※今年は夢小説を書きますよ!
※夢っつてもまぁ悪夢ですけども。
※鮒寿司に対して偏見と妄想に満ちた描写があります。
※鮒寿司たべたことない。
※書くにあたって一応探してみましたが高級品みたいでとても手が出ませんでした。
※鮒寿司にごめんなさい。
※人生なんてたいてい悪夢じゃない?

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 人の羨む結婚だった。
 夫の高虎は大手ゼネコンの若手のホープ。
 その取引先で受付嬢をしていた私。
 声を掛けて来たのは彼の方だ。
 ささいな会話をきっかけにつき合い始めて1年、結婚をきめたきっかけは今から思えばお互いになんとなくその場の雰囲気で、だった。
 私が働かずとも夫婦二人だけの家庭は夫の収入だけで十分に切り盛りできたし、もともと仕事に未練の無かった私は結婚が決まるとすぐに会社を辞めて専業主婦になった。
 いわゆる寿退社というやつだ。
 そんな私に注がれる職場の同僚の女の子の羨望と嫉妬と憧憬の眼差しは自尊心をいたく満足させ、新しく始まった結婚生活を幸福であると信じ込ませるのには十分だった。

  

 

 

 

 しかし。

 
 熱は必ず冷める。
 そして、失われた熱は二度と蘇ることはない戻らない。
 熱力学における、エントロピーの法則。

 それ自体は決して悲劇ではない。

 

 哀れむべきは私がそれでも彼を愛していたこと。

 

 

 

 

「っんだよ、コレ!!」

 派手な音を立てて、ダイニングテーブルに叩き付けられた弁当箱。
 テーブルの上に溢れる中身は私が今朝彼に渡した時と同じ、手つかずのまま。

なにって...高虎さん、貴方、好物だって言ってたから、私。

「はぁ?どこの世界に弁当に鮒寿司詰める嫁がいるんだよ。
 くせぇって。ワンフロア匂いが立ちこめたって。
 ていうか、鮒寿司は単品じゃ喰えねぇの!主に酒のアテなの!」

...ごめんなさい..。貴方が、喜ぶと思って..

「だっ、もうっ、泣くんじゃねぇよ。
 だいたいこんな大量の鮒寿司一体どこから買って来たんだよ!?
 けっこう高いんだぜ、これ。」

それね、私が自分で漬けたの。
鮒を手に入れるのにすっごく苦労しちゃったけど、貴方に、大好きな物をたくさん食べてもらいたくて!

「鮒なんてお前、魚屋にねぇだろ。どうやって..?」

私ね、高虎さんのいない間によくひとりでお散歩にいくんだけど、この近くにおっきな川があるでしょ?
そこでね、見つけちゃったんだ、お魚さんがいっぱい泳いでるの。
ね、見てみて。これ、この指ね、お魚さん捕まえようとしたら噛まれちゃったの。
けっこう凶暴なのね。でも貴方のためだもの。これくらい平気!

 夫はテーブルの上に散らばった“鮒”をじっと見つめている。

普通はスライスするものなのよね、そんなこと、私だって知ってるわ。
でも、貴方最近イライラしてるみたいだったから、カルシウムいっぱいとってほしくて尾頭付きにしちゃった。

「...これ..本当に鮒、なのか?」

そうかしら?
たしかにちょっとキバが目立つけど、自然の生き物なんてこんなもんよ。
のんびり幸せにあぐらをかいていたら鮒だって生きていけないもの、ねぇ、高虎さん?

