「どうだ!美しいだろう!!」
行きつけのカフェの、入ってすぐの壁に燦然と飾られた絵を見て俺は凍り付いた。
「兼続の新作だそうだな!いつの間にモデルなんてしていたんだ、みずくさいぞ三成。
一声かけてくれれば俺も見学に行ったものを。」
それは、ふとした成り行きで兼続のモデルを務め、その結果できあがったあの絵だった。
個展のDMも全て燃やし、インタビュー記事の載った雑誌もネットの履歴も細心の注意を払って左近の目に触れぬよう隠し続けてきた俺の努力が、実物の登場という予期せぬアクシデントによって今ここに音を立てて崩れ去ろうとしている。
「外せっ、紀之介!この絵を外せ!そして燃やしてしまえ!早く!!」
「何故だ、このような美しきものを。」
とにかく今すぐにこの俺の愚行の証拠を隠滅しなければならない。
今日は左近とここで待ち合わせをしているのだ。
お気に入りのビストロで煮込みハンバーグ・デミグラソースを食べさせてもらう予定なのだ。
その後ニューヨークチーズケーキとホワイトチョコのショートケーキパフェもおねだりするつもりなのだ。
俺の幸福なディナーのためにも、左近が到着するまでに何が何でも何とかしなければ。
「何故もへったくれもあるか!頼む、紀之介。これを人目に触れさせるわけにはいかんのだ!!」
何がなんだかわからない、といった顔でのんきにコーヒーを煎れ続ける紀之介に痺れをきらし、俺は涙まじりの叫び声を上げた。
「とにかく早く!!頼む、紀之介。俺のハンバーグがっ、チーズケーキがっ、苺パフェがっ、いやもうこの際生命が掛かっているのだ!!こんなもの、左近に見られたら俺は..!!」
「ほう、左近に見られたらどうなってしまうんです?」
あまりに慌てて取り乱していた俺は今は一番会いたくない待ち人の来訪に気付かなかったんだ。
「さ、さ、さ、さ、さ、さーこーんー!!」
絶妙なタイミングで現れた恋人の放つ禍々しいオーラに、俺は再び、今度はもっと固く凍り付いた。
そして、できれば、そのまま凍ったままでいたかったのに。
「だから誤解だ、左近!!」
朝っぱらからリビングには俺の必死の訴えが響いている。
昨日は予約していたビストロには連れて行ってもらえないまま、マンションに連れ戻されて、それきり左近はろくに口をきいてくれない。
ご飯を作る気配もないから、一人でお湯を沸かしてチキンラーメンをすすって...流石にハンバーグは諦めたけど、せっかく料理上手の左近と一緒なのに、わびしかったなぁ。
左近は何本かビールの缶を空にするとさっさとソファで眠ってしまって、俺は広すぎて空虚なダブルベットを占領した。
昨夜から隙ある毎に俺がいくら弁解を試みても左近はほう、とか、ふぅん、とか適当に相づちを打つだけで耳を貸す素振りも見せないまま、こうして今に至っている。
「もういい加減にしてくれ、いい加減に機嫌を直せ。全部お前の誤解なんだ、左近!」
「何がです?左近は何も言っておりませんよ。」
「がっつり怒ってるだろうが。なんだその膨れっ面は。」
「すみませんねぇ、仏頂面は生まれつきなんですよ。
誰かさんと違ってモデルに使っていただけるほど見目麗しくなくてホント申し訳ないです。」
何を言っても取りつく島も無い。ああ言えばこう言う。
刺々しい会話が延々と続くのに耐えられなくなった俺は、少し甘えた声で懐柔する策に出た。
なんだかんだで左近はこの俺にぞっこんなのだ、ちょっと可愛くお願いすればどうにでもなるのだ、なんて思った自分の浅はかさを後々悔やむことになるとはこの時は思いもよらずに。
「なぁ..許せ、左近。
あんな絵になるとは知らなかったのだ。なんだか成り行きであんなになってしまって...。」
テーブルで朝刊を読む左近の首に後ろから腕を回して抱きつき、耳元に唇を寄せる。鼻にかかった声で囁くと左近の肩がわずかに震えた。
もう一押しだ。
調子に乗った俺はここで大サービスとばかりにさらに甘い言葉を吹き込んでやる。
「知ってたら、もちろん、きっぱりと断っていたぞ。
だって俺は左近のものなんだからな。なぁなぁ..さこぉん。」
ばぁん!新聞と眼鏡をテーブルに叩き付け、突然左近が立ち上がった。
