ほとんど男の腕に引きずられるようにして部屋に連れ戻された。
 このような状態にした張本人であるのに、“急に体調を崩した恋人を介抱する紳士”を平然として装う左近に腸を焼かれるような怒りを覚えながらも、三成にはその手に身を委ねる意外に他に術は無い。
 その記憶も這いずるようにやっとダイニングを出て、エレベーターに乗った辺りから途切れている。
 身体がふわりと宙に浮いたような感じがして続く衝撃に気がつけばもとの部屋の一人がけのソファに沈められていた。

「せっかく連れ出してやったのに...。
 お行儀良く食事もできないなんて、恥ずかしい人だ。」

 まだ朦朧とする視界に関節の目立つ指でネクタイを緩める男の姿が映る。
 既に脱ぎ捨てられた仕立ての良いジャケットは抜け殻のように床に横たわっている。

 逃げ出すように後にしたダイニング。
 あそこにはもう二度と行く事は無いだろう。
 あれだけの醜態を晒しておいて顔を出せるわけが無い。
 俗な言い方をすれば、初めて出逢った思い出の場所だった。
 三成の10歳の誕生日をここで祝おうと言い出したのは今は亡い養父だった。
 引き取られてきたばかりで何かと心細い思いをしているであろう三成を元気づけてやろうと、派手好みの養父はおそらくはそんなふうに考えたに違いない。
 もっとも三成にしてみれば生活の心配も無く十分に勉学に励むことのできる今の環境に満足していたし、既に屋敷にいた血の繋がらない義兄たちとなかなか馴染まないことも大人たちが思うほどには苦にしてはいなかった。
 習い事を終えて遅れて来た少年を迎える大人たちの輪の中、養父とも、義兄たちとも違う空気を彼は身に纏っていた。
 会議が長引いたのでそのまま連れて来た、と養父が紹介したのその男は最近雇い入れた秘書なのだという。

--初めまして。
 こんなプラベートな場に同席させていただけるなんて嬉しく思います。
 お誕生日おめでうございます、三成様。

 急であったにも関わらずプレゼントの小箱まで用意していた彼は今まで三成が出逢ったどんな人間とも違っていた。
 一見穏やかで礼儀正しい。
 けれど三成を見る目は明らかに値踏みしている。
 この少年が将来のボスにふさわしいかどうか。
 仕えるに値する才能を持ち得ているか。
 慇懃な態度とはうらはらに不躾な視線が三成はむしろ好ましかった。
 一人の人間として評価される事は少年の自尊心を十分に満足させたし、愛想笑いで本音を隠す大人たちのなかで彼の視線には嘘が無い。
 同時に、それが彼の欠点でもあるプライドが自分の倍以上も生きているこの男に自分の力を認めさせたいと思わせた。
 彼と初めて会話らしい言葉を交わしたのは最後のコーヒーを空にして、一同お開き、となったやっとその時。
 クロークに預けていた三成の楽器ケースを見て男は言った。

--バイオリンですか。

--好きでやってるんじゃない。

 身につけなければならない教養の一つとして、仕方なく習っている。
 特別に音楽に興味があるわけではない。
 可愛げの無い言い草も男は頷きながら聞いていた。

--俺も昔、少し。
 身体が大きくなっちまって、お前が持つと楽器が玩具みたいに見えるなんて言われてね。
 チェロとかコントラバスとか、大型のに転向しないかって誘われたんですけど、なんだか嫌になって。
 ...以来触ってないな。

 挨拶を交わした時に比べれば幾分砕けた口調と、少年に自分の姿を重ね合わせて懐かしげに細められた目。
 人の値打ちを露骨に計る一方で、こんな柔らかな顔もするのだと三成は意外に感じた。

--今は、何を?

