腹がへったと催促する俺にコンビニで買って来たらしいサンドウィッチをくれると左近はネクタイを緩めてソファに陣取った。
 テーブル一杯に書類を広げ、ノートパソコンを立ち上げると持ち帰った仕事に取りかかる。
 左近からはアルコールの匂いがしなかった。
 一杯やってて遅くなったというわけではなかったみたいだ。
 犬の俺の鼻は実に優秀だ。
 ついでに香水の匂いもしなくて俺はほっとする。
 途中で冷蔵庫から缶ビールと生ハムを取り出すとそれを摘みながらもくもくと作業を続ける。
 仕事をする左近、かっこいいなぁ。
 眼鏡、かけてる。
 そういえば最近近くの文字が見えにくいって言ってたっけ。老眼かなぁ。
 はっきりした鼻梁にかかる黒いセルフレーム。
 時折、それを押し上げる仕草がきゅんとくるぞ。
 俺は向かいのソファに踞ってうっとりと見つめていた。
 俺の前では絶対に見せない姿だ。
 左近は家に会社のことを持ち込まない。
 こんなに大変そうなのに一度も辛いとか、苦しいとか言ったことがない。
 俺に気を使ってるのかなぁ。俺としては甘えてくれたら嬉しいのに。
 一段落したのか、左近はふぅと大きく息をついて背伸びをした。
 ソファの背に脱ぎ捨ててあった背広のポケットから何やら探し出す。
 煙草だ。
 止めていたと思ったのに。俺に隠れて外で吸っていたのか、左近の奴め。

 
「けひっ、ひんっ。」

 
 辺りに漂い出した煙草の匂いに俺はむせ込んだ。人間の時でさえ苦手なのに敏感すぎる犬の鼻にはたまらない。

 
「ああ、ごめんな。煙草苦手だったか。」

 
 慌てて飲みかけだった缶ビールの口でタバコの火を消す。
 そして申し訳なさそうに俺の頭を撫でてくれた。
 左近の大きな手、気持ちイイ。
 そのまま首筋を触ってもらい、ついでにお腹も、とばかりに俺はひっくり返っておねだりする。

 
「おいおい、警戒心が無いんだなぁ。
 初めて会った人間に腹なんか見せちゃいけないぞ。
 それは負け犬の仕草だ。」

 
 いいんだ、左近だもの。
 苦笑しながら左近はそれでも随分長いこと俺の相手をしてくれた。

 

 

 
 
 夜も更けて、時計の短針は“2”を少し過ぎている。
 明日も仕事、あるんだろう?どうするのかなと思っていたら左近はそのままソファに横になってしまった。
 俺には寝る前には歯を磨きなさいだの、パジャマにきちんと着替えてだの言うくせに自分はだらしないんだなぁ。
 おい、起きろ。せめてスラックスを脱げ。皺になるぞ。
 俺は長い黒髪の中からのぞく首筋をちろちろとなめてやった。

 
「ん...ぁっ..。」

 
 うわぁ。なんだ、今の。すごく...なんていうか..色っぽい。
 今度は襟の中に舌をつっこんで張り出した鎖骨を甘噛みしてみる。

 
「ふ..ぅ..んっ。」

 
 いつもより高くて鼻にかかる吐息。
 驚いた。左近のこんな声、初めて聞いた。
 俺と、その、アレをしている時には絶対にこんな声は出さないのに。
 もしかして俺が攻めてる?こんなチャンス、二度と無いかもしれない。
 俺は調子にのって左近がしてくれるみたいに耳の中に舌をつっこんで掻き回す。
 ぴちゃぴちゃと盛大に水音を立てて、耳たぶや、軟骨の付け根までていねいに舐め上げてやると、けれどこれは流石にしつこくやりすぎたみたいで左近はびくん、と大きく身体を震わせると目を覚ましてしまった。

