このお話は現代パロディ『甘い生活-La Dolce Vita』の設定に基づいて進行しています※
 戦国の人間関係とは多少(?)違っていますのであらかじめ登場人物設定
ご一読いただけるとよりお話がお分かりいただけると思います

 

 

 

 

 ここまで来てしまって、俺はまだ躊躇している。
 もともとはいえば兼続がいつも頼んでいるモデルとやらが急病になったとかで、個展の〆切が切羽詰まっているとかで、いつも兼続に世話になっている俺としては義の名の元に断わることなどできなかったのだ。
 とはいえ、兼続の画風を見知っている俺は、ここまで来るのに随分悩んだのだ。
 兼続はあれでさっぱりとした、ポジティブが具現化したような、裏も表もないどころか全部が表、といった良くいえば好人物、言い方を変えれば極めて単純な性格である。
 にもかかわらずあの絵はなんなんだ。
 初めて行った兼続の個展で俺がうけたカルチャーショックは相当なものだった。武士やら花魁やら小姓やら果ては女子高生やらが画面狭しとならび血みどろどろどろで悶絶している。緊縛、SM、流血、幽霊、化け物。日本文化の暗部をかき集めて煮詰めて取り出したエキスの絵具で描きあげましたとばかりの作品が並ぶ、そこはすでにギャラリー自体が異空間だった。
 これがウリとはいえ、おそるべし直江兼続。
「やぁ、きてくれたのか!」とさわやかな笑顔でエログロナンセンスな作品群を解説してくれるこの新進気鋭の日本画家に俺と左近は始終ドン引きで、しばらくは2人して焼き肉(特にホルモン系)が食べられなかったくらいだ。

 

 

 

 

 兼続の家は古風な、といえぱ聞こえ良いがあちこち崩れかけた日本家屋だ。
 元々は絵の師匠と一緒に暮らしていたらしいが、酒乱がもとでその師匠が他界し、いまは兼続がひとりで住んでいる。

「かねつぐー?」
 

 がたぴしと立て付けの悪い玄関の戸をおそるそおそるあける。
 そこはもう江戸川乱歩だか澁澤龍彦だかの世界。どこから仕入れたのやら頭蓋骨の模型やら、等身大はありそうな日本人形が雑多におかれていた。居間、とか客間とかいった他人を迎える空間はこの家にはないのだろうか。
 

「おお、三成か。よく来てくれた。」
 

 その、俺からみればがらくたの山の中から紺絣の着流の兼続が姿を現した。
 

「まずは一献。丁度、良い塩辛が手に入ってな。」
 

 兼続の手には既に一升瓶が標準装備。
 

「いや、結構です。」
 

 思わず敬語になってしまう俺。ここで飲んだら、確実にこのがらくたの山に埋まることになる。
 

「そ、それよりも俺はモデルが必要だというから来たのだが。」
「そうだったな。早速はじめるか。」
 

 ここがアトリエだ、と言って案内された離れの部屋は他の部屋の有様が嘘のようにこざっぱりと片付いていた。
 顔料を溶く小皿が何枚もならび、大小形もさまざまな筆が筆掛けにつるされている。もの珍しさにきょろきょろと辺りを見回す俺を尻目に兼続は鉛筆と大きなスケッチブックを取り出して来た。
 

「今日は初日だからな。まずはクロッキーから始めよう。」
 

 クロッキー?ああ、下書きだな。俺だってそれくらいは分かるぞ。
 で、どんなポーズをとればいいんだろう。
 

「では、着ているものを脱いでくれ。」
「はっ!?」
 

 聞いてないぞ、そんなこと!
 

