どうか殿、お生きくださいませ。
殿のために左近も逝きます。
殿が生きておられれば、左近はどのような姿になってもお迎えに参ります。

 

 

「好い姿になってきたな、佐吉。」


 自分を幼名で呼ぶこの男は誰なのだろう。見知った顔のようにも思うが、今はもう考えたくない。
 いつものように引きずられるようにして牢から出され、湯殿で身を清められた。
 白絹の夜着のかわりに遊女の着るような真っ赤な襦袢を着せられ、それでも表情を凍り付かせたままの三成はまるで人形のようだった。
 それもあながち間違ってはいない。今の三成は男達を楽しませる為の玩具に成り果てていたのだから。
 

 相手の男は夜毎に変わった。
 時には何人かに同時に犯された事もある。衆人環視の宴の中で嬌声を上げた事さえも。
 憎悪、愛欲、妄執。あらゆる感情をむき出しのままぶつけてくる男達に気を失うまで抱かれ尽くし、精を注がれる。そうして朝になれば形ばかりの尋問が待っている。それが敗れて囚われの身となった三成に与えられた日常だった。
 そんな日々の中で身体と精神は確実に疲弊していった。元々頑強ではなかった身体は食を満足に摂らないせいでさらに痩せ、肌は血管が透けるほど青白い。そこだけ血のにじんだように紅い唇に、ざんばらに伸びた髪がかかる様は並の女では太刀打ちできぬほど。
 加えていつ処刑されるとも知れぬその身。
 死と隣り合わせにして得た恐ろしいほどの色香を男達がむさぼるように求めたのは当然の事かも知れなかった。

「今宵もお前を悦ばせてやろうな。」

 男の手が襦袢の裾にかけられる。
 抵抗はしない。したところで、力づくで押さえられれば衰えたこの身体で何が出来よう。
 いつしか、声を耐える事も止めた。耐えれば耐えた分だけ、相手を煽る。煽れば煽っただけ我が身に降り掛かる加虐に拍車がかかる。
 耐えがたい苦痛に、屈辱に、快楽に、三成は癇癪を起こした子供のように泣き叫ぶことを選んだ。
 身体の上で男が笑っている。笑いながら、足の間を引き裂いていく。
 遠くで叫び声が聞こえる。聞く者によっては快楽にむせぶ鳴き声にも取れるそれは本当にこの喉から絞り出されたものなのか。男の笑みがさらに歪んで深いものになった。
 

 恐ろしいのは目の前の地獄をどこまでも受け入れる自分の身体だ。心があの男を求めて悲鳴を上げても、同じ男によって開かれた身体は他の何者をも飲み込んでしまう。
 夜毎の責めが苦痛だけであったのならどれだけ楽だろう。唇を噛み締めて耐えさえすれば良いのだから。けれど今は違う。苦痛と恥辱の中に限りない悦楽を見いだす自分がいる。それが男達を悦ばせ、悪循環を重ねていく。
 

 せめてこの心に正気が残るうちにと、何度死のうと思ったか知れない。
 舌を噛んで。
 着物を裂いて牢の格子にかけて。
 あるいは尋問官の刀を奪って。
 それはこの現実から逃れる唯一の方法で、甘美な誘惑ですらあった。
 
 でも出来なかった。
 
 その度に呪いのようなあの男の声が頭の中に蘇って来たから。

 

どうか殿、お生きくださいませ。
殿のために左近も逝きます。
殿が生きておられれば、左近はどのような姿になってもお迎えに参ります。

 

 

 

なのに。

左近、お前は何故、ここにいない。

 

 

 

 


 

救いようのないみったん(と左近)の話、序章。
一応関ヶ原敗戦後という設定になっております。
どん底のまま続いてしまいます...。