※まさかの前世ネタ
※殿が亀
※左近はノーマルに女性とおつきあいしています
生まれ変わり、なんて信じた事なんてなかった。
来世などというものは坊主の説教の常套句。
死ねば終わり。その方がせいせいするじゃないか。
生きている時にそう思っていた罰が当たったのだろうか。
あの時以来、俺は自分の信じていなかったそれを繰り返し続けている。
例えば鳥であったり、虫であったり。
水の中に住む目に見えぬ程小さな生き物に生まれた時には辺りの水ごと仲間諸共魚の口に飲み込まれてそれで終わり、なんてこともあった。
余程俺の業は深いのか人に生まれた記憶は無い。
それもまあ、仕方あるまい。
あれだけの命を奪った俺が再び人に生を受けようなどと厚かましいにもほどがある。
ほとんど無限のような生き死にを繰り返す中で、俺にもたったひとつだけ望みというべきものがあった。
--あの男に会いたい。
この世にいればいつの日か再び巡り会うこともあるかもしれないと、どんな姿になってもそれだけはいつも心の片隅に握りしめていた。
そんな俺の今の姿は亀だ。
しかもどうやら生まれながらに人に飼われて暮らすのが運命らしい。
明日の命を心配しなくても良いだけ今までの中では幾分ましなほうだが、亀の毎日は退屈きわまりなかった。
俺の周りは透明な壁に囲まれていてその前をいろんな人間たちが通り過ぎる。
たまに足を止める人間もいて、同じ時期に卵から孵った奴ら(俺はこいつらを兄弟などとは思っていない)は1匹、また1匹とそんな人間たちに買い取られて壁の内側から姿を消して行く。
しかし、人の近付く気配を感じれば甲羅の中に閉じこもってしまう俺を選ぶ物好きな人間はなかなか現れなかった。
他の奴らみたいに指を差し出されたら鼻先を寄せたり、手足をもがいてみせたりするなんてまっぴらごめん。
亀になってさえ愛想の無い俺なんて飼っていても面白くなかろう。
やがて壁の中は俺ひとりになった。
いつも俺たちの世話をする人間が俺を覗き込んで眉を寄せる。
--こいつ、ホントに動かないな。ちっとは愛嬌振りまけよ。売れ残ったらスープにして喰っちまうぞ。
--うるさい。そうそう動いてばかりいられるか。亀なんだから。
独り言ちて何気なく視線をやった壁の向こう、そこに見えた人影に俺の鈍い心臓は未だかつてなく激しく高鳴った。
--左近!
それは、そう、夢にまで求めた人の姿。
刀も持っていないし鎧も身に着けていないけれど、長かった髪は肩の辺りで切って後ろに流しているけれど、確かに左近だ。
俺が見間違えるはずがない。
人間に生まれていたんだ。
--左近!左近!お前、俺に気付かないのか。
叫んだつもりが声にならない。
この時ほど亀に生まれ変わったのを悔いたことはなかった。
やっと巡り会えたのに、名前を呼ぶ事も出来ないなんて。
俺は必死に壁に縋って訴えた。
このまま別れてしまったらもう二度と巡り会えないかもしれない。
--止まれ!止まってこっちを向け。ここから俺を連れて行ってくれ。
左近がふと足を止めてこちらを向いた。
やった。俺の願いが届いたのだ。
喜んだのもつかの間、俺は途端に身体から力が抜けて無様にひっくり返ってしまう。
無意味に重たい甲羅のせいで自力で起き上がる事が出来ず、ばたばたと短い手足で空を掻く俺を左近が見ている。
その大きな身体の陰にはこちらを指差して微笑む若い女の姿があったんだ。
考えてみればおかしな事ではない。
あの時だって俺たちには互いに妻がいたし、子供だっていた。
その他にも左近は言い寄る女には事欠かなかったと思う。
それでも俺たちは通じ合う事ができんたんだ。
だから今だって、左近が俺に気付いてくれればこんな女はすぐに用無しになる。
可哀想そうだが仕方の無い事だろう。
--こいつ、きっと大きくなるぞ。飼いきれなくなったらどうするんだ。
壁越しにもがいている仰向けになって手足をばたつかせる俺に左近はそんなことを言う。
そんなふうに言うな。
俺は大きくなんてならないぞ。
ならないように、努力するから。
だから。
--餌だってやらなきゃいけないし、水槽を用意したり世話もいろいろと面倒だろう。
餌なんてそこの棚に並んでる亀フードで十分だ。
本当は甘い果物が大好きなんだけど左近の手を煩わすなら我慢する。
水槽なんていらない。水を張った桶にでも入れておいてくれれば、俺が左近の側から逃げたりなんてするものか。
だから、だから。
--それに、亀って随分と長生きするらしいじゃないか。
とてもつき合いきれない、といった顔をされては俺にはもう言い返すことができない。
確かに俺は長く生きるらしい。
“亀は万年、なんて言いますけどね、まさかそれほどじゃあないにしても上手く飼えばこの種類は50年は生きますよ。飼い主より長生きする奴もいるみたいですから。”
俺たちを売る人間が、そう説明してたのを思い出す。
50年。
人間の時ときよりも俺は長生きできるわけだ。
これから先50年間、ずっと左近の側で過ごす事が出来たらすごく素敵なことなのだけれど、もし、ダメだったら?
左近に見捨てられて、この生が尽きるまでひとりぼっちだとしたら?
...亀でも、寂しさでおかしくなってしまう事ってあるんだろうか。
--でも、私は飼いたいわ。
今まで黙っていた左近の隣の女が言った。
--貴方はいつも仕事で忙しいでしょう。
なかなか早く帰って来れないとき、一人で待つのはとても寂しいのよ。
この子がいたら少しは気がまぎれると思う。
世話は私がするから、ね、いいでしょ。
腕を掴んでせがまれて、情け無くなるくらい目尻を下げた左近はそれであっさり俺を飼う事に決めてしまったんだ。
シリアスなんですよ! 長くなったので後編へ続きます
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