一通り身体があたたまった頃、バスタブからあげられ、タオルに包まれて抱きかかえられて、またリビングに戻される。なんだかテレビのニュースで見た遭難現場からレスキューされる人みたいだと思ったら自然と笑いが漏れた。左近はそんな俺を不思議そうに見ていた。
 手足の枷は外してもらえなかったが、夕食を摂るために口の拘束は許された。ほとんど一日中開けっ放しにしていたせいで顎の骨がきしんだ。

 
「作る気になれなかったから。」
 

 そう言って左近は花柄のデパートの包装紙を剥き、出来合いの総菜を皿に並べて俺の目の前の床に置いた。
 どんなに帰りが遅くなっても、自分のつまみくらいは自分で作り、それを気分転換としている男が珍しい。そう思ったが無駄な口をきくとせっかく与えられた食事も取り上げられる気がしたのでおとなしく皿に鼻っ柱を突っ込んで食べ始める。
 そういえば朝から何も食べていなかったんだっけ。
 ガツガツと、飢えた犬みたいに餌を貪る俺を左近はソファに座ってビールの缶を煽りながらじっと見ている。
 普段なら美味しいはずの食事も、そんな食べ方をしたから全然味なんてわからない。それでもやっと空腹を満たされて、すっかり空になった皿を舐め回そうとする俺を左近が床から引き起こして、汚れた口元をタオルで奇麗に拭ってくれた。
 怒っていても左近はなかなか面倒見がいい。このまま飼われて暮らすのも良いかもしれないな。一生、この部屋に閉じ込められて、左近に世話をしてもらって。室内犬みたいな生活。そしたら左近に余計な心配をかけることなんてないし。
 紀之介や幸村はびっくりしていなくなった俺を捜すかな。でもきっと左近が巧くやってくれるだろうから、そのうちみんな諦めて、俺のことなんか忘れていって、この世で左近だけが俺を知っている。なんだかそれはとても幸福な気がしたんだ。
 もっとかわいがって欲しくて、俺を気に入って欲しくて、俺はソファの左近の近くに這いずっていって、足の間に座り込むとスラックスの前をくつろげる。手は使えないから、歯でファスナーを下ろし、舌と唇を使ってその奥の布をかき分ける。
 左近が手伝ってくれないので性器にたどり着くまでとても時間がかかったし、その間に垂らした俺の唾液で左近のスラックスは色が変わるほど汚れてしまった。
 そのうえ、やっとありついたお目当てのものはうなだれたままでまだ何の反応も示していない。
 俺があれだけがんばってやったのに。ちょっとした絶望感に襲われる。
 口でするのには自信が無いんだ。だって、こんなことをするのは左近が初めてだったから。左近はそんな俺のやり方でも気持ちイイって言ってくれたから。
 でも今日は駄目かもしれない。上手くできなかったらまた怒られるのかな。
 それは嫌だったからとにかく必死に舌を動かした。いつも左近がしてくれるみたいに幹全体に舌を這わす。なるべくぺちゃぺちゃと音を立てて。
 顎がぎしぎしいうのを我慢しながら、そんな努力を続けていたら少しずつだったけど左近のものに芯が入り始めた。やっと固くなってくれたそれを口に含み、吸い付く。
 こうされるの、好きだろ。こうすると、いつも頭を撫でてくれるだろ。
 左近のものが口の中で一回り大きく膨れた気がした。
 しゃぶりついた腰が揺れ始め、あともう少し、というところで左近は俺を足の間から引き離した。
 せっかく喉の奥に熱いご褒美をもらえると期待していた俺は露骨に失望の表情を浮かべてしまう。
 左近はそんな俺に構わずに、腕を掴んで俺をソファのうえに上げた。
 軽々と身体を転がされ、仰向けに寝かされて、大きく広げられた足の間から左近がのしかかってくる。
 おざなりに唾液で湿らせた指を突き入れられ、二三度乱暴にこね回すとすぐに左近は熱くなった自身を宛てがってきた。
 さっきまで玩具が入っていたせいもあって、そこは幾分広げられていたはずなんだけど、やっぱり左近の大きなものを受入れるのは辛い。
 滑りの無い粘膜が押し入ってくる肉に引きつる。
 ひどい痛みに叫び声を上げそうになったけど、左近の気に障るのが怖かったから寸でのところで飲み込んだ。
 俺の身体がそんなふうなんだから、左近だってやりにくいはずなのに。
 無理矢理抜き差しを続ける左近を俺はこっそりと見上げた。
 俺のうえで無言で腰を動かす左近は眉間に深く皺を寄せて、固く目を閉じて、荒く息を吐いて、それはまるで罰に耐えている人のようで、なんだかちっとも気持ち良さそうじゃないんだ。 
 こんなにひどいことされてるのに、これじゃ俺が左近を虐めてるみたいじゃないか。
 もしかして、ずっとそうだったのかな。
 俺が気付いていなかっただけでさっきだって、いいや、昨日から、ずっとこんな顔してたのかな。
 俺は悲しくなってきた。
 なんでこんなことしてるんだろう。
 なんでこんなことになっちゃったんだろう。
 俺、自分のことばっかりで左近の気持ちなんて、ちっとも考えてなかった。
 入り口は擦られてじんじん痛いし、腹の中をめちゃくちゃにかき回されて吐き気までしてくるし、俺も少しも悦くないよ。
 初めてのときだってそりゃもう痛かったけど、それでも満足感とか、妙な感慨とかあって、気持ち良いって思ったのにな。人間、こんな最低なセックスもできるもんなんだな。
 それでも肉体的な快楽はあるもので、それは単なる生理的な身体の反応でしかないんだけど、中の悦いところを刺激されて、俺のあそこもいつの間にかしっかり勃起してる。隠す物が何も無いから、色を深めた性器が揺れるのが丸見えだ。
 自分勝手に数回深く突き上げるとさっさと左近は達してしまった。
 俺はまだなのに。
 左近の出した熱いものが内壁を伝う感覚に俺は大きく身震いした。
 熱が身体の奥でくすぶっている。放りっぱなしの前に自分で触れることも出来なくて、中途半端なまま投げ出された身体が切なくて、苦しくて、俺はまた泣いた。今日泣くのはこれで何度目だろう。随分、涙腺も緩んで来ているようで簡単に涙が出てしまう。
 口は自由になったはずなのに言葉が出てこない。
 

