カフェ・ド・関ヶ原の人々inバレンタイン
※大谷さん(カフェ・ド・関ヶ原の人。オリジナル。詳しくは人物設定でご確認ください)の一人称でお送りします。
※殿は大谷さんを「紀之介」、大谷さんは殿を「佐吉」と呼んでいます。
「この季節になるとよく街中でチョコレートを売る姿を目にする。」
我が親友、石田三成は珍しくいつものソファではなくカウンターに座っていた。
こんな時は私に聞きたいことがあるのだ。長年の付き合いから私にはそれが分かる。
彼の前にはホットチョコレート。常日頃より甘いものを好む彼ではあるがこれは彼が注文する前にバイトの小娘が勝手に作った。
ご丁寧にカップの二倍の高さまでホイップされた生クリームの山は、その上からこれでもかと突き刺されたハート形の板チョコのせいで雪崩を起こしかけている。
それを注意深く一枚一枚剥がして口に運びながら三成は話を続ける。
「今もこうして目の前にチョコレートだ。
甘い物は太るだの虫歯になるだのとうるさい左近までが、今年はどのお店のが食べたいですか?なんて聞いてくるし。」
スプーンで生クリームを掬い取り、唇の端についたクリームの罪深さよ。思わずなめとってやりたくなるではないか。
「なあ、あれは一体なんの祭りなんだ?」
「何?!今までバレンタインデーを知らなかったのか、お前は。」
隣でグラスを取り落とす派手な音。真っ青になって佇む小娘。
せっかく蚤の市で手に入れたアンティークのボヘミアンを客に出す前に台無しにして、ショックな気持ちは分かるが俺まで道連れにしないでほしいものだ。
「何?どうした?」
我が親友、石田三成はとても賢い男なのだけど、世間と言うものには少々疎いのだ。
「ほっといてくれ。思春期なんだ。」
「ふーん。」
彼が育って来た特殊な環境を思いやると多少のことには驚く必要は無いのだが、今時小学生だってチョコレートの獲得数に一喜一憂するこの日本国に二十数年も育っておきながら、バレンタインデーの意味を知らなかったなんて、なんと希有な存在であろうか。
佐吉のピュアな魅力を表すエピソードとしてこれはこれで大切にしたいところだが、本人が望む以上は親友であるこの大谷吉継が店をあげて(日本国における)バレンタインデーの意味を教えねばならない。
結果としてその恩恵に預かるのがあの破廉恥大筒だとしても、私は自らを犠牲にして力になろう。
なぜならば私は佐吉の 唯一無二の大親友 なのだから。
「好きな人にチョコレート菓子を贈る。
あわよくばついでに愛を告白する。
まあだいたいそんなところだ。」
佐吉は興味津々で聞いている。
「恋人だけでなくで大切な友達や家族に贈ったりもする。
本命の恋人には市販の高価な物も良いが、やはり手作りだろう。」
「手作り...。」
「やってみるか、佐吉。」
目を輝かせて頷く佐吉。
私は彼の為に第1回・カフェ・ド・関ヶ原☆大谷吉継の愛のエプロン〜バレンタイン編の開催を決めたのだった。
店のドアには『都合により本日臨時休業』の看板を出した。
石田三成専用純白ミニ丈のひらひらフリルエプロンも用意した。ちなみにこれは以前、佐吉に貸しておいたらあんな染みやこんな汁でべとべとに汚された上に強烈なキムチ臭付きで返ってきたのを渾身の努力を持って回復したものだ。
参加者を募っておく、と佐吉には言ったがもちろんそんなのは嘘だ。あけてびっくり二人っきりのラブラブクッキング。
「どうだ?紀之介。甘すぎるかな?」
そう言ってチョコレートをすくいあげた指を差し出す佐吉。
不安げに小首をかしげる仕草が愛くるしい。
私はそれを咥内に含み、ちゅ、と音を立てて吸う。
「あン..。」
指先に舌を這わされて感じるくすぐったさに佐吉が鼻にかかった声をあげる。
「甘い...。」
「やっぱり?」
「お前の指の、声の、いいや、その存在のなんと甘美なことか。」
「...ばか。紀之介は大袈裟だ///」
佐吉は顔を真っ赤に染めてぷい、と横を向いてしまう。恥ずかしがりやさんめ。しかしそこがまたなんとも...。