「服のうえからじゃ身体のラインがわからんだろうが。
 男同士、何を気にする事がある!」
 

 お前が気にしなくても、こっちが気にするんだ!
 一昨日、左近がつけたキスマーク、もう薄れているだろうか。
 絶頂の瞬間に噛み付かれた歯形はどこだっけ。
 俺がもじもじとしているうちに兼続はタンスの中から白い布を取り出して来てこちらに投げてよこした。
 

「脱いだらこれを付けてくれ。」
 

 拾い上げて広げてみるとそれは白さもまぶしい六尺褌だった。
 

「大丈夫だ、使い古しなどではないぞ。はっはっはっ。」
 

 何が“はっはっはっ”だ。
 

「俺が着けてやろうか?」
「いい!自分で何とかする!!」
 

 黙っていては、笑顔で服をはぎ取りそうな勢いの兼続に、俺は半ば自棄になってシャツのボタンに手をかけた。そうだ、左近との事で最近忘れがちだが、男同士裸の付き合いってものもこの世にはあるのだ。一緒に風呂に入るとでも思えばいいではないか。(ただし、この場合、脱ぐのは三成だけなのだが)
 さすがに褌ばかりは兼続に向こうを向いてもらって、四苦八苦しながらもなんとか形にできた。
 

「上出来だ。はじめるぞ。10分間で1ポーズ、途中5分ずつ休憩をはさんで全部で3ポーズやったら20分休憩だからな。」
 

 そう言って兼続はストップウォッチのタイマーを押した。
 ちょっと待て。俺はモデルなんて初めてなんだぞ。ポーズの指定くらいあったっていいじゃないか。
 俺の心の叫びも空しく、兼続はまず、突っ立ったままの俺を描き始めている。
 ちょっと辛くなって来たかな、と思ったころに10分間の終わりを告げるタイマーが鳴った。
 よし、次は座ってやるぞ。その次は半身だけ寝転んで。うん、これってもしかすると楽しいかもしれない。
 兼続は何も言わず時折俺を見ては止む事無く手を動かし続けている。こうして見る真剣な兼続もけっこう良い男なのだな。真っ黒でさらさらのストレートヘア、目が切れ長で、眉の形も整っていて、俺と違ってしっかりと肉付きのある唇。あれに口づけしたら、弾力があって気持ちよいに違いない...って待て、俺。いくらポーズ中が暇とはいえ、今の思考は左近に失礼だぞ。
 それに実は兼続にはちゃんとした恋人がいるのだ。けい..こ?いや違うな、け...い..すけ!いや少し近づいたような気がするが、とにかくそんなんがいるのだ。
 しかも俺たちは義の絆で結ばれた同志ではないか!いまさらここで俺たちが築きあげてきた大切な何かが銀河とともに消滅...!?なんてことにはなるまい。
 ...などと考えているうちにポーズ時間は終わっていたらしい。寝転んだままの俺に兼続がバスロープを手渡す。
 

「流石だ三成。おかげで良いポーズが描けた」
 

 兼続が煎れてくれた日本茶と煎餅で休憩をとる俺たち。
 

「三成は初めてにしては随分慣れているな。こちらも筆が進む。」
 

 にこり、と笑ってくれる兼続。そうだろう。何でも完璧にこなす俺。
 さぁ、休憩の次は何だ?こうなったらどんなポーズでもどんとこいだ。
 

「次は縛りだ。跡がつかないようにやるからじっとしていてくれ。」
 

 さらりと言って退けた兼続に俺は...引いた。
 と、同時にこいつの作品の数々を思い出した。腹を割かせてくれ、なんて言われない分随分ソフトな要求じゃないか。あははは。...そう思おう。
 

「本来は縄師に来てやってもらうのだがな。お前は初めてだろうし、それほど複雑じゃないから。」

 晒しを裂いたものをより合わせた紐が身体を取り巻いて行く。
 兼続は言った通り、跡にならないように随分とゆるく縛ってくれているらしい。とはいえ、一本の紐がぐるぐると複雑に絡み合わさって身体を取り巻いて行く様は、これで複雑じゃないなんて、他にどんなバリエーションがあるかなんて考えたくもない。
 

「よし、これでいいな。そのまま正座を崩して座ってくれ。」

 今度はさっきと違ってポーズの指定があるらしい。
 

「そう、そうして上半身を右にひねって、手をついて。」
 

 おい、このポーズ、なかなか苦しいぞ。
 

「顔はこっちに、そうだ。
“好きだった男に裏切られて陰間茶屋に売りとばされた小姓が足抜けしようとしたがあえなく見つかり男どもに寄ってたかって折檻を受けている”というシチュエーションだ。
 悔しさの中にも隠しきれずにじみ出る色気、そんな表情を頼む。」
 

