鳴り止まないざわめきに飛び起きて障子を開け放てば外は雨だった。
 春の冷たい雨が容赦なく打たれ、盛りを待たずに散り行く花びら。
 今日こそは満開を誇るはずだったそれが地に落ちて泥にまみれる姿を左近は呆然と見つめた。
 桜の花のあるうちは自分の元に来れるのだと彼は言った。
 それがこの様では叶えられない。
 ただでさえ短い花の命。
 それが無惨に散らされて行くのをただ見てはいられなかった。
 裸足のままで庭に走り出し物置小屋から竹竿と筵を持ち出す。それで木の周りに櫓を組み、花に覆いをかける。

 
「島様!お止めくださいませ!お風邪を召しまするぞ!!」

 
 着物をぐっしょりと濡らして、けれどそれを微塵も気に留めずに作業を続ける左近にはそんな家臣達の叫びも届いていない。
 大きな樹の、やっとほとんどを覆い終えたとき、それでも枝に残る花は数えるほどで左近は冷たくひえきった身体を空しく引きずり縁側に座り込んだのだった。

 

 

 

 

 夜になって雨脚はさらに勢いを増した。
 彼はもう現れないかもしれない。
 それでも諦められなくて、思いを断ち切ることは出来なくて、左近は障子を開け放したまま庭を眺めていた。
 たった二夜、逢瀬を重ねただけの少年への未練を振り切ることができない自分がこれほどに女々しい男だったとは左近自身思ってもみなかった。
 自分には主人という大切な人がいるというのに、その留守の間に何をしているのかとも思うが、それも全てあの少年の中にまぎれもないその主人の姿を認めたから。
 彼が主人の幼い頃の姿なのだと左近は確信めいたものを抱いている。
 それは桜の見せる幻などではない。
 何か超常の力が時空を越えてふたりを引き合わせたのだと言われても今の左近は信じてしまえる。
 だから今一度、と左近は願った。
 今一度、彼に会いたい。

 

 

 

 

「おきてくれ..なあ..おきろ..。」

 
 背中に冷たい気配を感じて左近は重い瞼を押し上げた。
 昼間の疲れと、雨の寒さと。それでいつのまにか自分の腕を枕に寝入ってしまっていたらしい。

 
「佐吉!?」

 
 左近の広い背にぴったりとしがみつくそれは小刻みに震えていて。
 咄嗟に振り返ろうとする左近を細い腕が押しとどめる。

 
「そのまま、見ないでくれ。俺は...汚い。」

 
 声さえも弱々しく、語尾は掠れて。

 
「どうした、何があった。」

 
 我知らず怒気を含んだ左近の声に少年の身体がびくり、と震えたのがわかる。

 
「言ってくれ。何をされた。」

 
 着物を強く握って離さない手に、そっと己のそれを這わせながら左近は努めて穏やかに問いかけた。
 少年の手は絹のようにすべらかで、そして氷のように冷えきっていた。
 大きな手のひらでそれに自らの熱を分け与えるように何度も擦ってやる。
 そうしているうちに少年の身体から強ばりが少しずつ抜けて行くのが分かる。

 
「何を聞いても俺は平気だ。だから言ってくれ。」

 
 頼む、と呟いた左近の項に少年の唇が当てられる。

 
「俺は穢されたんだ。」

 
 耳元で呟かれた告白に左近は己の中の何かがぷつんと切れた音を聞いた。

 
「あっ!嫌だ!!」

 
 静止も聞かず体勢を逆転させると力任せに少年の身体を組み敷く。
 大人の体重をかけられて押さえつけられ、少年はばたばたともがくが逃れることはできない。
 暴れて乱れた襟の奥に左近は見付けてしまった。
 少年の肌に残された陵辱の跡。
 引きちぎるようにして上半身の着物を剥ぐとそれは身体のありとあらゆる場所に及んでいた。
 まるでこの身体を所有した証を残すかのように、他の者が触れることを禁ずるかのように。