「さこん...。」
 

 やっと口に出来たのは彼の名前だけだった。
 腰を揺らして哀願すると、それでも十分に意図するところは伝わったようで、大きな手で性器を包んで擦ってくれた。
 

「あっ..あっ..あっ。」
 

 扱き上げられる度に先端から透明な液体がぴゅっ、ぴゅっと噴き出して俺の股間と左近の手を濡らす。
 イく、と思ったところで手を離され、少し熱が引いたところでまた手淫を施される。
 そんな意地悪を何度も繰り返されるうちに快楽は鈍痛のように下腹部に溜まり、血液と一緒に身体中を駆け巡って皮膚の内側から焼いた。
 俺はたまらなくなって胸を突き出す。俺の身体を知り尽くしている左近なら、俺がどうして欲しいかわかっているはずだ。
 もう、そうなるように仕込まれ、慣らされた両胸の突起が疼いて仕方が無い。左近はそこに爪を立てて押しつぶし、張り詰めた乳首をつねり上げた。
 

「ひっ..ひゃぁっ」
 

 痛みの中からでも快楽を拾ってしまう自分が卑しい。
 もうおかしくなる。
 もう、おかしくなってる?
 本物の犬みたいになってしまったら、そうしたら、余計なプライドも飾り立てた嘘も捨てて、もっと従順になれるだろうか。
 気の触れた犬でも左近はかわいがってくれるだろうか。
 でも、まだ少しでも正気が残っているうちにこれだけは言っておかなくちゃ。
 

「ごめん..ごめんな..さこん。」
 

 左近は少し驚いたような困ったような顔をしていたけど、俺の性器を握った手の動きを速めて絶頂に導いてくれた。
 

「ふぁっ..あぁ!」
 

 腹の奥から押し寄せる激流。
 長く長く、止まらない射精の途中で俺は気を失った。

 

 

 

 

 目を覚ますといつものようにベットの上だった。
 キッチンから朝食を作る物音とコーヒーの良い香りが漂ってくる。
 もう手足に枷は無いし裸でもない。しっかりとパジャマを着て手足を伸ばして布団にくるまれている。
 無理な姿勢を長い時間強いられたせいで節々の関節が痛むのと、手、足首の微かな痣がなければあれは全部は夢だったと言い切れるだろう。
 

「殿。ご飯ができましたよ。起きてください。」

 ワイシャツに黒いギャルソンエプロンを身につけた左近が起こしにくる。
 

「うん...もうちょっと。」
「いい加減にしてください。
 左近はもう出かけますよ。
 殿の大好きなチーズオムレツが冷めちゃいますよ。」
 

 チーズ...オムレツ。
 黄色いふかふかの物体が頭に浮かんで俺は渋々ベットを抜け出した。
 左近の作るあれはたっぷりバターがきいていて、炒めたマッシュルームが添えてあって、特にできたてが美味いんだ。
 でも、暖かいものを食べるのは久しぶりな気がするなぁ。
 目をこすりながら席についた俺にミルクたっぷりのカフェオレが差し出される。
 あまりにいつも通りの光景に俺は向かい合わせの席で新聞片手にブラックコーヒーをすする左近をまじまじと見つめてしまった。
 

「どうしました?左近の顔に何かついてます?」
 

 俺の露骨な視線に気付いた左近が顔を上げた。
 

「いや..なんでも..ない。」
 

 ちゃんとバターを塗ってから焼いたトーストに手を伸ばしながら、俺もできるだけ平静を装ってみよう。
 万が一にでも、あれは全部夢でした、なんてことになったら恥をかくのは俺なんだし。
 

「気になります?」
「えっ..。」
「もしかして夢オチとか都合のいいこと考えてません?」
「なっ!」
 

 トーストを頬張ったまま、俺は固まった。
 

「しばらく外で服を脱がない方がいいですよ。トイレなんかも。
 あんなところが人に見られちゃ困ることになってるわけですし。
 ま、殿もこれで身にしみたことでしょうからしばらくは不用意な行動は慎まれるとは思いますが。」
 