絡ませていた腕も振りほどかれて俺は後ろに尻餅をついてしまう。目を丸くして見上げる俺に頭上から左近の、今までにきいたことの無い冷たい怒りに満ちた声が降り注がれる。
「貴方はご自分が他人にどう見られているかまったくご自覚がないんですね。
素直に謝ればすぐにでも許して差し上げたのに。
左近がどんなに貴方を大切にしているか。その身が左近のものというのならこの機にじっくりと教えて差し上げましょうか。」
「...左近?」
決して罵倒するのではない、ともすれば幼子を諭すように穏やかなそれは、逆に俺を恐怖のどん底に突き落とした。
どうやら俺は左近を本気で怒らせてしまったらしい。
戦下手のこの俺が変な策など弄さずに最初から謝れば良かったんだ...。ただそれだけの簡単なことにやっと気付いても、もはや、後の祭り。
身ぐるみ剥がれて右手の手首を右足の足首に、左手の手首を左足の足首にそれぞれレザーの枷で繋がれた。
こんなもの、どこから調達して来たんだ。
地に這いつくばって腰を高く上げるか、仰向けになって潰れた蛙みたいな格好で恥ずかしい部分を晒しものにするか、とにかく俺に許された姿勢は窮屈きわまりない。
--今日は大好きなお友達にも会えなくて寂しいでしょうから、一人でも遊べるようにおもちゃを置いてきますね。
そんな言葉と一緒にローションでべとべとに濡らされた性具を尻に突っ込まれた。それはビー玉のような球体が棒状に連なっているもので、それほど太さは無いもののけっこうな長さで、腹のずっと奥まで遠慮なく入り込んでいる。取っ手の部分だけが尻から突き出る格好になって、しっぽが生えたみたいだ。
拘束された時に罵詈雑言喚いて抗議したら口もマウスギャグで塞がれた。唇を閉じることができなくて飲み込みきれない涎が垂れ流し。これじゃ昼食も食べられない。
いつもはお弁当を作ってくれる左近が、水すら置いて行ってくれなかったから、今日は一日食事抜きということなんだろう。紀之介の作ってくれるおにぎりが懐かしいが、それもどこか遠い世界の夢のように思えてくる。
左近が巧く調節していってくれたせいでエアコンディションは憎たらしいほど快適。素裸でも寒くはない。
俺は何もすることが、というよりできることがなくて、ぼんやりとフローリングに転がったまま時間が過ぎるのをひたすら待った。
実は、最初、ちょっとだけ、身体を揺すって尻に埋められた玩具で遊んでみたりしたんだけど、決定打の無いもどかしいだけの刺激が辛くなってすぐに止めてしまった。
そのうち無機質な物体に塗られたローションが乾いてきて、体勢を変える時に思い出したように引き攣れた小さな痛みをもたらした。
--できるだけ早く帰ってきますから。
そう言って左近は出かけていったが残業にでもなったらいつ戻ってくるかわからない。午前様だって度々なのだ。
日はもう傾きかけて、オレンジに近い黄色の光がカーテンの隙間からフローリングに筋を描いている。これから真っ暗な夜が来る。電灯もついていない部屋に無様な格好で置き去りの自分を思い浮かべたら、悲しくなってきて、心細くて俺は声も立てずに泣いた。
ひとしきり水分を消費したところで誰が慰めてくれるわけでもなく、代わりに俺を襲ったのは生理的な欲求だった。昼過ぎ頃からじんじんと下腹を襲っていたそれを我慢していたんだけど、そろそろ膀胱も限界を訴えている。
俺は芋虫みたいにトイレの前まで這いずって行って、そこでやっと気付いた。
立ち上がることの出来ない俺はドアノブに手が届かない。
そんな...これじゃ..。
最悪の事態が脳裏をよぎる。ドアに体当たりをしてみたり、どこか他に排泄の出来る場所を探してみたりしたが動けば動くほど腹は重くなって来て、ついに、俺は。
「あっ...あ..。」
なかなか止まってくれない水音が自分の下半身から聞こえてくる。
温かな水分が足を伝って行くのが気持ち悪い。
それが冷えて、体温を奪って行くのも耐えられない。
何か拭き取る物を、と辺りを見回してもバスタオルは棚の上。
手を伸ばすこともできず届かぬそれを恨めしく見上げる俺は自分で作った水たまりの中。
左近、早く帰って来てくれ。
