・野球のルールを全く理解していません
・お察しの通りなんとなく雰囲気で書いています
・野球に関しては逆境ナインとアストロ球団と地獄甲子園から全てを学びました 

 

 

 

 

 

 

限界とは何か
限界とは人間の脳が作り出す最大の欠陥品である
彼らの脳に限界を作り出す機能はない

彼らの野球に限界はない

 

 

 

 

 

 とある日本のど真ん中、ここ関ヶ原球場では東軍vs西軍の天下をかけた一戦がいままさに佳境を迎えていた。
 試合は9回の裏、西軍の攻撃。
 得点板上の差はわずか2点。
 逆転のチャンスは十分にある。

 
 しかし。

 
 そこには数字には現れぬ巨大な壁が立ちはだかっていた。
 現在に至るまでに西軍は従来の選手層の薄さに加えて監督である石田三成のアクロバティックな采配により次々と怪我に倒れていく仲間たち。
 気がつけばベンチに姿があるのは三成自身とマネージャーのたまきのみになっていた。
 そして、今、さらなる絶望が彼らを襲う。
 バッターボックスに立った西軍最後の選手・島左近が東軍の誇る左ピッチャー・藤堂高虎の狡猾な投球の前にデッドボールを受け、グラウンドの露と散ったのだ。

 

「お父様!」

 

 担架で運ばれて行く父の姿に泣き崩れるたまきの肩を抱き、流石に三成も思案に暮れた。
 平素、ものごとを深く考えるという習慣のない男である。
 考えれば考えるほど頭は割れそうに痛む。

 

「殿、とっても辛そう..。」

 

 年端もいかない少女に心配されながらも、それでも三成は考える事をやめなかった。
 いや、やめるわけにはいかなかった。
 ここで何か対策を立てなければ試合は終了。
 天下は東軍のカリスマ監督・徳川家康のものとなってしまう。
 白い魔球となって飛んで行った梅大福。
 日頃の運動不足が祟り、一塁まで走りきることができずに肉離れをおこして倒れた小西行長。
 島津勢の結束を武器に伯父上との奇跡的なバッテリーを見せつつも、一本足下駄というグラウンドに不向きな装備の為に守備では一歩もうごけなかった不動の島津豊久。
 散って行った仲間たちの顔が次々と脳裏に浮かんでは消える。
 彼らの犠牲を無駄にすることはできない。
 こと此処に至り三成はついに決断を下す。

 

「...あの男を出す。」

 

 呻くように喉から絞りだされた言葉に、たまきは顔色を変えた。

 

「待って、殿。あの人はとても野球なんてできる身体じゃない!無茶だよ!!」

 

「これしかないんだ。わかってくれ、たまき。
 俺は何が何でもこの試合に勝たなければならない。」

 

 それは少女が初めて出逢う真剣な男の顔だった。
 こうなってしまえば、誰が彼を留める事が出来よう。
 試合中に於ける監督の存在は神にも等しい。
 起死回生のこの策に異論を挟む余地はもう無かった。
 なお、この回より選手不足に陥った西軍の提案により透明ランナー制(註)が導入されている為、一塁には退場した左近の代わりに目に見えないランナーがいるものとして試合は進められることとなる。
 とはいえ、状況はツーアウト・ランナー一塁。
 西軍に許された打者があと一人である事実に変わりはない。
 その僅かに残されたチャンスを。
 皆の未来を託したその名を。
 三成は高らかに宣言した。

 

「代打、大谷吉継。」

 

 アナウンスされた名を球場を埋め尽くした10万の観衆は一瞬の沈黙をもって迎え、その後に津波のようなどよめきが大気を揺らした。

 病身の猛将、大谷吉継。
 故・豊臣太閤をして、
 
『しっかし吉継は顔に似合わず立派なバットをもっとるのぅ。
 野球(拳)じゃあ吉継に叶うものはこの日の元にはおらんわ(笑)。』
 
 ...と言わしめた逸材。
 これを聞いたとき三成は無二の親友である吉継に、武将としてのみならず野球の才能が備わっていることを初めて知った。

 

--吉継が野球をしているところなんて一度も見たこと無いけどなあ?
 でも太閤殿下がおっしゃるのだからきっと実はすごい選手なんだな!

 

 以来、大谷吉継は石田三成の記憶の中に攻・走・守全てに長けた逸材として刻まれる。
 その認識はいつしか三成の手を離れて一人歩きし“太閤も認めた球界の至宝・大谷吉継”の名は世間に浸透していく。
 しかし人々の期待が高まりその勇姿を是非グラウンドで見てみたいという声が頂点に達した頃、突如として吉継は病気療養を理由に球界引退を宣言する。
 こうして現実的にはなんの実績もない至宝は、そのまま伝説の秘宝
(秘宝館的な意味で)となってしまったのである。

 

 

 

 

「やれやれ。やっとわたしの出番か、三成。」

 

 長きに渡る闘病生活を経てここに蘇った伝説の名選手が、一体どのようなバッティングを見せるのか。
 観衆の好奇に満ちた眼差しはバッターボックスに向かうその男に注がれた。
 それは燦々と陽の降り注ぐグラウンドに、一種異様な雰囲気を醸し出していた。
 まるで死に装束のような真っ白な着物の裾を長く引きずり、頭部をヘルメットの代わりに同じく白い布でぐるぐる巻きにしたその出で立ち。
 そこからは野球をする気合いというものが一切感じられない。
 “優雅”と言えば聞こえは良いゆったりとした仕草からは野球をする気合いというものが一切感じられず、天下を決しようとしているこの場にあってはあからさまに不釣り合い。
 まるで立ち上る陽炎のようなその白い人影に、マウンドに立つ高虎はいつしか額にじんわりと滲みはじめた冷たい汗をユニフォームの端で拭った。