--あ、ああ。バッハの、二つのヴァイオリンの為の協奏曲。

--楽しいですよね、人と一緒に弾くのは。

--簡単すぎてつまらん曲だ。
 それに俺は一人で弾くのが好きなんだ。
 誰かに併せて弾くなんてくだらない。

 気恥ずかしさにことさら毒づいてみせてケースを担ごうとした三成の手を男の大きな手が包む。

--車までお持ちします。

--いらん世話だ。一人で持てる。

 それでも、人に触れられることを嫌うはずの自分がその手を振り切れなかったのは何故か。
 それを知るにはやはりまだ三成は年相応、もしくは幼いほどの少年であった。
 男はケースを大事そうに担ぎ上げると三成たちをホテルの入り口に手配したハイヤーまで見送った。

--さっきの話ですけどね、三成さん。

 後部座席に収まった少年に楽器を手渡しながら男は微笑む。

--独りではなく、人と一緒に奏でるのも良いものなんですよ。
 人に併せるのが嫌なら、左近が貴方に沿って差し上げる。
 だから、お約束しても良いですか。いつか。
 一緒に協奏曲を奏でましょう。

 締まるドアの中で三成は頷いていた。

 それからの日々。
 人の何倍も勉学に励み、若年の身でありながら養父の仕事に携わることを許された三成の心のうちには常にあの男がいた。
 彼に学び、補佐されながらいつも彼に認められる事を夢見ていた。
 出逢った時から追いかけて来たのは自分の方だった。
 
 本当は ずっと すきだったのに。
 なのに。

 

 

 

 三成は出来る限りに首をひねってベットサイドの時計を見遣った。
 現在の時刻から逆算すれば、あれほど長く感じたのにダイニングにいたのはたった1時間ほどだった。
 日付が変わるまでの残りまで、いかにも分の悪いこの身体で耐える事が出来るだろうか。
 いいや、耐えなければならない。
 もしそれができなければこの男の思うが侭に蹂躙される。
 これからの、おそらくは生涯そのものを。

「ああ、そんなにしたら切れてしまう。」

 我知らず噛み締めていた唇に男の指が触れると同時に彼の身体が覆いかぶせるようにして顔が近付き、今度は指に代わって熱い舌が這わされる。
 せめてもの抵抗とばかりに顔を背けた三成に苦笑して男は一度は身を引いた。

「三成さん、貴方は勘違いをしているんだ。
 俺は貴方を傷つける事が目的ではないんですよ。」

 ここまでしておいてこの男は何を言っているのかと思う。
 身体を押し開き、心を屈辱に塗れさせておいて。
 何より粉々に砕かれた信頼--今となってはそんなものが本当に存在したのかさえ怪しいが--は二度と戻らない。
 ここから無事に解放されたとしてももう元のように二人、同じ道を歩く事は無い。

「俺はね、貴方に楽になって欲しかったんです。」

 熱に浮かされた身体からは抵抗らしい抵抗もなく、頭上でまとめた両の手首に解いたネクタイを絡めながら男は言った。
 
「貴方はいつも虚勢を張って生きて来た。
 たったひとりで。誰も頼らず。誰の力も借りず。
 さぞお辛かった事でしょう。
 よくがんばりましたね。」

 片手で髪を優しくなぜながら、もう一方の手は少女のように細い三成の足首を掴んでソファの肘掛けに乗せかける。
 自由を奪われ、大きく脚を広げて何もかもをさらけ出した無様な恰好。
 なるべく自分の姿を見ないで済むように。
 瞼を固く閉じて視界を閉ざした三成の耳に、ドレスの裾が引き裂かれる女の悲鳴のような音はことさらに大きく響いた。

「やっぱり、こんなに汚して。」

 取り除けられた紅い絹はむき出しのまま嬲られていた性器との間にべっとりと透明な糸を引いた。

「おもらしせずに我慢できたのは褒めてあげますけどね...これじゃ、まあ、同じか。」

「ひゃぁっ!ァッ..ア..」

 先端に触れるか触れないかという距離に男の指を感じ、頭を振る。
 堪らなく疼くそこに直接的な刺激を求めてほとんど本能的な動作で腰を擦り付けようとしても、寸でのところで男は引いた。
 それでいて頃合いを計っては指の腹で加えられる微細な愛撫。
 これ以上無いくらいに張り詰める竿からしゃくりあげるように痙攣するその後ろの袋までを、表皮を炙るように刺激されて三成に成す術は無い。

「一言で良いんです。
 俺が欲しいと、そうおっしゃってくだされば。」

「だっ...誰がっ..貴様なんか..ぁあっ!」

 強情な方だな、とわざとらしく肩をすくめてみせて左近はその蹂躙の矛先を後ろから伸びているコードに向けた。

「い、いやっ、それ...やぁ。」

 当初よりは幾分弱まったものの未だ振動の止まないそれを引くと、敏感に仕立てられた内壁がわなないた。

「随分馴染んでいらっしゃったようですね。」

 様子を見ながら慎重に引抜くたびに内部に溜められたままの潤滑剤がこぷり、と音を立てて溢れ出る。
 日毎夜毎の責めに紅く腫れ上がってはいても慎ましさを失わないそこからとろとろと蜜が滴り、前から流れ出したものと混じって天鵞絨のソファを色濃く染める。

