手を伸ばしてみる。
 触れた先、冷たい鏡の中、死人の肌の色をした女がいる。
 身繕いを整えながら妲己は自分の姿をまじまじと見つめた。

 なんだってあの人は私をこんな形に作ったのかしら。

 知恵をひねり出すだけの軍師ならば、異形の怪で構わないのだし、そもそも女である必要は無い。
 なまじこんな、人の形をしているだけに本性をさらけ出せば出しただけ人は私を蔑む。

 仕方がないじゃないか。
 もともと私は人ではないのだもの。
 人の心など最初から持ち合わせてはいないのだもの。

 彼もそうだ。私に、まるで汚物でも見るような目を向ける。
 回廊を近付いてくる足音の主。
 居室に現れた無愛想な美貌に向かって妲己は微笑んでみせた。

 
「三成さん、髪を結ってくださらない?」
「俺を呼んだ理由がそれか。」

 
 彼は形の良い眉をしかめた。
 からかわれている、と思ったのだろう。

 
「髪を結ってちょうだいな。一人では出来ないのよ。それに。」

 
 背に流したままの毛先をくるくると指で弄びながら妲己は言った。

 
「最後くらい、我が儘のひとつもきいて欲しいものだわ。」

 
 三成の表情が凍り付く。
 彼が離反を企てていることを妲己は彼の兵の中に忍ばせた間諜の報告で知っていた。
 おそらく明日の朝には兵諸共にこの城にはいまい。
 従えば見逃すと、暗にほのめかされて三成は妲己の後ろに立った。
 彼の女のように細い指が髪を梳き、細い束に分けたそれを編み上げていく。
 横柄な口をきくだけで自分では何もできない男だと思っていたのに、意外に器用に動くその指を妲己は鏡ごしに見ていた。
 時折、手が尖った耳の端にふれてくすぐったかったがそのままにさせた。
 三成は何も言わない。警戒しているのかもしれない。

 おかしな人、逃がすつもりが無いならとっくに殺している。

 何かを言おうとして妲己は口をつぐんだ。
 交わす言葉なんて最初からなかったことに気付いてしまったから。
 この人をもとの世界から連れて来たのは私だ。生きさせたくて手元に置いた。
 憎まれても、蔑まれても、手放したくなかった。
 何故ここまで自分が脆弱な人間に執着するのか、それはきっと彼が美しかったからだ。
 面の皮1枚の美など、信じていない。そんなものはいくらでも作り出せる。
 彼の心。何物にも折れない強く輝く胸の内。
 ただ王の人形として生きる自分には持ち得なかったそれに引かれたのだ。
 まるで闇の中、灯火に集まる蛾のように。

 
「できた。」

 
 短く告げて三成の手が離れていく。

 
「ああ。上手よ、三成さん。」

 
 振り返るわずかな動作の間に三成は背を向けて歩き出していた。
 彼と自分の距離はどんどん離れていく。 
 次に会うことがあるとすればお互いのどちらかは屍。
 触れ合うことがあるとすればそれは刃。
 妲己はせっかく出来上がった髪を束ねていた留め具をむしり取り、鏡へ向かって投げつけた。
 雷鳴に似た音がして目の前のガラスが粉々に砕ける。
 手を伸ばしてみる。
 触れた先、ひびに覆われた鏡の中、乱れた髪の女が泣いている。
 妲己はそれが自分の姿だとは思いたくなかった。


 

 

   

  

 

  


 

設定集が無いので曖昧なんですが公式のキャラ絵を見る限り裸足なんですね、妲己ちゃん
アクションといい踊り子さんのイメージなのかな
15cm!のピンヒールも似合いそうなのにあえて裸足で勝負な彼女に萌え