 
「これでわかっただろう。」

 
 少年の声は揺れている。
 背けた顔の目の縁が紅を佩いたかのように血の色をたたえて、どれだけ彼は我が身に降り掛かった仕打ちに涙したのか。

 
「俺は..お前がいいと思ってた。お前なら怖くないって。なのに...あいつらが。」

 
 振り絞るようにそれだけ告げると白い歯が薄い唇を噛み締める。
 再び肩を震わせて両の手で顔を覆ってしまった少年を左近は身を引き裂くような悔恨の思いで見つめた。
 少年を傷つけたのは誰でもない自分だ。
 少なくとも、自分が彼の身体を押し開かなければ、いまだ幼い彼の中に密かに息づいたままの色香を引き出すことさえしなければこんなことになりはしなかったのではないか。
 彼にその甘い香りに誘われて寄ってくる虫どもをはね除ける力を与えずに、ただいたずらに美しさだけをむき出しに晒した。
 咎められるべきは彼ではない。分かってはいても左近は沸き上がる怒りを抑えられない。
 真っ白なその身体を自分の思う通りに染め上げたいという欲望を自分もまた抱いていたのだから。
 腕の中で蕾みだった花がおそるおそる綻び始め、咲き誇るのを見たいと願っていた。
 彼に快楽を教え込んだのは決してその花を他人の手で散らされる為ではない。
 しかし左近が慈しむべき花は無惨に地に落ちた。
 その、美しき色と香りが故に。

 
「俺は..俺はそれでもお前に会いたいと思ったから。きっと、嫌われると、蔑まれると、わかっていたけれど...それでも。」

 
 左近には少年が笑っているように見えた。
 この年頃の少年には不釣り合いな諦めに染まった儚い微笑み。

 
「でも、もう十分だ。放せ。」

 
「放せばどうする。」

 
「帰る。二度とお前には会わない。」

 
 そんなことが許されるものか、と低く呟いた左近の顔からは表情というものが読み取れず少年は恐怖に凍り付いた。

 

 

 

 

 丈の合わない袴を抜き取り、下帯を解けば、鬱血した痣はそこにも広がっていた。
 中には強く吸われすぎて青紫に変色したものさえ見られ左近は眉根を寄せた。
 手のひらにすっぽりと収まる膝頭を押し上げ、胸につくほど折り曲げる。
 秘部が丸見えになる格好をとらされて、少年は身体をよじらせたがすぐに諦めたようにぐったりとなった。

 
「どうだ、やっと嫌気がさしたか。」

 
 足の間、そのずっと奥に隠された箇所を凝視したままの左近に少年の自嘲まじりの声が降り注ぐ。
 つつましくすぼまりを見せるはずのそこは紅く爛れ、うじうじとした透明な液体をにじませている。
 どれだけ酷使されたのか。
 未だに閉じ切ることが出来ず、その間からは内壁の生の粘膜が垣間見えていた。
 その上の性器とて酷い有様だった。
 初めて左近が目にした時とは明らかに違うそこは熱をもって腫れ上がり、付け根とまだ幼い幹には縄目の跡がくっきりと残って。

 
「このように喰い散らかされた身、あきれ果てただろう。」

 
 もう放せ、と吐き捨てるように言った唇に左近は噛み付いた。
 そのまま何事かを叫び続ける口に舌をこじ入れ、歯列をなぞる。
 拒もうと必死で閉じようとするその間に指を差し込み、上あごの骨を覆う薄い粘膜をなぞりあげた時、少年の身体がびくりと大きく震えた。
 気付けば咥内に広がる鉄の味。
 少年の牙が左近の指の皮膚を喰い破ったのだ。
 血の匂いが二人を酔わせる。
 一方的だった愛撫に少年の舌がおずおずと絡められ、いつしか互いが互いを貪り合う。
 つ、と銀の糸を引き、やっと二人が分たれたとき、左近は少年の涙に濡れた瞳をまっすぐに見て言った。

 
「放すものか。放してなどやらない。今は。今だけは。」

 
 この、二人に許されたたった一夜のうちは、決して放さないと。
 それはまるで自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 
 