「あっ、あ、ぁ..。」

 初めの頃は指一本の違和感にも涙をこぼしていた、経験を重ねる度に三成の身体は奥の壁のポイントと、それとは別に入り口近くの粘膜でも快楽を拾えるまでに淫らに成長していた。
 本人の意思はどうであれ、彼にはもともとの素質があったのだと左近は思う。
 このままでは遠からずそこは立派な性器に成り果てるだろう。
 例えば、排泄行為にすら快楽を見いだせるほどに。
 長く胎内に埋もれていた玩具のまあるい頭部が襞を割って姿を現しかけたところで左近は手を離してしまった。

「このままでも気持ちいいでしょ。」

「やだっ。いゃぁ..っあ..んっ。とって..これ、とって..」

「だったら自分でひり出してくださいよ。
 出来たらこちらにもご褒美をあげる。」

 左近はそそり立って震える性器をなで上げて嗤い、太腿の辺りでわだかまっていた玩具のコードをその根元に巻き付けた。

「イたぁ..いっ..!」

「ほら、しっかり。
 きちんと力が入るように手伝ってあげましょうか。」

 ドレスの胸元を暴いて雪原にも似た肌に現れた赤い実を食めばそこから繋がる喉元がぐん、としなった。
 宙に投げ出されたままの脚の先に脱げかかったヒールが引っかかって揺れている。
 それを脱がしてやりながら左近は絹の靴下に包まれたつま先が伸びたり、丸まったり、時に引き吊れたりと細やかに運動するのを眺めた。
 そういえば薄い黒の中に見え隠れする指にはペディキュアを塗るのを忘れていた。
 これが終わったらゆっくりと塗ってやろう。
 本来は可憐な薄桃の桜貝を、真白い足に不釣り合いなほど毒々しい赤で塗りつぶしてやろう。

「ほら、もうすぐです。がんばって。」

 汗にまみれた頬を真っ赤に染めて行為に没頭する健気な姿。
 口をついて出た言葉がなんだか出産を見守る父親のようだと思ったらおかしくてたまらなかった。
 時折、尖りきった乳首や性器を嬲って励ましてやれば開け放して涎だらけの口から舌を突き出して荒く吐息をつく。こんなに淫乱な妊婦がいるものか。
 足の間を除き見ると下腹に力を入れ、息み続けたおかげもあって玩具は半分ほどその姿を見せ始めていた。

「さあ、もう一息だ。」

 ぐ、と息を耐えて三成が最後の力を振り絞るその瞬間を見計らって左近は飛び出しかかった玩具を指でもって中に押し返した。

「ひっ、いっ...ぁあああああっ!」

 勢いづいていた反動もあって、今まさに産み落とされようとしていた抜けそれは随分奥まで戻ってしまったらしい。
 締め上げていた敏感な肉壁を振動が通り抜ける刺激に三成は白目をむいて大きく仰け反った。
 悲鳴に押し出されるように精が解放を求めて湧き登る。
 しかし根元に絡み付いた戒めがそれを許さなかった。

「ぎいっ..アァッッ!!」

 行き場を失って逆流した精が膀胱に流れ込む。
 こんな類いの苦痛がこの世にあることを彼は知らなかっただろう。
 自分の手にさえ落ちなければ知らずに済んだだろう。
 水から上げられた末期の魚のようにぴくぴくと腹を引きつらせて三成は意識を失っていた。

「あーぁ、眠っちまって。
 まだ曲は途中なのに。」

 左近は訳も分からず痙攣する性器からコードを外すと胎内深くにある玩具を手繰り出す。
 意識の無いはずの身体は肉筒を移動する異物に過敏に反応し、狭い入り口を通り抜ける時にはひときわ大きく震えた。
 熱は未だ放出されること無くこの皮膚の下にわだかまり、見えない出口を探してうねり続けている。