 

--戦国球界の秘宝(あくまで秘宝館的な意味で)、大谷吉継。
 だが実際には誰もそのプレー
(夜的な意味で)を目にしたものはいない。
 しかも今は病の為に盲目
(恋的な意味で)って話だ。
 そいつを代打に据えるなんざ、石田も悪あがきが過ぎるぜ。

 

 しかし決して油断も手加減もしない。
 その慎重さと“空気を読む人間力”故に譜代ながら東軍のエースピッチャーとなり得た藤堂高虎。
 加えて飛行による広範囲での守備が可能な姫よもぎを有する本多正信をセンターに配した東軍の守りは鉄壁と言っても良い。
 ここは早々に勝負を結してしまうに限る。
 高虎は手にしていたロージンバックを地面に投げ捨てた。

 

「行くぜ、大谷吉継!」

 第一球、振りかぶった高虎の左腕から放たれた球はどストレート。
 球速はあるものの、これまでのような変化球ではない。
 これを微動だにせずに見送る吉継。

 

--やはり名選手も病には勝てないのか。

 

 バットをふる気配さえ見せなかった大谷に球場の誰もが落胆のため息を禁じ得ない。

 

「殿..やっぱり大谷殿じゃあ無理だったんだよ。」

 

 西軍ベンチにいるたまきもまた、今にも泣き出しそうな顔で三成を見上げていた。

 

「吉継を信じるんだ、たまき。
 あいつはきっとやってくれる!!」

 

「殿...。」

 

--もしかしてこれ以上自分でものを考えたくないだけなんじゃ...。

 

 なんの根拠の無い三成の吉継への信頼の言葉に、そう思った事はこの際言わないでおこうと賢い少女は心に決めた。

 

 

 

--やれやれ。やっぱりあんたには石田のお守りは荷が重すぎだ。
 だがな、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。虎も同じだ、大谷殿。
 悪いがあんたは全力で潰させてもらう。
 化けて出るなら出てくれよ。
 その時は...

 

「二人で野球拳だ!!」

 

 気合いの雄叫びとともに放たれたカーブ。
 反り返る石垣の如く雄大に弧を描くそれは確かにキャッチャー・黒田長政のミットに収まる...はずであった。

 

「..っ!?」

 

 瞬間、高虎の首筋を一陣の風が鋭く突き抜けた。

 

「なんだ...今のは..ッ!?」

 長めにのばした片方の前髪が一房はらりと落ち、少し遅れて頬を生暖かいものが伝い流れていく。
 目では追えないほどの球速が空気中にかまいたち状態を引き起こし皮膚を切り裂いたことに高虎が気づいたのはしばらくたってからだ。

「てめぇ!なにした大谷ィィィッッ!?」
 

 
 見開いた眼で振り向いたスコアボードの真ん中には、あたかもミサイルでも打ち込まれたかのように穴が空き、そこから白い煙が細く立ち上っている。

 

「...おや。」

 

 走り出すこともせず立ち尽くしたままの吉継は、球が飛んで行ったとおぼしき方向に顔を向けて誰とはなしに呟いた。

 

「声が聞こえるということは、まだそこで生きているのか、藤堂。
 どうやら私としたことが外してしまったらしいなぁ。」

 

 手に残ったバットに触れ、特殊合金製のそれが折れ曲がって使い物にならぬことを確かめる彼の口元はいかにも楽しげに歪んでいる。

 

「やれやれ。
 現役を離れているうちに、勘がにぶってしまったようだ。
 藤堂、君にはすまないことをしたね。
 余計な恐怖を与えてしまった。
 だが--。」

 

 黒光りのする新品のバッドを握り直し、再び打撃の姿勢に戻る吉継。

 

「次は外さない。末期の祈りは済んだか、藤堂高虎。」

 

--死ぬ。

 

 高虎は直感した。
 相手は完全にこちらを殺す気でいる。
 このままではあと数秒の後、確実に自分はあのスコアボードと同じ運命を辿る事になるだろう。
 これはもはや野球ではない。
 だが高虎がマウンドを降りる事は許されない。
 これが天下を賭けた一戦であることは東軍にとっても同じ。
 例えこの場を生き延びたとて、その先には何が待っているというのか。
 どちらが勝利したとしても逃亡者の汚名を背負って生涯をおくらねばならない。
 逃げ場などどこにも無いのだ。
 高虎はサラリーマンの悲哀を噛み締めつつ、正面に向き直った。
 こうなれば腹を括るしかない。
 生き残りたければより強力な球で吉継を打ち取るより他に道はない。
 殺るか、殺られるか。
 ごくり、と唾を飲み込む音が静まりかえった場内に響き渡るようだ。
 藤堂高虎、命懸けの投球。

 

--頼むッ!獲らせてくれッッ!!

 

 放たれた白球は音速をもって空を斬った。
 この時、球速計は確かにその針を振り切っていたと後の歴史家は記す。
 しかし高虎に迫り来る運命は、人知を越えて残酷であった。

 
 

 
カキーン!!

  

 

 球場に響き渡る打撃音。
 高虎の眼に映ったのは好継に向かって投げたはずの球がそっくりそのまま、否、何倍もの球速で自分に向かって牙を剥き襲いかかってくる光景。 
 淡く青白い光を帯びて正確に眉間を狙って目の前に迫る白球に、高虎は己が人生の終焉を見た。

 

 

 

 

 

<未完>

 
 

 

  

   

 

  

  

   

 

  

スコアボード直撃の時点でホームランな件

 次回・ワールド・ベースボール・クラシック編