二人の息のあった共同作業のもと、様々な困難を乗り越えてチョコレートは完成する。
私の才能と、佐吉の努力のコラボレーション。愛の産物。もはや二人の子供といっても過言ではない。
丁寧にラッピングを終え、後は恋人に手渡すだけのそれを佐吉はおずおずと私に差し出して言うのだ。
「実は、コレ、お前にあげようと思って。」
「いいのか...あの大筒ヤロウは。」
てっきり化け物大筒の餌食になるとばかり思っていたその手作り本命チョコを戸惑いながらも受け取る私に佐吉は少しうわずった声で告白を始める。
「いいんだ。俺、紀之介と一緒にこれを作っているうちに気付いたんだ。
俺の一番近くに居てくれたのは紀之介だって。俺の気持ち...受け取ってほしい。迷惑、か?」
「そんなことはない。うれしいぞ、佐吉。」
「紀之介...愛してる。」
私は佐吉の細い肩を抱き寄せる。
グッバイ、親友。そしてこんにちわ、我が可憐なる恋人。
大谷刑部吉継は長年の雌伏を経て、ただ今“お友達”の壁を突破いたしました。
二人はチョコレートの甘い香り包まれ、どちらからともなく唇を寄せあい、そして...。
なに、妄想が長いうえにおっさん臭いだと。かまうものか。そんな夢くらいみたっていいじゃないか。 なのに現実は。
「お館様のために、この幸村、全力を尽くす所存!」
「待ってろ慶次!今年のバレンタインは越後の銘酒入り・直江スペシャルチョコレートに酔いしれるのだ。」
「チョコレート作りならお任せください!初芽は三成様を手取り足取り全力でお手伝いいたしますvv」
話を立聞きしていた小娘はともかく、何故お前らがいる。
しかも割烹着持参で。三角巾装備で。調理実習か。給食係か。あ、こら、小娘。ごく自然にタイムカードを押すんじゃない。こっちが子守り代をもらいたいくらいだ。
「俺が声をかけたんだ。みんなで作った方が楽しいと思って。
どうせ参加者なんて集まらなかったんだろう?」
純真無垢な笑顔の佐吉。
お前も何故純白(中略)エプロンの下にジーンズなのだ。脱げ。エプロン以外全部脱げ。靴下とスリッパは許す。むしろ推奨。それが純白(中略)エプロンに対する礼儀というものだ。
怒りで魂が抜けかかっている私を尻目に狭いオープンキッチンは早くも乱戦模様である。
飛び交う板チョコ、怒号、小娘の甲高いわめき声。もうダメだ。私の入る余地はない。ここは私の店なのに。
仕方が無いのでカウンターに座ってこの修羅場を見守ることにした。
どうにも騒がしすぎる奴らに囲まれて佐吉は笑っている。
この笑顔を再び見ることができるなんて、想像だにしなかった日々があったのに。
なんだかんだでこいつらには随分世話になっているのだ。
佐吉が私だけの佐吉でなくなってしまったことに一抹の寂しさを感じないと言えば嘘になる。でも彼等の存在が佐吉の傷を癒していったこともまた事実で、きっと私一人ではこんなふうにはいかなかった。
そしてあのもみあげ大筒。
横からひょっこり現れて、私が大切に育て上げて来た佐吉をかっさらっていきやがって。 年頃の娘が家に彼氏を連れて来た時の気分だ。つい最近まで一緒にお風呂に入っていたのに、その男とはお風呂どころかどこまで許したんだ。お父さんはお前をそんなふしだらな娘に育てた覚えは無い!と、そんな感じだ。
とはいえ、私は悋気で我を失うほどの匹夫ではない。
佐吉が望むのならば涙を押し殺して祝福もしよう。チョコレート作りも手伝おう。ピンクのリボンでラッピングだってしてあげよう。
しかしそれもこれも全ては佐吉の幸せを願ってこそだということを努々忘れるな。
万が一にでも佐吉を泣かすようなことをしでかしてみろ。
ケツから手ぇつっこんで奥歯ガタガタ言わしたうえにそのうざったいもみあげと常時シャツから飛び出している胸毛を一本残らず永久脱毛してくれるわ。
