異形の身は、産まれてすぐに間引かれるのが常だ。
 それが何故生き延びたのか。
 産褥にある母が半狂乱になってすがったのだと、産婆も務めた老いた乳母から聞かされた。
 随分な難産だったのだという。
 三日三晩の地獄を苦しみぬいて産み落とした我が子の命を奪われるのは耐えられなかったのに違いない。
 母には甘い父は、その様を側で見ていただけに彼女の願いを聞き入れた。
 産まれた子の行く末を深く考えもせずに。

 

 

 

 石田の家は幼い三成にとって決して居心地の良いものでは無かった。
 既に跡取りと成る男子がいる。
 武威をもって一軍の将になることもできず、政の道具としていずこかの家に嫁すこともできない。
 一度は生かす事に決めたものの、父が自分を疎ましく思っていることを聡い三成は敏感に感じとっていた。
 そしてその矛先は次第に、このような身体の子供を産み落とした母にまで向けられていった。
 だからもの心ついたある日、明日から寺に入れと告げられた時には安堵さえしたものだ。
 自分がいなくなればあの美しい母が、自分に命を与えてくれた優しい母が苦しむ事はもうなくなる。そう思ったから。

 

 

 

 三成が預けられたのは産まれ育った家から何日も歩かねばたどり着けない、人里を遠く離れた山寺だった。

--それでは、何卒よろしゅうお頼み申します。

 ただ1人、付き添って来た下男が深々と頭を下げて帰って行き、残されて所在無さげにしている三成にこの寺の主らしい老僧が話しかける。

--佐吉、といったね。
 ここでは儂を父とも師とも思い、御仏に仕えるのだよ。

 柔和な顔と静かに諭すような声に三成は殊勝に頷いてみせる。

--お前は随分深い業を背負っていると聞いている。
 それを見せておくれ。

 その顔も、声も、あくまで穏やかなままだったから、三成は一瞬何を言われているのか理解ができなかった。
 呆然と動けずにいる少年に舌打ちをし、老僧は追い打ちをかける。

--聞こえなかったのか。
 着ているものを脱いで見せろと言っているのだ。

 これまでとは打って変わった強い語気に、三成は言われるままに自らの手で帯を解くしか無かった。
 色のあせた袴と小袖。
 たったそれだけの粗末な着物が畳の上に落ちるのに時間はかからなかった。
 幼い羞恥心に、唯一腰に残った下着の結び目に指をかけたまま戸惑っていると老僧が顎をあげて促す。
 隠し立てをしたところで和尚は何もかもを知っている。
 帰る家もない自分はここを追い出されたら生きてはいけない。
 従う以外に三成に選択肢はなかった。
 ぐ、っと息をのんで僅かな布を取り払うと、足の間に現れたものに老僧は好奇の視線を注いだ。

--ほう、これは。
 話には聞いた事があるが...まこと、奇怪な。

 感嘆のため息を漏らしながら老僧は、真っ赤になって立ち尽くす三成のそこを舐め回すように見つめた。

--もう、お許しください..。

 たまらずに足の間を隠そうとする手を取られ、枯れ木のような腕に見合わぬ力で仰向けに畳の上に引き倒される。

--やっ!はなしっ..

 両足を大きく割り開き、膝を胸につくほど押し上げられれば何もかもがさらけ出される。
 同じ年頃の男子に比べても一回りも二周りも未熟な男根。
 その奥の、あるはずのない裂け目から、まるい肉の間の窄まりまで。
 自分でも目を背けて来た場所、それ故に疎まれ一番隠しておきたかった場所を全て目の当たりにされて三成はこみ上げてくる嗚咽を喉の奥でかみ殺すのに精一杯だった。

