世の中は不昧因果の小車や よしあし共に廻りはてぬる

 

  

  

 

 貴方達はたくさんの人を殺して来たから、数えきれないほどの命を奪ってしまったから、多分、地獄にも極楽にも行けない。
別れ別れになってしまった私達が出逢う事はもう二度とないだろう。
たとえ生まれ変わりというものがあるのだとしても、罪深い私たちにそれは許されないだろう。
だからこれは、私たちがほんのつかの間一緒にいられた頃の、

短いお話。

 

 

 

 

 

 

 お城が燃え落ちるのを、私は近くの小高い丘の上から見ていた。
 あの中に、お母さまがいる。お爺さまも、叔父さまも、幼い弟達も。


--さぁ、姫さま、お早く。

 乳母が私の袖を引く。
 そうだ、早く、一刻も早くここを逃げねば。東軍の兵が私たちを探しているかもしれない。
 一緒に死にたいという私の願いをお母さまは許さなかった。

--馬鹿な事を言うでない。

 髪を振り乱して、お顔も着物を煤に汚して、それでも美しいお母さま。

--そなたは行きなさい。若い女子の一人、どうにでも逃げ延びることができましょう。
 逃げなさい。逃げて逃げて生き伸びなさい。
 
 そして、お父上の血を世に残すのです。

 その言葉は呪いのように、私の身に刻まれた。

 どこをどう歩いたか覚えていない。
 昼と夜の区別無く、私たちは山を越え谷を渡った。
 途中、目立つという事で着ていた着物を百姓娘のそれと、わずかな米とに取り替え、百姓の親子が都に作物を売りに行く、そんな体裁を整えた。
 都に行ったところで特に頼る当てがあったわけではない。西軍が敗れ、謀反人の血族となった今、私にはこの世のどこにも行く場所なんて無いのだ。
 ただ、都には人がいる。人がいればそれにまぎれて生きる事も出来る。
 都にたどり着いてからしばらくの間は乳母と二人、都のはずれの木賃宿で過ごした。
 雨が降れば盛大に雨漏りもしたし、宛てがわれた布団に住む虫のせいで体中が痒く、決して住み心地が良いとは冗談にも言えなかったが、私の頭の中はそんなことも気にならないほど、これからの何の当ても無い日々に一杯だった。
 私をおいて逝ってしまったお母さま、そして消息も知れぬお父さま。
 考えても考えても答えなど出ない。
 現実は私の動かせる範囲を既に大きく越えて膨らみ、私にのしかかって来た。
 お城から持ち出せたお金が少なくなって来たある日、乳母がその全てを持って消えた。湿った薄い布団の中で、朝、目を覚ました時には彼女の姿はもう隣には無かった。
 物心つく前から世話をしてくれた女だった。さみしい、と思いこそすれ憎む気にはならなかった。私が彼女の立場だったとしたら同じようなことをしなかったとは言い切れない。
 でも、最後に、お別れを言いたかったのにな。
 お母さまにも、お爺さまにも、叔父さまにも、幼い弟達にも、そして多分、お父様にもちゃんとお別れを言えなかったから。

 宿代が払えなくなった私を、木賃宿の主人は色街に連れて行った。
 柱を朱に塗った建物が軒を並べ、昼間から白粉とお酒の混じり合った匂いが漂う街。
 ここがどういう場所であるか、幸か不幸か私はうっすらと知っていた。
 お城に仕える小者達が話しているのを盗み聞いたことがある。金で買える女達の住む場所。どこの店の誰が具合か良いだの、顔ならば誰が逸品だのと品定めをする男たち。その時はなんて不謹慎なと怒りすら感じてすぐその場を離れてしまったが、まさか自分が品定めされる立場になるなんて。
 時折小突かれながら歩く私を、着物を着崩してほとんど胸も露な女達が指差してはくすくすと笑っている。中にはすれ違いざまに寄って来て露骨に私の髪に触れたり煙管の煙を吹きかける女もいた。

--驚くんじゃねえ。


 木賃宿の主人はこういう場所に慣れているのか、私を振り返る事も無く言った。

--お前もすぐにこうなるんだ。

 

 

 

 
 私は、ここで、運命に出逢う。