 昨晩も、その前も。幾度か味わったはずの皮膚が今宵は甘い。
 左近の舌が身体を這う度に少年は胸を突き出して先をねだった。男に愛撫された箇所から穢れが消えて行く。そんな気がしたから。けれど目を開ければ映るのは身体中に散らばる陵辱の跡で、それは決してなくなりはしない。
 きつく閉ざされたままの少年の少年の瞼に唇を落とし、左近は言った。

 
「目を開けてくれ。そしてお前を抱いている男の顔を見るんだ。」

 
 ゆっくりと少年の目元から力が抜け、長い睫毛に縁取られた鳶色の瞳が現れる。
 そこに映る自分の姿を見つめながら左近の指は彼の身体の隅々を旅した。
 呼吸の度に上下する肋骨の谷をなぞり、硬く立上がる胸の突起をくすぐり、窪みに涙の溜まる鎖骨の窪みを掻いた。
 少年の持つ全ての形、全ての感触を指先に記憶するために。
 どれくらいの時間がたっただろう。
 左近にとっても、少年にとっても、長い旅の果てに指は腰骨の隆起を越えて、足の間へと伸ばされる。
 下生えさえまだ持たない性器にそれが絡み付いた時、少年の身体は流石に震えた。
 忌まわしい記憶が蘇るのだろう。
 それでも目の前の男を信じようと耐える様は健気で左近の胸の内をきつく締め上げる。

 
「大丈夫だ。怖くなったら言ってくれ。」

 
 愛撫とはとても言い難い。ただ、力を込めず上辺をかすめるだけの接触。
 それをつづけるうちに少年の唇が何事かを告げたそうに震えた。

 
「どうした?嫌か?」

 
 違う、と彼は首を横に振った。

 
「もっと...強く..。」

 
 少年の言葉に笑みを返して、左近は頭を彼の足の間に埋めた。
 そこの熱を鎮めるかのように幹全体を舌で包んでやる。
 ぴちゃぴちゃと音を立てながら、口を動かし、同時にその下に揺れる果実を指先で緩く揉みしだく。

 
「ぁあ...っ..もっと..もっと..して。」

 
 懇願に促されて左近は愛撫を強めた。 
 絡めたままの舌で扱き上げると少年の腰が浅ましく揺れた。
 左近に向かって突き出されるような動物的な動きを繰り返すそれが求める先を知って、左近はその願いを叶えるため咥内全体で強く性器を吸い上げる。

 
「んふぅ..っ!」

 
 かすかな苦みを持った液体が流れ込む。
 その量はわずかであったけれど、少年にとっては十分すぎる快楽をもたらしたようだった。
 はあはあと荒く息をつく彼の頬に、左近は口を寄せた。

 
「怖くなかったな?」

 
「平気だ。」

 
 少年は吐息の下で微笑んでいた。

 
「お前なら平気なんだ。お前だから、平気だ。」

 
 そして、続けて。

 
「なあ、もっと、してほしい。
 俺に本当の果てを見せておくれ。」

 

 

 

 

 指先にとっぷりと浸した香油を少年の秘部に塗り込めていく。
 最初こそ痛みに身を引きつらせたものの、時間をかけて丁寧に大量の潤いを与えるうちにそこは自ら求めるように収縮運動を始めた。
 左近は頃合いを見計らって指を一本だけ差し入れる。
 傍若無人な仕打ちに荒らされた内部は指先で分かるほど腫れ上がっていた。
 これでは自分を受入れることなど、苦痛以外の何ものも彼にもたらさないのではないか。指を引抜こうとする左近の手を少年の手が止める。

 
「やめないでくれ。このままにしないでくれ。」

 
 懇願されるまま、指を二本に増やして再び内部を探る。
 腹側のある一点、昨夜見付けたその箇所を揉み込むと少年の身体がぐんとしなった。

 
「あぁ!そこを..!」

 
 弱く、強く、そこを嬲ればおもしろいように細い身体が踊る。
 ひゃんひゃんと子犬の哭くような声を漏らして悦楽に染まる。
 この身体を犯した者どもは知るまい。彼のこのような艶姿を。

