これといって趣味と呼べるものを持たない私であるが、あえて言うならばよく晴れた日に縁側に出るのが好きだ。
 うららかな日差しの下でなにをするでもなく座っていると、気を利かせた小姓が茶と菓子を運んでくる。
 茶は舌を焼かぬようにほどよく温み、京から取り寄せた干菓子は控えめな甘みを残してはかなく口の中で崩れる。
 そうしてつかの間の安らいだひとときを楽しんでいると、ふいに手の甲の辺りに違和感を感じた。
 目をやるとそこには小さな黒蟻が這っている。
 よくよく見遣ればその一匹だけではない。
 口の端からこぼれた干菓子の粉を辿って、私の周りにはいつのまにかその仲間が集まってきていた。
 床に散らばった分だけでは足らなくなった彼等のうちの勇気ある愚かな一匹が、貪欲に着物の裾を伝って私の手まで登って来たのだ。
 私は手を払ってその虫を振り落とす。
 床に落ちた蟻は仰向けに転げたまま、しばらく何が起きたのか分からないまま糸のような脚をばたつかせていたが、やがてたくましく起き上がると何事も無かったかのように餌を運ぶ仲間の隊列に戻っていった。
 彼ら蟻の隊列は規則正しく果てしない。
 僅かな明日の糧の為に、自分の身体よりも何倍も大きな荷物を背負い必死に立ち働いている。
 そこに目的というものがあるならば、ただ生きる、そのため。未来や理想といった甘い菓子は彼等には必要ないのだ。
 その中に一匹、隊列からはぐれた蟻がいた。
 どこにもこういうものはいるものだ。
 私はその一匹を指先で追い、茶碗の陰に追い込むとゆっくりと力を込めた。
 ぶちり、と気泡が弾けたような微細な感触を遺して蟻は死んだ。
 我が身に何が起きたのかを理解する間もなく、もしかしたらメ死モというものを理解する間さえなく、突如として天から現れた巨大な物体の下敷きとなって。
 指を除けた跡には黒い点のようなものが床に染み付いている。
 たったこれだけが、先程まで懸命に活動していた小さな命の痕跡。
 私は次の犠牲を探す。
 少しでも動きの鈍いもの、列を乱すものを見つけ出してはそれを潰していく。
 そうして、一匹殺すごとに脳裏に名前を呟く。

 

 私の悪口を言った者。
 私を遠ざけた者。
 私を貶んだ者。

 

 哀れな小蟲を爪先で潰す度にひとりずつひとりずつ、私が憎む人間が死んでいく。
 こうすることで、私はもう誰も憎まずに生きて行くことが出来るのだ。
 

 それこそ、虫も殺さぬような顔をして。
 
  

 

 
 
--殿様、殿様。
 もう日が陰って参りました。
 風も冷えて参りました。
 お身体に障ります。どうぞ中へお戻りを。

 遠くで小姓が呼ぶ声がする。
 すっかり夢中になって時を忘れていたらしい。
 小山になった蟻の屍を地面に払って私は部屋へと引き取る。
 やがてこの縁側には誰もいなくなる。
 そうすればいくら潰しても図々しく這い出てくる蟻たちが我が物顔でここを闊歩する、そんな季節がやってくるのだ



  

  

 
   

     


うわぁ真っ黒!