 抱上げてみれば嘘のように軽い身体をベッドに下ろし、無惨な布切れと成り果てたドレスの残骸を取り除いてやる。
 唇を落とした額は汗が引いて冷たくなっていた。
 つかの間の眠りに支配された顔は青白く、まるで死人のようだ。
 ここまでに彼を追いつめたことを後悔してはいない。

 出逢った時から惹かれていた。
 たった10の少年に恋をして、それからひたすら一途に想い続けてきた
 軽くて甘い割り切った関係ばかりを楽しんできた自分が、想いを隠して報われるかどうかもわからないたった一人の為に尽くすなんて。

 ずっと好きだったのに。
 なのに、彼はいつもまっすぐに前だけを向いて隣に立つ自分を見てはくれない。
 
「んっ...。」

 燻る欲が吐息に滲み出ている。
 長い睫毛が細かく震えて、もしかしたら夢でも見ているのかもしれない。
 こんなにも近くにいる自分を遺したまま独りきりの世界に行ってしまう。
 どこまで自分を拒むつもりなのだろう。
 左近の胸の内を電流にも似た苛立が走り気がつけば乾いた音と共に眼下の頬に平手を振り下ろしていた。

「ぁあ..っ?」

「目が覚めましたか。
 しっかりしてくださいよ。まだ終わりじゃない。」

 緩慢に身を起こして、それでも逃げようとする身体に馬乗りに体重をかけて自由を封じると乾いた唇に噛み付くように口付けた。
 拒む相手の歯がガチガチと当たって快楽にはほど遠い。
 こんなに酷い口づけはあの時以来だ。
 左近は初めて彼と交わした口づけを思い出す。
 大人のキスを知りたいと言い出した少年は、最初は自分から言い出したくせに唇を合わせてみればただ施されるままに震えていた。
 けれど彼のプライドが受け身であることを許さず、自分から舌を絡めようと試みるのだが、それがひどく拙くて、必死に相手を貪ろうとする度に前歯同士が音をたててぶつかり合った。
 まるで親鳥に餌をねだる小鳥のような仕草にくすくすと笑い出してしまった左近に彼は顔を真っ赤にしてしばらくは口もきいてくれなかったっけ。
 それは思春期の、背伸びした好奇心の相手にたまたま近くに居た自分を選んだのだとと思っていた。思い込もうとした。
 そうでもしなければ、立場も年齢も何もかもを顧みずに彼を奪ってしまっていただろうから。

 溢れた唾液が口の周りを汚すのも構わずにひたすら貪る。
 唇を、舌を、歯列を、そのまま細い顎を舐め上げて喉を降り、鎖骨を噛んで胸に齧りつく。

「イタっ..イタい!やだ..っ」

 悲鳴は純粋に苦痛だけを訴えていたがもうどうでもよかった。
 口の中に鉄さびの味がして、薄いそこの皮膚を喰い破ってしまったことに気付いても、もはや止められない。
 空いている片方には指を這わせて爪先できつく抓り上げる。
 これまで身体には傷つけないよう配慮して来たつもりだったがそんな自制はここにきて吹き飛んでしまっている。
 追いつめられているのは自分の方だ。
 余裕なんてない。
 苦痛でも、快楽でも、なんでもいい。
 それで彼がこちらを向いてくれるならどんな卑劣なことでも出来る。

「さっき、イけなかったから。随分と苦しそうですね、ここ。」

 柔らかな内股を鷲掴んで脚を押し広げると、何もかもが露に晒される。
 解放されなかったペニスは十分に芯を持って、おそらくは気を失っている間もこのままだったのだろう。
 熟して敏感に育ち、指先で軽く突いただけで細い腰ごとびくりと大きく震えた。
 それを温く扱き上げながら、意地悪く問うてやる。

「ね、もっと欲しくありませんか?
 もっともっと、気持ちよくなりたいでしょ?」
 
 絶頂を見はからいながら、決してそれが訪れないように手の動きを巧みに加減されて、三成の下腹の底に渦巻く熱は際限なく膨れあがっていく。
 それでも緩く首を横に振って、快楽に浸食されつつある心の片隅のたったひとかけらのプライドと戦っているのだろうか。
 身体は完全に白旗を揚げているのに、自分で自分を苦しめていることに彼は気付いていないのだろうか。