 
「お前、何して..。」

 
 怒られるかなぁ。そう思ったけど、左近は少し顔をしかめただけだった。

 
「せっかく、このまま眠れると思ったんだけどな..。」

 
 額に落ちた髪をくしゃくしゃと掻いて、小さくため息をつく左近。
 ごめんな、そんなに邪魔だったのかな。もうしないから今度はゆっくり寝ていいぞ。
 左近は横たわった姿勢のままベルトに手をかける。
 かちゃり、とベルトがカーペットの上に落ちるのに続いてジッパーを下げる金属音。
 スラックスと、その下の下着を少しだけずらすと左近は自分のものに指を絡ませて...えっと、これって...もしかして..。

 
「ん。」

 
 上下に手を動かして扱く即物的な仕草。
 左近が自分でするところ何て初めて見た。
 左近でも一人でするんだ。
 男ならおかしなことではないんだけど、ちょっと意外だ。
 女にももてるんだろうし、何より俺というものがあるんだからそういう必要がないものだとばかり思い込んでいた。
 でも、そうだよな、左近だって...。
 左近の吐息が荒くなるにつれてぐちゅぐちゅと水音が立ち始める。
 さっきみたいな色っぽい声、もう聞かせてくれないのかな。
 俺は左近の投げ出された足の間に潜り込んで指の隙間から熱を持ったペニスに舌を這わせた。

 
「おっ、おい!」

 
 思いも寄らない刺激に左近が焦ってる。
 手で追い払われそうになったけど上手くかわして俺は愛撫を続けた。
 大事なところを噛まれでもしたらたまらない、とでも思っているんだろうか。大丈夫。そんなことしないから。ちゃんと気をつけるから。
 だいたい左近はここを舐められるの、好きだろう。俺がしてやるとすごく喜ぶくせに。 
 犬の口は狭くて全部を頬張ってやることは無理だ。
 左近のものは大きすぎるから人間の時だって辛かったくらいだもの。
 だからできるだけまんべんなく舐め回してやる。牙を立てないように慎重に。  
 先端をくすぐるように苛めてやると後から後から苦い汁が湧き出てくる。
 左近はもう俺を遠ざけようとしなかった。
 俺の頭を撫でながら、赤黒く猛った自分のペニスの上で小さな俺の舌が忙しなく動くのを珍しそうに眺めている。

 
「くぅっ..も、」

 
 限界、かなぁ。引き締まった腹筋が細かく震えている。
 目をぎゅっとつぶって、眉根を寄せる左近。
 快楽に追いつめられた切ない顔。
 二人でシている時はいつも俺の方が先におかしくなっちゃって左近を見ている余裕なんて無い。
 だから、これも初めて見る、俺の知らない左近。
 これ以上行為を楽しんだり、焦らしたりする気はないらしく手の動きはどんどん激しくなる。

 
「あっ、..殿っ!」

 
 俺の顔に熱い雫が爆ぜる。
 小さな声だったけれど、確かに殿、って言った。イクときに、殿って。
 俺のこと想いながらイってくれたんだ。うれしいぞ、左近。

 
「うわぁ...、やっちまった...俺。」

 
 息を整えた左近がぱたぱたとしっぽを振る俺を見てがっくりと肩を落とした。
 俺の顔は左近の出したものでべたべた。一部は顔からしたたり落ちて毛皮を汚しているけど、そんなに気に止むことは無いぞ。顔に掛けるのは男のロマンだ、なんて言っていたじゃないか。
 ああ、でも、今の俺は犬なんだっけ。
 子犬に舐められてイっちゃいました、なんて確かに落ち込むよな。
 罪悪感満載の左近はせめてもの罪滅ぼしとばかりに濡れたタオルで俺の顔を拭った後、肉を落とした生ハムの骨をおやつにくれたのだった。

 

 

 