--作り物ではあるまいな。

 見ているだけでは飽き足らなくなった固い指先が柔肉の形を辿り、次第に無遠慮にまさぐり始めた。
 もはや、その行為は自分の異形の身体を調べるためのものだけではない。
 性的な知識に疎い三成も本能的にそれを感じ取った。
 子を為す行為のためにそこをつかうという事は薄々知っていても、このような身体の自分には一生関わりのない事だと思っていた。
 自分の身体がその対象とされるなどとはこのような状況になってさえ信じられない。
 しかも自分を組み敷いているのが禁欲を常とする僧であることがよりいっそう三成の幼い心を引き裂いた。
 まだ皮膚と同じ色をした性器を乱暴に扱き上げ、それが使い物にならないと知ると蹂躙の矛先は固く閉じたままの裂け目に向けられた。
 未熟すぎて潤うはずもないそこに指を差し入れ掻き回す。
 下肢はただ痛みと不快感だけを訴え、おぞましさに全身の皮膚は粟立った。
 気を失わずに耐えようと、額に浮かべた冷たい汗と目尻に溜まる涙を快楽による産物と自侭に解釈した老僧に生臭い舌でべろりとそれを舐めとられ思わず叫び声をあげそうになる。
 せめて目の前の男を見ずに済むよう顔を背けた先にあったものに三成は凍り付いた。
 閉ざされていたはずの襖の隙間から無数の目がこちらを覗いている。
 そのどれもが情欲を滾らせて今にも飛びかからんばかりに自分の僅かな動き、吐息のひとつまでもを凝視していた。

--和尚様っ..あれ..あれ..は..

 震える指で差し示す。
 三成は老僧が彼等を叱りつけ追い払ってくれる事を期待していた。
 しかし一旦行為を止めた老僧がくつくつと嗤って発した言葉は三成の願いをいとも簡単に裏切った。

--仕方の無い奴らじゃ。
 入っておいで。

 まだ年若い稚児から僧になりたての若者、寺男の青年、壮年の僧。あわせて十数人。
 たいして大きくもないこの寺に暮らす、おそらくはこれがほとんど全ての人間がなのだう。
 男たちの荒い息づかいが三成を取り囲む。

--お前の兄弟子たちじゃ。
 よく言う事を聞いて教えを乞うのだよ。

 言葉も紡げず、絶望に見開いた目から涙が伝い落ちる。
 どんなに叫んでも、もがいても助けは来ない。
 衆人環視の中で諦観に投げ出された身体を激痛が貫く。
 身体がまっぷたつにされるような痛みもどこか遠く、三成はただ人形のように揺さぶられつづけた。

 

 

 

--さて、次は兄たちにも可愛がってもらうとよい。

 未だ脚の間からの血を流し続けている身体を放り出すと、自分だけは着物を正して老僧は部屋を出て行った。
 途端に、今までお預けをくらっていた男たちが目の前に投げ与えられた獲物に一気に群がる。
 前にも、老僧の触れなかった後ろにも、果てはふたつの場所に同時に突き入れられ腹の中を力任せに掻き回される。
 苦痛に尖った乳首をいやらしいと抓り上げられ歯を立てられて、悲鳴を上げたくとも口には絶えず猛った男根が押し込められて息をつく事さえままならない。
 下肢からはまき散らされた精と血とが混ざり合い、ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てて溢れ出た。
 快楽などがあるはずもない。
 苦痛さえも麻痺した。
 仕舞いには叩いても殴りつけても、ほとんど反応を返さなくなった少年に興味を失った男たちは汚した畳を拭いておけと言い捨てて部屋を出て行った。
 どれほどの間か、気を失っていたように思う。
 気がつけば障子から差し込む光は茜色に変わっていた。 
 節々が軋み、殴打の跡がずくずくと痛んだが今は何も考える気にならない。
 ああ、そうだ。部屋を片付けなければ。
 鉛のように重い身体をどうにか起こし、部屋の隅に丸まっている着物を取ろうと膝を立てたその時。
 腹の奥を刃物で抉られるような感覚に襲われて三成は下腹を抱えたまま再び畳の上に身を転げた。
 ずるり、と生暖かいものが太腿を伝う。
 部屋にこもる精の匂い。その中でいっそう生々しい臭気をまき散らしながら拳大の血の塊が足を伝って畳の上にこぼれ落ちた。
 破瓜の血にしては多すぎるそれが何であったのか分からない。
 ただ言える事は男としても女としても未成熟な身体に初めて加えられた蹂躙は過酷すぎた。
 以来、思春期を迎えても三成の身体は女としての機能を果たすための兆候をみせず、どれほど精を注がれても子を孕む事はなかった。
 化け物とて雌雄が番い、子を為すだろうに。
 男を受けいれようとも孕むことは無く、この身体では女を抱くことも出来ず。
 他人の快楽を受入れ満たすだけに産まれて来たような自分に、あの男は恋慕の情を抱いているのだと言った。
 彼は知らないのだ。
 この地獄を。
 何者でもなくこの世に在る、その孤独を。