「...わかったよ、気持ちはうれしいけどよ...。
 付き合いもいろいろあるから、今度から弁当作る時は言ってくれ。な?」

 そう言って夫は部屋を出て行ってしまった。
 何故かしら、せっかくの鮒寿司、あんまりうれしそうじゃなかったみたい。
 完璧に出来ていたはずなんだけれど、何がいけなかったのだろう。
 ああ、もしかしたら漬かり方が足りなかったのかもしれない。
 高虎さんはぐちゃぐちゃになるまで漬かったのが好きのね。
 もっともっともっと、重しを増やさなければ。
 二人用のコーヒーメーカーも二人掛けのソファも、今はほとんど使わないからそれを重しにすればいいんだわ。

 

 

 

 

 午前二時。
 夫はまだ帰らない。
 珍しい事ではない。
 ここ数週間、私は夫と顔を合わせていない。
 彼は私が待つのに疲れて寝入ってしまった朝方に帰って来て、着替えと必要なものだけを取るとまた出て行ってしまう。
 その気配を感じながら、私はひとりきりのダブルベッドで寝返りを打つ。
 夫はとても忙しそうだ。身体を壊さなければいいけれど。
 あれから今度はちゃんと食べてもらおうと思って漬け直した鮒寿司は、結局手つかずのままになっている。
 いくらよく漬かったのが好きだからって、これじゃあ鮒だか米だか区別がつかなくなっちゃうのにね。
 それでもやさしい私の夫は大好物のそれを喜んで食べてくれるはずなのよ。

 

 

 

 

 あまりに帰ってこない夫のことを、私は友人に相談してみることにした。
 社宅の同じ階に暮らす彼女なら、夫の仕事のことも分かってくれるだろう。
 手みやげに鮒寿司を持って尋ねた私を、彼女は怪訝な顔で迎えてくれた。

「それ...すごい匂い...。」

慣れない人はちょっとびっくりするかも知れないけど、食べてみれば病み付きになるのよ。

 そう説明すると彼女はやっと鮒寿司の詰まったタッパーを受け取ってくれた。
 ドアチェーン越しに私の話をひとしきり聞くと、彼女はとても言いにくそうに知っていることを全部話してくれたのだ。

 

 彼女は、夫がとても奇麗な人と一緒に歩いていたのを見たと言う。
 真っ黒できれいな長い髪の人。
 その人と夫はとても楽しそうに笑い合っていたらしい。
 私が夫の笑顔を見たのは、あれはいつだったのだろう。
 笑顔どころか姿すらこのところろくに見かけていないというのに。
 今では週に一度しか帰らない夫を待ち受けて問いただす私に、彼は至極面倒そうにあれはただの同僚だと言った。

  

 

 

ただの同僚と貴方はまっ昼間っからホテルに行くのそのマフラーも定規もいつ新しくしたのよ私貴方がそんなもの持ってるの見たことないどうせあの人が選んだんでしょそうなんでしょ私には微笑んでさえくれないくせにあの人のまえでは随分たのしそうにしてたんじゃない同僚だなんてそんな嘘私に通用すると思っているの信じない信じないんだわどうせ私と結婚する前からつき合ってたんだふたりして私を嗤ってたんだひどいひどいひどい私はこんなに、

 
貴方を愛しているのに

 

 

   

 いつかテレビの中の安っぽいドラマで聞いたような台詞を金切り声でまくしたてる女。
 こんなのは私じゃない。
 私は貴方が昔言ってくれたみたいに可愛らしくて、大人しくて、恥ずかしがりやで、いいお嫁さんになれる、はずなのよ?
 背中を向けて、夫がこの家を出て行こうとしている。
 私をおいていくつもりなんだ。
 私をひとりにするつもりなんだ。
 ねぇ、見て、せっかく貴方の為に鮒寿司を漬けたのよ。
 一度くらい食べてくれたっていいじゃない。
 振り向いた夫の顔めがけて、私は鮒寿司の詰まった樽を振り下ろした。

 

 

  

 

 

 

 

 

 美味しい鮒寿司をつくるためにはできるだけ新鮮な鮒を使うのがコツだ。
 それを、まだ生きているうちに腹を割ってきれいに内臓を取り出す。
 手早く、一気に、決して躊躇してはいけない。
 しかし、鮒は小さく、不器用な私にはとても難しいことだった。
 

 でもきっと今度は大丈夫。
 

 貴方の為に何十匹も何百匹も捌いている間に私も随分包丁さばきが上手くなったし、なによりこの鮒はとても大きくて新鮮で捌き甲斐があるのだから。




  

  

 
   

     


うわぁ胸くそわりぃ!
ちなみに中身はピラニアです