「それとも、こっちの方がお好きですか?」

 弄ぶ手はそのままに、左近はもう一方で入り口の襞をなぞり上げた。
 もはや身体のどこも拘束はされていないのに、三成は脚を大きく広げた姿勢を崩さなかった。
 それどころか差し出すように腰を突き出してねだるように揺らめかす。
 本人も無意識の行為に陥落の近さを思い、左近の心中には黒い歓びが沸き上がる。
 
「ああ、いやらしく動いて。可哀想に、泣いてるじゃないですか。」
 
 指を胎内に差し入れて様子を確かめれば、玩具で嬲られ続けて来たおかげでそこはぼってりと腫れて熱く、そのくせ指一本の刺激にも貪欲に絡み付いてきた。
 持ち主に似ず、実に素直で愛らしい快楽器官。
 もともとの素質もあるのだろうが、たかだか一週間余り、昼夜を分たず嬲ってやったにせよ素晴らしい成長ぶりだ。
 
「ほら、俺のもこんなだ。」

 眼前に、スラックスの合間から引き出したペニスを突きつけてやるとごくり、と白い喉が上下した。
 しばらく与えられていなかった圧等的な熱と質量を彼は、その身体に焼き付けられた記憶の中から思い起こしている違いない。
 それに伴って得られる焼け付くような悦楽も。

「言ってください。
 ね、たった一言。欲しい、って。」

 猛りを入り口に擦り付けて誘い、焦れ切った窄まりが緩みかけたところにほんの先端だけを差し入れては、またすぐに引いてしまう。

「ぁあ....ぅあ..。」

 先端から溢れた蜜に敏感になった入り口を嬲られても、すぐ目の前にある悦楽には手が届かない。
 今の三成は飢えを越えた渇望に身体も思考も、髪の毛一本に至るまでの全てを支配されつつある。
 三成をつなぎ止める最後の理性の糸。細く、脆く、既に切れかかっているそれを吹き飛ばすほんの一息の風が欲しい。
 左近は動作を止めると、小さな頭を両手でかき抱いた。

「三成さん。これが最後です。
 もう二度と言いません。
 よく聞いてください。」

 紅く染まった耳の、ずっと奥、快楽に犯された脳に直接染み通る声。

「ずっと、貴方が好きだった。貴方が欲しかった。
 こんなことをして、もう信じてはもらえないかもしれないけど、俺は貴方に独りではない事を知って欲しかっただけなんだ。
 だから、どうか、貴方の側にいる」

 俺を見て。

 張り詰めた糸が切れる。
 天井を見つめたままだった顔が、瞳が、目の前の男の姿を映し始める。

「さ..こ.ん。」
 
 いつも傍らで自分を呼んでいた声が甘く胸に突き刺さる。
 近すぎてその表情は見えない。
 けれど、融け落ちそうに紅い唇が震えながら開かれる。

「ほ..しい。左近。左近が欲しい。」

 掠れて、溶けて、子供の嗚咽のようであったけれど、確かにそれは降伏を告げていた。

「ええ。差し上げます。左近の全てを、貴方に。」

「ひゃあっンッ!!」

 求められるまま肉を引き裂いて割り入って来た剛直に、つま先までを痙攣させて三成は嬌声を上げた。

「ぁあっ、欲しっ、左近。もっと..もっ..と..ほしいっ。」

 堰を切った欲望が一挙に濁流となって押し寄せる。
 忘我の要求に、左近は檻から解き放たれた獣のように挑みかかった。

 

 

 

「卑怯者め。」

 目を覚ました三成は開口一番に吐き捨てるように言い放った。

「あんなのは賭けじゃない。薬などと卑劣な...俺は認めない。」

「あの薬のことを言っているんですか?」

 朝の光がカーテンの隙間から差し込んで賭けは既に終わっている。
 結果は三成の敗北。
 しかし、本人はそれを認めないという。
 食事の時にシャンパンに溶かして無理矢理に含まされた薬に強制的に性欲を高められて、自我を奪われたうえでの勝負など無効だと言い募る彼に左近は肩をすくめてみせた。