 

 

 

 今の主人に仕えるようになってから、三成はかつて自分が預けられていた山寺を探させ火を放った。
 理由はなんでもいい。

 敵方に内応している。
 私財を不正に溜め込んでいる。
 仏に仕える者にあるまじき怠惰な生活を送っている。

 三成がそうだといえば、それが処罰に値する事実となる力は手にしていた。
 煙から逃れて転がり出て来た坊主たちを三成は自ら切り捨てた。
 皆を煽って自分の身体を嬲り尽くした老僧も、束になって襲いかかって来た者たちも。 命乞いに歪む顔めがけて白刃を振り下ろした。
 既に寺を出ていた僧も、1人残らず行方を探し出して殺させた。
 父も母も、自分を取り上げた産婆も今はこの世に亡い。
 この身体の秘密を知る者は誰1人生きていない。生きていてはならない。

 

 

 

 この男はどうだろう。
 ほのかにふくらんだ胸に夢中になって舌を這わせる左近の頭を腕にかき抱きながら三成は考える。
 使える男ではある。
 軍略に富み、交渉に長け、自分とは違った目で世の中を見据えることが出来る。
 この乱世を切り開き、その先にある太平を成すためには石田の家にとって、ひいては豊臣の治世に必要な人材と言える。
 だからこそ高禄で雇い入れ、側に置いて重く用いた。
 彼の想いに全く気付いていなかったわけではない。
 自分を見る視線に籠る熱が次第に膨れ上がって行くのを感じていた。
 それが熟した果実が自然と地に落ちるように飽和状態にあった事にも。
 それでも彼を放っておいたのは純粋に好意を寄せられることが心地よかったからだ。
 この身体ではなく、心を求められたことなど今までなかった。

--何を見ても、その想いは変わらぬか。

 戸惑うこと無く左近は頷いて見せたけれど、彼は知らないだけなのだ。
 目の当たりにすれば彼は臆するだろうか。忌み嫌うだろうか。それともかつて自分の身体を弄んだ者たちのように好奇の対象として引き裂くのだろうか。
 思いを遂げることができるのならば死んでも構わないとさえ彼は言った。
 左近が命を預けたように、三成にとってもこれは賭けだった。
 今や権力の中枢にある三成の唯一の、そして最大の弱味を知る者がこの世にあってはならない。
 左近が裏切れば、すなわちこの身を拒めば知り得た秘密ごと彼を消し去らなければならない。
 けれど、三成は今、石を投じた水面のように揺らぐ自らの心に戸惑っている。
 この男を失ったら自分はどうなってしまうのだろう。
 平常でいられると言い切る自信は既にない。
 顰めた眉根を、不安と取ったのか男が触れるだけの口づけを三成の秀でた形の額に贈りそっと抱き締めた。

--違う。違うのだ。

 思わず叫びだしそうになる。
 お前の思っているほどに俺は清らかではない。
 今だってお前の触れているこの胸のうちは己の保身と愛欲とを計りにかけている。
 異形の身にふさわしく、この心はいびつに歪んでいる。

 

 

 

 


 

ものすごい勢いで捏造