 いや、突然そんな複雑なポーズ、無理だから。
 そんなシチュエーションにはこれまでもこれからもお目にかかる機会はないから。
 冷静に突っ込みつつ、それでも俺は今までにあった悔しい事を思い出してみた。
 後で食べようと思って残しておいたウエストのシュークリームを左近に食べられてしまったこと、まだやりかけだったゲームを幸村が勝手に借りて行ってしまったこと、カフェ・ド・関ヶ原でこっそり持参した砂糖をコーヒーにいれようとしたら紀之介にバレて店を追い出されたこと...。
 うん、いい具合にはらわたが煮えくり返って来たぞ。
 

「なかなかいい表情だ!そのままで頼む。」
 

 おれが極めて日常的な怨みに眉根を寄せているのを見て、兼続が筆を走らせている。
 表情をキープするのに慣れて、ポージングにも余裕が出てくると次に俺は逆に兼続の観察を始めた。うっすらと額に汗を浮かべ、常に手を止める事がない。瞬きすら極端に少なくなっている。俺の隅から隅までを観察する真剣な目線は皮膚に突き刺さるようだ。
 だめだ、そんなに見ないでくれ。
 なんだか変な気分になってきてしまったではないか。
 冷静に考えれば、古ぼけた日本家屋に二人きり、しかも片方は裸に脱がされ縄目の屈辱まで受けている。
 これで何にもナシなんて、仮に左近が相手だったらあり得ないだろう。だいたいこんな場面、その左近が見たら兼続は刻んで漬けて塩辛にされてしまうぞ。
 そう思うとなんだか身体がぞくぞくしてきた。この体勢で居る事の不安と、拘束された姿勢から快楽を拾いだしてしまいそうなどん欲な自分と、それを見透かすような兼続の真摯な眼差し。
 表情も、最初は演じていたのだが、今では本当に耐えている。俺はひたすら、この時間が終わることを願った。
 数回の休憩を挟んで、今日はここまでにしよう、と兼続が言ったとき俺はもう本当に全身が脂汗でぐっしょりになっていたのだった。

 

 

 

 

 結局、これでは心身共に持たないとその日一日で辞職を申し出た俺を兼続は泣きつかんばかりに止めたが、俺とて限界というものがある。
 これがきっかけであっちの世界に目覚めてしまったら--あいつは優しいからきっとそんな性癖の俺にもつき合ってくれると思うのだが--左近に申し訳が立たないではないか!
 しかし、兼続の芸術的執念は諦めるという事を知らず、その後行われた個展ではあのスケッチをもとにした作品が出品され随分と好評らしい。
 実は俺も兼続のいない時にこっそりその絵を観にいったのだが...。
 これは!
 これではモデルが俺とモロに分かってしまうではないか!
 それでころか絵の中の俺はさらに悩ましげに眉根を寄せて半開きになった唇に乱れた髪を噛んで、これではまるで襲い来る快楽の波に耐えているようではないか!
 俺は食べ損ねたシュークリームのことを考えこそすれ、断じてこんな顔はしていないぞ!
 恐るべし異端の日本画家直江兼続...。
 ...こんなもの、間違っても左近に見せられない。
 家に帰ったら案内状も個展の記事の載った雑誌もことごとく捨ててしまおう。展示があったこと自体、この世から抹殺してしまおう。
 神様、どうかこの絵が間違っても左近の目に触れませんように。
 俺はまだ左近に熨斗イカにされる兼続を見たくない。 

  

  

 
   

     


やまなし、いみなし、おちなし
とってもエロいシチュエーションなのにエロくならないのは兼続にその気が全然ないから
おかげで無駄に長くなりました
殿はこれをきっかけにちょっとだけその道に目覚めたり目覚めなかったり?
六尺褌はその名の通り2M強も長さがあって
締めるのが大変難しいはずなのですがみったんはよく自力でがんばったなぁ
気が向いたらみったんお仕置き編も書きたいです