 
「なあ..もう...」

 
 その言葉の先を、静止とは左近は受け取らなかった。
 気がつけば己の股間は若い盛りの頃のように隆々と力を持ち、先走りをしたたらせている。着物を裾をまくって取り出したそれに、少年の視線が絡むのを左近は感じた。
 恐怖を拭いされず、けれど期待を隠しきれず。
 これから我が身に降り掛かる苦痛と悦楽の両方を知る瞳。
 そのどちらをも彼に与える最初の存在になれなかったことを左近はやはり悔やむ。
 今さら何を思ったところで取り返しのつかないことだと知った上で、それでも。
 左近の苦悩を悟ったかのように少年は上半身を起こして白い腕を勃起した性器に伸ばした。

 
「これ...。」

 
 どこで覚えたのか。器用な指先がくるくると動いて濡れそぼる先端を滑る。

 
「好きだ。お前だから好きなんだ。」

 
 声と繊細な刺激と少年の婉然と笑む顔と。全部がひとつになって左近を突き動かす。
 がっしりと少年の柳腰を掴むと、躊躇うこと無くそこに突き入れる。

 
「ぁあああっ!!」

 
 悲鳴に似た嬌声を上げて少年の喉が仰け反る。
 優しくしてやろうと思った。傷ついた箇所を気遣ってやるはずだった。
 なのに自制が効かない。

 
「ぐぉっ..!」

 
 獣のような咆哮をあげながら左近はひたすらに腰を打ち付け続けた。

 

 

 

 

 左近がやっと我に返ったのは幾度かの放出の後だった。
 思うがままに貪りつくした己の下の身体はくったりと力を失って畳に投げ出されている。
 薄い肉に覆われた腹の上には、彼自身の吐き出した幼い精の跡。それを無骨な指でそっと拭ってやる。この奥に、今だ自身が収まっているのだ。押せばその形さえ知れてしまいそうな華奢な身体。
 また無理をさせてしまった。これではこの身体を引き裂いた者達と同じではないか。
 左近が身を離そうとすると、それを引き止めるかのように少年の内壁がきゅっと締まった。

 
「なっ..。」

 
「もう一度だけ。」

 
 乱れた髪に隠された唇が細くねだる。

 
「もう一度だけ、今度は、ゆっくり。な。」

 
 少年の求めに答えるため、左近はゆっくりと腰を引く。
 出口のぎりぎりまで引いて、今度は最奥を目指して突き入れる。
 どこまでもどこまでも。左近を抱き込んで離そうとしない少年の中を、その生きた感触を直に味わいながら。
 気がつけば少年の両手足は左近の背に回され、彼は全身で左近にしがみついていた。
 抜き差しを繰り返す度に、左近の性器の張り出した部分が少年の感じる箇所をえぐる。
 その度に彼は歌う。短い悦楽の歌を。
 極楽に舞うという迦陵頻伽でさえもかくも妙に鳴くものではないと、左近は耳に心地よくその音を聞いた。
 けれどどの宴にも終わりは訪れる。
 これ以上は無いというくらい、二人の身体が密に接して、ああ、このままとろけてしまえば良いのにと共に願ったその時、左近は少年の中に最後の精を放っていた。
 

 

 

 

 
 ずるり、と激情を吐き出してなお質量を持つ左近自身が引抜かれたとき、少年の身体は大きく震えた。
 追って、ぽっかりと閉じ切らない穴から幾度となく中に放った精が溢れ出てくる。
 それを手ぬぐいで始末してやりながら左近は少年の顔を見つめていた。
 少年もまた、疲労を隠せない顔の下から穏やかに笑んでいる。
 そして静かに語り始めた。

