数ヶ月後、子はまだ産まれない。
産まれるはずが無い。
だって、私のお腹の中はからっぽなのだから。
--奥方様、これは心の病でございます。
御身はお子を宿してはおりませぬ。
腹の膨らみ始めた私を診た医師は私の腹に耳を当てた後、怪訝な顔つきでしかしはっきりとそう言った。
実際には子を孕んでいないのに、心が強く願うことで身体がそのように変わるということが、とても珍しいことだけれど、あるのだという。
決して旦那様には伝えぬように。私は固く医師の口を封じた。
旦那様がいなくなってしまってからも、私の身体がそのままなのは誰でもない私自身がまだそれを望んでるからだ。
私の中に宿る魂、永遠に産まれぬ赤子。
--佐吉。良い子ね、佐吉。
私は膨れた腹を撫でてあの人の遺した子の名を呼ぶ。
腹の中から何者が私を蹴ったような気がした。
産まれてなど、来なくても良いのよ。
だって、そうしたら貴方までいつかはどこかへ行ってしまう。
あの人達のように私をおいて。
ずっとずっと、ここにいてね。
私のお腹の中に。
私の側に。
私はあの人に、もう一つ、嘘をついていたことがある。
本当は最初からあの人の正体を知っていた。
まだ色街にいた頃、その宴席に数回侍った事があると言う姐さん女郎が教えてくれたのだ。島左近というあの人は今は浪人の風体を装っているが、本当は昔、佐和山の石田三成に近しく仕えていたご家老様なのだと。
お父さまの側で、お父さまを支えた人。
きっと私よりずっと多くの事をお父さまと共有していた人。
私はそれが悔しくて、だから惹かれた。
あの人について行こうと決めた時、私は愚かにも運命を変えられると思った。
私があの人を過去から解き放ってみせる。そして私自身も。
そんな夢を確かに見たのだ。
でも、死者には敵わなかった。私も、彼も、誰も。
さようなら、私の愛しい人たち。
私を最後まで愛してはくださらなかった人。
私に運命を与え、そして奪った人。
弱虫。嘘つき。ずるい人。
でも、私の愛しい愛しい貴方。
たとえ貴方たちがこの手に遺したものが夢の残骸だとしても。
それを抱いて私は今も幻の日々を生きている。
終 劇
My Funny Valentine
to You.
私の可愛い人
可愛らしくって 可笑しな私の恋人
どうかそのままでいてね 私の可愛い人
どうかずっとずっと変わらないでいて
私には貴方のいる毎日が特別な日なの
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