久方ぶりに手元に返った女が見せた、まるでこの世の終わりが来たようなあまりに悲しげに思い詰めた顔は高虎の心をいささか波立たせた。
 この女は人の命を奪う時でさえ嬉々として目を輝かせ、それを成すというのに。
 原因は分かっている。
 自分が苦心して仕立て上げた計画を邪魔するのはいつだってあの男しかいない。
 だから、女の、仄紅く染まった耳元に口を寄せて囁いてやったのだ。

 

 あの男がお前のものになどなるものか。
 考えてもみろよ。お前が去って行くのをあの男は止めもしなかっただろう。
 お前のことなどじきにすっかり忘れてしまうに違いない。
 そうだ、初めて出逢った昔みたいに。きれいさっぱりおさらばさらば。
 己の傲岸な純情がどれほど人を傷つけるか、考え及びもしないで。
 所詮今生では実らぬ恋と諦めるか、いいや、もはやこうなってはそれも叶うまいな。
 たったひとつ、あの男を永久にお前のものにしてしまう方法がある。
 賢いお前の事だ、そうだ、もう気付いているのだろう。

 
 それは---。

 
 
   
 
 毒を吹き込こまれた女の顔からは憑き物が落ちたように影が消え、久しく紅を引くのも忘れられていた唇がにぃ、と三日月を形作る。
 
 
 
 そうね、まったくその通りね。
 私、なんで気がつかなかったのかしら。あの人の側にいるうちにすっかり惚けてしまっていたわ。
 そうすること以外に、私にできる術なんてないって、とうの昔から知っていたはずなのにね。

 誰に聞かせるとも無く早口に呟いた女は泣き顔のまま嗤っていた。
 
 

 

 

 
 
ならば、いっそ、あの首ほしや
 

 

  
 
 
 遠くで西軍の本陣が落ちたことを告げる法螺が鳴っている。
 総崩れになって逃げ惑う兵を蹂躙する騎馬の嘶き、硝煙の匂い。
 誰より強い血の香りを纏って、あの女はもうすぐここに戻ってくるだろう。
 狩りを終えた猟犬のように捕らえた獲物を見せびらかしにくるだろう。
 彼女の主人がたった数刻前に失ったばかりの永遠を携えて。
 あの女は決して己の手には落ちて来なかったそれを、こうもたやすく手に入れてしまった。
 確かに仕掛けたのは自分であるはずなのに、高虎は彼女にひどい嫉妬を覚えるのだ。