 
「俺は嘘をついていた。」

 
 少年の手が左近のそれに重ねられる。
 手ぬぐいをその手から離させると、彼はそれを自分の唇に持って行った。

 
「本当は、ずっとお前が好きだった。お前がこの屋敷に来た時から、お前を見ていた。」

 
 刀を握り慣れて、すっかり硬くなった男の手に幾度も柔らかな唇が触れて。

 
「お前は書き物が苦手だ。2つ3つも書に目を通すと身体が凝って仕方が無くなる。」

 
「どうしてそれを..。」

 
「そうするとお前は小姓に命じて濃い茶を持ってこさせる。
 それでも駄目なら庭に出て木刀を振るう。」

 
 少年の口から紡ぎだされるそれは日頃の自分の姿そのもの。
 それを何故、この少年が見知っているのか。

 
「お前は主人を好いている。
 独りの晩、煙管を片手に思うのは主人のことだ。
 きちんと寝ているか。
 身体を壊していないか。
 無理をしてはいないか。
 お前は自分のことより主人のことばかり...。」

 
 だから、と少年は続けた。

 
「この姿なら。この名なら。
 お前に好いてもらえると、そう思ってお前の前に現れた。」

 
 口づけていた手はいつのまにか少年の胸に置かれている。
 そこで左近は気付いた。
 この少年からは心の臓の音がしないのだ。

 
「許してくれな。最後にお前に触れて欲しかったんだ。」

 
 ふわり、と少年の身体が光を帯びて、足の先から、髪の先から、光の欠片が散らばって、それはまるで、花吹雪。

 
「俺を忘れないでくれ...島左近。」

 
 彼の身体が崩れて空気に掻き消えて行く、この世の物ならぬ光景に左近は言葉も無く目を見開いた。
 そして最後に左近の手に、少年の胸に添えられていたはずの左近の手に残ったのはひとひらの桜の花びら。
 はっと思い立って障子に駆け寄り、闇に包まれた庭を見れば昼間組んだ櫓は風になぎ倒され、花を覆った筵も無惨に吹き飛ばされて、その枝には一輪の花も残ってはいなかったのだった。

 

 

 

 

「俺の留守をいいことに朝寝か。」

 
 こつん、と背を軽く蹴られて左近は目を覚ました。
 聞き慣れた声の主は、留守だったはずの主人。
 障子の隙間から差し込む光は強く、陽はとうに高く登っている。

 
「殿..。お帰りだったんですか。」

 
 ぼんやりとする頭を振って意識を覚醒させると腕を組んだまま見下ろす主人に膝を正す。

 
「急な雨でな。太閤殿下の花見は途中でお開きになった。
 ああ、ここの桜も俺がいない間にすっかり散ってしまったな。」

 
 見れば主人の袴の裾には馬に揺られてついた泥の汚れもそのままで、彼が着替えもせず帰り着いて早々に左近の元を訪れたことが知れる。
 何気ない会話と、努めて平素と変わらぬ態度の裏にある思慕を、左近はやはりこの人らしいと微笑ましく思うのだ。

 
「残念なことだった。最後の桜を見そびれた。」

 
「え?」

 
「伝えていなかったか?
 花の落ちるのを待って、あの樹は切られることになっている。
 古い樹だからな。
 中がすっかり虫に喰われてしまって、放っておけばいつ倒れるとも知れない。
 それでは危ないから、仕方が無いのだ。」

 
 だから最後くらい花の盛りを見たかった。
 お前と一緒に、と言って主人は少し残念そうに笑んでいた。

 

 

 

 

 それから数日の後。樹は切られた。
 主人の言った通り、幹の内側は虫に犯されてほとんど空洞で、どこにあれだけの花をつける力が残っていたのでしょうかと庭師は不思議がっていた。
 あれが、あの少年が桜の花の魅せた幻影だったとは左近はやはり信じていない。
 確かにこの手に、この身に感じた冷たさや、ぬくもりや、はじらいに揺れる少年の瞳がすっかりこの世から掻き消えてしまったとはとても思えないのだ。
 きっと春が来る度に左近は心のどこかで待ち続けるのだろう。
 忘れないでと言ったあの声。
 咲き誇る花の影から可憐な笑顔がのぞくのを。

  

   

 

  

  

   

 

  


 

約一ヶ月のブランクを経て終了
ここまで読んでいただいてありがとうございましたぁ!
オチはこれで自分なりには納得していますが...うーん、さこみつ、か?