俺は自分をこんな状況に追い込んだ当人が助けに来てくれるのを待ち詫びた。
しばらく意識を失っていたのか、玄関のドアの開く音で目が覚めた。辺りはもう暗い。
トイレの前で濡れたまま転がっている俺を見て、左近は何がおこったかすぐに気がついたようだった。
粗相で汚れたままの俺の身体を無言でバスルームに引きずっていく。
冷たい床に投げ出され、頭からシャワーを浴びせかけられる。最初は少し熱いと感じた水しぶきが、だんだん慣れてくると肌に心地よい。いくら温かな部屋でも、一日中裸でいれば冷えるものなんだ。
与えられた熱に、俺がぼうっとしていると、左近が初めて口をきいた。
「これ、気持ちよかったですか?」
左近はいつの間にかバスタブに寄りかかるようにして床に座り込んでいる俺の足の間に入り込んでいた。上着は脱いだものの、身につけたままのワイシャツとスラックスが濡れているがあまり気にしていないらしい。
忘れかけていた尻に入れられたままの玩具を、ゆっくりとかき回された。それはもうすっかり乾いていて、そんなふうに優しく、煽るように動かされても痛みしか感じないんだ。
気持ちよくなんかない。
激しく首を横に振ってそう答えた。俺の純粋なしかめっ面に、左近は興味を無くしたようでさっさとそれを引抜いてその辺に放り投げてしまった。抜かれる時に少しだけ、俺の内部の弱い部分を連なった球体が通り過ぎた時に、本当に少しだけずくんと来たけども、結局それだけだった。
「さて、ここを奇麗にしましょうか。」
左近の手の中で泡立てられたボディソープが足の間に塗り付けられる。何をされるんだろう。不安に視線を揺らす俺を置いて左近はバスルームを出ていってしまう。
すぐに戻って来た左近の手に握られたものを見て俺は身体を強ばらせた。
左近が髭を剃る時に使ってているカミソリ。
「動くと大変なことになりますよ。」
よく研がれた小さな刃を手にした左近が、それを俺の股間に宛てがう。
言われなくても身動きなんかとれない。
怖い。
全身を襲う発狂しそうなほどの恐怖に暴れだしたい衝動と戦いながら俺はどうにか足を広げた姿勢を保っている。
ぞりぞりと嫌な音がして肌の上をカミソリが撫でていく。性器の周りを冷たい金属が動き回っている。どれくらいそうしていただろう。随分と時間をかけて、丁寧に仕事を終えると、仕上げとばかりにシャワーを当てられた。
「子供みたいになりましたね。
まあ、こんなことをしても子供みたいに素直にはなれないんでしょうけど。」
何の感情もない声で告げられておそるおそるそこに目線を落とした。
生活して行くうえで特に支障のあることではないとわかってはいても何の隠すものもなく自分の性器がむき出しになっている光景はけっこうショックだ。
情け無くてまた涙が出てくる。シャワーの水しぶきと混じって顔を濡らすそれを左近は舌をつきだしてなめとってくれた。
スポンジを使わずに左近の手で身体を洗われる。
どんなに恥ずかしい部分も隠したい場所も全て左近の指に暴かれる。刺激に敏感な乳首や、肉の薄い脇腹に触れられた時にはいやらしく声が漏れてしまったけど、左近はそれを無視して、まるで芋でも洗うみたいに作業を続けた。
最後に湯を貼ったバスタブに身体を浸けられた。
不自由な姿勢のせいで水面に隠しきれない肩に、泣きはらして腫れた瞼に、左近の大きな手が湯をすくってはかけてくれる。
湯に俺のお気に入りのローズの入浴剤を入れてくれたので少し気持ちが落ち着いた。
あれ、左近、これの甘すぎる匂いがお前はきらいじゃなかったけ。
確かにベビーローズの香りのする島左近44歳なんてちょっとあり得ないと思ったから、だから俺は一人で入る時だけ、それも左近の後に入る時だけ使っていたんだ。
でも、いつか一緒にこの香りの湯に入れたら楽しいなのにって思ってた。
それがこんな形で実現するなんて。
マニアックな左近。ちょっとDV気味 現パロの殿はけっこう食いしん坊です。子供食大好き。おかしジュース甘いの大好き 長くなったので後編に続きます
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