そのまま勢いづいて大谷×左近・青年バリ攻オヤジ受激裏ハード鬼畜SM監禁調教異物挿入スカ愛ナシ21歳未満閲覧禁止にまで妄想の翼を広げる私の隣で慣れたいびきが聞こえる。
見るといつのまにか兼続がチョコに使用するつもりで持参した越後の銘酒の空瓶を枕に酔いつぶれていた。
まあ、ほぼ予想通りの結果だ。
今年も慶次殿が本命チョコを受け取ることはないだろう。
もうひとりの“お友達”幸村はといえばこちらは随分熱心に制作にとりくんでいる。
「お館様は甘い物が苦手ゆえ...ここは刺激で勝負であろう。」
ぶつぶつと呟く手に握られた唐辛子は見なかったことにしよう。
せいぜいお館様と燃え上がるといい。お前の単位も炎上だ、万年大学院生。
「三成様、ほっぺにチョコがついております。」
問題はこの小娘。
「んー?そうか?」
「初芽が奇麗にして差し上げますわ。じっとなさって。」
当然のように佐吉の頬に唇を近づけようとしたのでカウンターにあったナフキンを丸めて投げたらキーキーと五月蝿い。黙っていれば上っ面だけは美少女なのに。
事実、バイトに雇い入れてからこいつ目当ての固定客もついた。
佐吉以外の男には人を人とも思わない接客態度にもかかわらず、常連が言うにはそのツンデレを越えたツンツンぶりに萌え〜とのことだ。世の中は広く、深く澱んでいる。
しかしその立ち直りの早さと一途さには感服、というかもはや呆れ果てる。
何せ片想い歴2年以上。私や兼続たちに対してはあれほど傍若無人に振る舞うのが佐吉の前ではろくに会話ができない。 やっと佐吉に自己紹介できた時には知恵熱を出して一週間も寝込んだらしい。
はやく年相応の彼氏を作って出て行ってくれ。佐吉はお前の手に負えるような人間じゃないんだ、と私が言ったところで聞く耳を持つはずも無いが。
そうこうしているうちにチョコレートが完成。それぞれがそれなりの形にまとまったようだ。
佐吉のは遠くからでもなんだか焦げ臭くて一見すると、その、なんというか奈良公園の辺りに生息するあの動物が落とす所構わず落とすアレにそっくりの...もうこの辺で察して欲しい。
小娘がついていたんだから、まあ喰って死ぬようなことはないだろう。多分。
せいぜいこの試練を愛の力で乗り越えてくれ。お前ならできる、性欲大筒。
「紀之介。」
顔を上げると佐吉が得意げな顔で小皿を目の前に出して来た。
その上にはあのウン...じゃなくて黒い、おそらくはチョコレートから派生したであろう塊。近くで見るとなかなかに迫力のある画像だ。モザイクは必至である。
「今日はありがとう。これはお前にお裾分けだ。」
真っ白だったエプロンは汚れてドロドロ。
細い指先には単純な製菓作業でどんだけ?と思うような切り傷とやけどの跡。
これほどまでの苦心の結果を口に出来るなんて親友冥利に尽きると、本来ならば喜ぶべきなのだろうが...これは、試練だ。
まさかセクハラ大筒よりも先に私が試されることになるなんて。
後ろでは小娘が同じものを手のひらに乗せて見つめたまま、幸せの極みとばかりに涙を浮かべている。お前にとってはこの試練が試練ではないのだろうな。恋は盲目とはよく言ったものだ。
しかし佐吉、どんな目に遭おうとも俺はお前を親友に持ったことを決して後悔などしていないぞ。
お前はちょっと不器用なだけなんだ。人間関係も、手先も。お前の澄んだ心根は俺が一番良く知っているんだからな。
「何をぶつぶつ言ってるんだ?いいから早く味を見てみてくれ。
自分で言うのもなんだが初めてにしてはかなりいい出来だと思うんだv」
この笑顔を、友を信じよう。
いや、信じなければならない。私はお前の 唯一無二の大親友 そうだろう、佐吉。
大谷刑部吉継、友情の為に命を賭してその物体を口へ放り込んだのだった。
さらに破壊力を増す殿の愛のエプロン
妄想力のたくましい大谷さんですが基本的にはノーマルです
殿が可愛らしくてたまらないのです
オチはおまけで
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