 食べかけのトーストを取り落とし、わなわなと唇を振るわせて言葉のでない俺を尻目に、くすくすと笑って左近はまた新聞に目を落としてしまった。

 

 

 

 

 その日の昼。
 いつものように俺は紀之介のところに昼を食べにいった。
 扉を開けると真っ先にカウンターの紀之介と目が合った。少し驚いた顔をしている。
 

「三成...。その、元気か?」
「別に。まったくもって健康体だぞ。」
 

 少し、歩くのが辛いけど。泣きはらしたせいで今日は一重まぶただけど。
 

「いや、昨日、来なかっただろ。あの後どうなったのかな、と思ってな。
 ...よもや左近に無体なことなどされてはいまいな?」
 

 紀之介だって馬鹿じゃない。何にも無いはずは無いことくらい薄々気付いてるはずだ。
 でもな、現実は軽くお前の想像を超えてるんだ。
 一日中犬のまねごとをさせられたうえにあんなところの毛まで剃られました、なんて言えるか。言ったら最後、ここはマジもんの関ヶ原と化すだろう。しかも俺にとっては両軍味方の同士討ち。俺はまだ左近はもちろん、紀之介ともさよならしたくない。
 

「あの絵は..。」
 

 定位置の席に付き、店中の壁を見回したが全ての元凶となったあの絵はもう無かった。
 

「お前が左近に引き上げてくれるよう頼んだんだろ。
 昨日あいつが来て買い取っていったが。」
 

 帰りが遅かったのはそのせいだったのか。
 

「あっ、うん。そうなんだ。
 やっぱりアレだな。
 飯を食う場所にあんな絵はふさわしくないな。食欲が削がれる。」
 

 しどろもどろになって言い繕う俺をどこか冷めた目で見ながら、紀之介は何も言わなくても俺専用ランチメニューのおにぎりを出してくれた。ちなみに今日は高菜マヨネーズと明太子・お新香お味噌汁ダシ巻き卵付きだ。
 

「ここを食堂にしているのはお前だけだ、三成。
 あのような美しき絵を愛でながら一杯のコーヒーを楽しむ...風雅ではないか。
 やはり、兼続に頼んでもう一枚..。」
 

 兼続ねぇ...兼続。兼続..兼続!?
 

「紀之介っ、お前あれから兼続に連絡取ったか!?」
 

 俺はこの時まで忘れていたんだ。俺の他にもう一人、左近のお仕置きから逃れられない人物がいたことを。
 

「いや、そういえば絵の値段のことで連絡せねばならんな。
 あいつは携帯を持っていないから面倒でな。
 家にかけても繋がらないことの方が多いし...って、もしかして..。」
「そうだ!兼続が心配だ!いくぞ紀之介!!」
「お、おう!」
  

 お昼時にも関わらず店をほっぽりだし、駆けつけた俺たちが見たものは、時既に遅く無惨にのしイカと成り果てた兼続の姿だった。
 絵筆を握りしめたまま恐怖の形相でうわ言のように「鬼が..鬼が...」と呟く様子は浜に打ち上げられたイカさながら、いやいや、見る者の同情を誘わずにいられぬ光景だった。
 己が身の招いたこととはいえ、悪意などこれっぽちも無かった兼続にこの仕打ちは恐ろしいとも思うが、これも生まれついてのマイノリティの宿命であろう。
 ぺらぺらの兼続に合掌を捧げ、無言で直江邸を後にする俺と紀之介。
 帰り道、紀之介がぽつりと呟いた。
 

「三成、左近とは...仲良くな。」
「...ああ。」
 

 言外に“店にだけは迷惑かけてくれるなよ”という紀之介の意図を読み取り、俺は深くうなづいた。

 

 

 

 

 この後、ぺらぺら兼続の衝撃も冷めやらぬまま帰宅した俺を待っていたのは珍しく早く帰っていた左近と、その手によってリビングの壁にかけられたあの絵だった。
 

「おかえりなさい、殿。遅かったですね。
 どうです?あんまり素敵なもんでこの左近が衝動買いなどしてしまいましたよ。
 殿の艶姿は俺だけものですからね。」
 

 にっこりと微笑む左近に目眩を感じ、俺はへなへなとソファに倒れこんでしまった。
 なんて底意地の悪い...俺は男の嫉妬の厄介さをまざまざと思い知ったのだった。
 

 でも、さらに厄介なのは、これだけの犠牲(主にのしイカと俺の股間)が出たにも関わらず、もちろん左近が望むのならだけど、俺にはそんな趣味はこれっぽちもないんだけど、もう一度くらいあんな生活をしてもみてもいいかな、なんてあくまで心の片隅で、思っている俺自身だったりするんだ。

  

  

 
   

     


 

好きな人には大人げなくなっちゃうものです
今回の最大の被害者は完全に人外扱いの兼続
彼はその後、連絡をうけて駆けつけた慶次によって酒浸しにされ、元の形に戻ったという