 再びソファで眠り始めた左近の毛布の端っこに潜り込む。
 あんなことしてしまった後だから嫌がられると思ったけど、左近は何も言わずに大きな身体を少しだけずらして俺の場所を作ってくれた。
 左近の身体はいつだってあったかい。
 俺のいない時の左近。
 仕事に没頭して、好きな時に帰って来て、好きな時に寝て。
 一人の時はずっとこんなだったのかなぁ。
 俺が来て、随分と変わってしまった生活を左近はどう思っているんだろう。
 左近はなんでもしてくれて、俺にはそれが当たり前だった。
 でも、左近にも左近の生活がある。俺はその中でお荷物になってないのかな。
 せめて少しでも左近の役に立つように料理でも覚えてみようかな、とか、自分で散らかしたものは自分で片付けるようにしよう、とか、そしてたまには俺からしてやるのもいいかも、なんて思いながら俺は目を閉じた。

 

 

 

 翌朝、左近には申し訳ないが散歩の途中で俺は左近の腕をすり抜けて逃げ出した。左近は慌てて追いかけて来たが犬の足には敵わない。
 薬の効き目がそろそろ切れる頃だ。
 夕方には何喰わぬ顔で旅行から帰ったふりをしなければならない。
 その前にあの店を探そう。
 そして代金を払わなければ。効果は確かに本物だったのだから。
 紀之介の店で昼ご飯を食べた後、俺は店のあったあたりを歩いてみたがいくら探してもあの店も、女も見つからなかったんだ。

 

 

  

「ただいま。」


 辺りが暗くなってからなに喰わぬ顔をして家に帰る。
 ダイニングテーブルの上には俺が帰ってくる時間を知っていたかのように鍋がくつくつと煮えている。

 
「お帰りなさい、殿。初スキーどうでしたか?風邪はひきませんでした?」

 
「う、うん。楽しかったぞ。幸村と雪合戦もしたし、かまくらを作って、それから...」

 
 たった今でっちあげたお土産話を左近は笑顔で聞いてくれた。
 とりあえず俺の計画はバレていない、みたいだ。

 
「左近こそどうだった?俺のいない生活は“ひとりで”寂しくなかったか?」

 
 ちょっと意地悪して聞いてみる。
 左近は一瞬言葉に詰まったみたいだった。
 ふふん、困ってるな。
 そりゃそうだ、犬相手にあんなことしてました、なんて言えるはず無いだろう。

 
「つまらないものですよ。やっぱり殿がいないのは...寂しい。」

 
 そう答えた左近の声が本当に寂しげで、うんうん、と満足げに頷く俺。

 
「で、」

 
 表情は穏やかなままなんだけど、あれ?でもなんだか左近の背後から真っ黒なオーラが立ちこめて...。

 
「本当はどこに行かれてたんです?」

 
「なっ、ス、スキーに行っていたのだと言っているだろう!本当だ!疑うなら幸村に聞いてみろ!!」

 
 食べかけのマロニーが鼻から吹き出そうになるのを押さえながら俺は必死で弁解した。

 
「その幸村さんですけど、お預かりしている荷物どうしましょうか、ってさっき電話がありましたよ。」

 
 ゆきむぅるぁぁぁぁぁぁ!!!あっのヤロウ...ッ!!どうでもいい時だけ気をきかせやがって!!
 計画の詰めの甘さを嘆いても後の祭り。
 うまい言い訳を考えるんだ、俺。
 そしてこの戦場を生き延びるんだ、俺。

 
「いいですよ、答えていただけないのなら。 
 何より素直な殿の身体にお聞きすることにしましょう。じっくりとね。」

 
 鍋の湯気で霞む視界の向こうで鬼の左近が至極楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 


 

どうして現パロの殿は残念な子になってしまうのだろう
にゃんこ編よりはポップな感じになりました

 

 

 

**おまけ**
イカのきもち』 
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慶兼ベースで。タイトルからお察しの通り兼続がいじられるのがかわいそう!という方は回避してください