文字ばかりのレポートに飽きてそのまま寝入ってしまった直政が窮屈そうに寝返りを打つと、ごとり、というにぶい音がして彼の強健な腰骨に炬燵(こたつ)の上板が持ち上げられる。
 反対側でうたた寝ていた高虎はその物音に目を覚まして軋む関節を解しながら身を起こし、クローゼットの奥から毛布を取り出して直政の炬燵からはみ出した肩にかけてやる。
 身体を動かしたせいか再びの眠りはすぐには訪れず、仕方なしに近所のコンビニまで白い息を吐きながらタバコを買いに出た。

 

 

 

 誰もいない深夜の店内は白々しくきらびやかで、縞模様のシャツを着て瞼の半分閉じた店員がレジを打つ。
 直政もこんなふうなのかと思ったら少し可笑しくなり、寝ぼけたままの青年から小銭を受け取って笑いをかみ殺しながら外に出た。
 見上げると冬の空は星だらけ。
 東京とはいえ郊外のこの街は夜になれば街頭も少なく空気が澄み渡る。
 どこまでも煌めいて、透明で、瞬く星は今も家で眠る彼の人を想わせる。
 これほど間近に見えるのに手を伸ばしても届かない。
 胸を締め付けられるのは寒さのせいばかりではなく、高虎は箱の銀紙を破って1本を取り出し火を灯した。
 久しぶりのニコチンはちりちりと肺に染みる。
 直政といる時間が長くなるにつれて本数は随分減り、一時は禁煙に限りなく近い状態にまで到達したくらいだ。
 高虎は直政の前では決してタバコを吸わない。
 それは彼が嫌がるからというよりも、煙が直政の匂いを消してしまうのを勿体なく思うから。
 直政からは良い匂いがする。
 少年期を終えたばかりの、青年にもなりきらぬ彼には少し幼すぎる甘い匂い。
 例えば深く寝入った柔らかな短い髪の隙間から。
 シャワーを浴びる為に脱ぎ捨てた長袖のTシャツから。
 汗や彫材に使う檜の香りに混じってそれは、ごくまれに、本当にふとした瞬間にほのかに高虎の前に現れては儚く消える。
 コロンの類いなどつけるとは到底思えないから、それは彼自身の持つものなのだろう。
 それを知るのは今のところ自分だけだと願いたいけれど。
 灰になった吸い殻を踏みつぶし、残りの11本は箱ごと潰してゴミ箱に放り込んで高虎は家に戻る。

 

 

 

 

 足音を立てないように玄関のドアを開け居間に戻ると、直政は出かけに高虎が与えた毛布をぐしゃぐしゃに丸めて抱き締めるようにして眠り続けていた。
 これではせっかくかけてやった意味が無いじゃないか。
 仕方なくもう一枚、自分用のものを取り出してそれで直政を包みその顔をそっと覗き込む。
 びっしりと生えそろった長い睫毛や、パーカーの襟元から覗く白い首筋。薄く開いて吐息を漏らす唇。
 そういうものに見とれているうちに直政がまた窮屈そうに寝返りを打ち高虎の鼻先を件の香りが霞めて、これほどまでに近くにあるのに決して手の届かないものがこの世にあるということを彼は思い知るのだった。 

  

 


  
 テスト期間が終わり大学が長い春休みに入った途端、直政は泊まり込みの良いバイトが見つかったと言って大きなスポーツバックひとつを持って出かけて行った。
 以来、メールを打とうが電話をかけようが梨の礫。
 高虎は一人で使うには大きすぎる炬燵を片付けなければとも思うのだがなかなか踏み切れずにいる。
 




  

  

 
   

     


ひたすらキラキラ☆した井伊くんを書きたい所存