「あんなものはただのビタミン剤ですよ。」

「な、...そんなっ..。」

「媚薬、なんてものだとでも思ったんですか。
 自己暗示っていうんですか。
 確かに思った以上の効果だった。随分見事に乱れてくれましたものね。」

「嘘っ..嘘だ..。だったら俺は..。」

 三成の怒りで赤らんでいた顔が蒼白に変わる。
 見開いたままの目の奥で何かがひび割れる音がして全身の力が抜けていく。

「賭けは賭けです。貴方は俺の物だ。
 さ、支度をして。今日は久しぶりの出社ですからね。」

 床にへたり込んだまま、身動きできずにいる三成の目の前に奇麗にたたまれた衣服が投げ与えられる。
 きちんとクリーニングに出された仕立ての良いスーツ、引き裂かれたワイシャツは全く同じデザインの真新しいものに取り替えられ、ネクタイは三成の好み通りに濃い紅のシルク製。
 ここに連れて来られた最初の日と同じ組み合わせ。
 それを纏う身体はすっかり変えられて自分のものですら無くなってしまったというのに、なんという皮肉なことだろう。

「大丈夫。貴方は何も心配しなくていい。
 俺の言う通りにしていれば、きっと全部上手くいくから。」

 力なくうなだれた顎に手をかけて、惚けたようになっている顔のすぐ側で囁いてやる。
 甘く心を融かす言葉は呪いにも似て、それは真っ白に塗り替えられた三成の頭の中に刻印のように焼き付けられた。
  

 

 

「では、このまま手配を進めます、社長。」

 テーブルの上に散らばった書類をまとめて男が立ち上がる。

「ああ、それと。」

 ブリーフケースにそれらを収めながら若い彼は気遣わしげな目を椅子に座ったままの三成に向けた。

「随分顔色が悪いですよ。最近少しお窶れになったのでは。
 どうぞ無理はされないでくださいね。」

「厳しく言ってやってくださいよ、真田さん。
 社長は俺がいくら言っても聞いてくださらないから。ねぇ、社長。」

 すぐには返答できずにいた三成に代わり、傍らに控えていた秘書の答えに男も肩をすくめて笑ってみせ、一礼して部屋を出て行った。

「...バレちまいましたかね。」

 左近の指が椅子に座ったまま動けずにいる三成の髪をかきあげ、紅く染まった耳朶をくすぐる。

「ぁっ...そんなことっ..。」

 柔らかな髪を揺らして首を振る三成の吐息は熱を隠せずにいた。

「そうだ、今度は彼も呼んで三人で、てのはどうです?
 刺激的なのはお好きでしょう。」

 首筋を伝い、いつの間にか緩められた襟元から侵入した指がスーツに包まれた皮膚を我が物顔で這い回り、三成は秘書の提案に今にも泣き出しそうに眉を寄せる。

「良い顔をされる...。」

 すっかりはだけた肌には、したたるような紅い鬱血、青と、中には黄色みをおび始めた打撲の跡、そして皮膚を割って肉を覗かせる噛み型が無数に散らばっているのが垣間みえて、その身体がどれだけ男の執着を集めているかを物語っていた。

「冗談ですよ。貴方のそんな顔を他人になんか見せたくない。」

 貴方は俺だけの物だ。
 布越しにもわかるほど腫れ上がったスラックスの前をなで上げて左近は満足げに笑った。
 下着をつけることを許していない彼のペニスから滲み出す淫液で指先に湿り気を感じる。
 その奥で絶え間なくうねる玩具は朝からずっと、さっきの打ち合わせの間も、いまだって彼を嬲り続けていた。

「左近..お願い。せめて、脱がせ..て。」

 いやらしく腰をくねらせながらねだる彼の要求を叶えてやる気はない。
 教え込まなければ。
 もっともっと、深く。
 この身体が誰の物であるのか。

「我慢しなさい。できなけりゃそのまま出せばいい。」

 強く、押しつぶすくらいの愛撫を続けながら残酷に命じると、抗議の声も無く涙をにじませた瞳が伏せられ肩を振るわせながら健気にも耐えようとする。
 それも長くは保たないだろう。
 腰の動きはいっそう激しく即物的なものに変わっている。

「あんたはザーメン臭いのが一番お似合いですよ。」

 くつくつと、わざと耳元で嘲り笑う声を聞かせてやれば切ない吐息を漏らしてますます先端からあふれる汁は量を増した。
 被虐に悦楽を見いだすまでに熟れた身体を嬲りながら、左近はふと協奏曲の最後を思い出していた。
 そういえばあの曲には終わりは無いのだ。
 第一ヴァイオリンが弱まると、第二が前に出て、その逆があって。
 決して旋律の重なる事は無く永遠に続く。
 ずっとずっと、弦が切れるまで。