていたものを。
次第に距離をとるようになったのは彼からだ。最近は関平が父の任地に付き従ったこともあり互いに姿をみることもまれになっていた。
「関平殿。」
哀しくなって、貴人のそれで星彩は彼の名を呼んだ。
「はっ。」
関平は片足を折って床にひざまづく。
「この肌にふれることは許しません。けれど、あなたの証が欲しい。」
国に嫁ぐこの身。
もう、自分のものではない。
決して貴方のものにはならない。
けれど。
青年はうやうやしく星彩の靴ごと足を自分の膝に捧げ持ち、つま先に口づけを落とした。
「ありがとう。武運を。」
「妃殿下も、どうぞご健勝で。」
「また、会えるでしょうか。」
「そうですね。春にはまた、ご尊顔をお伺いに参ります。」
それきり、二人は分たれた。
心はここに。
ずっとずっと、貴方のそばに。
麦城が落ちて、敗走の末に彼が義父と共に呉に捕縛されたという報を星彩は後宮の奥で聞いた。
妻の膝に頭を預けて午睡に耽っていた夫は、事態が飲み込めていないのかうん、と小さくうなずいただけで再び瞼を落としてしまった。
続報はすぐにもたらされるだろう。
窓の外に目をやれば、白い欠片がちらちらと舞っている。
都ではこれがこの冬、初めての雪だ。
明け渡した心は貴方が持って行ってしまいました。
貴方と一緒に雪に埋もれてしまいました。
わたしのこころはいまもつめたいゆきのなか
張飛の娘は姉妹で劉禅に嫁いでいるんですね 星彩はお姉さんの方という設定で 各人の年令設定は、そこはソレ、そういうことで...脱兎
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