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『イカのきもち』
出逢うべき者だけが見付けることができるという謎の店。
三成に話を聞いてから昼夜分たず探しまわった甲斐があった!
私はついにそれを見つけ出すことが出来たのだ!
「そーね、あんたにはコレね。はい。
用が済んだらさっさと出てって。
私は遠呂智様とデートのお約束があるんだから。」
苦心の果てにやっとたどり着いた私に、カウンターでやたら長い爪にマニキュアを塗っていた女は目も合わせずに例の薬の小瓶を投げてよこした。
なんだ、これ。
よくよく見るとユン○ルの空き瓶ではないか。
そうか、リサイクルというやつだな!なんて地球にやさしい配慮だ。
ともあれ、これを飲めば姿を変えることができるという。
最近とみに帰りの遅い慶次。
仕事柄*、生活が不規則なのは承知の上であったがやはり私とて恋人の行動は気になるのだ。
この直江山城、姿を変えて恋人の不義を断つ!
蓋をあけると濃い磯の香りが漂った。
色もなんだかアオミドロを彷彿とさせる煮詰まった緑色。
おまけに口に含んだ液体はやたらと塩辛い。
しかしこれも義のため。息を止めて一気に飲み下す。
と、私の身体がみるみる縮まっていくではないか!
私は一体何に変身してしまうのだ!?
にゅるにゅると生えてくる触手、じゃなくてこれは足...なのか?
そして身体は美しい流線型のフォルムを描き...、私の姿は一杯のヤリイカに変わっていたのだった。
三成が変身したのはそれはそれは可愛らしい子犬だったという。
何故私がイカなのだ。
せめて脊椎動物にしてください。
はたしてこんな姿の私を慶次は可愛がってくれるのだろうか。
しかしそれ以前に深刻な問題があった。
イカは海の中でしか生きることが出来ないのだ。
呼吸が上手く出来ない..息が苦しい...視界が霞む...。
うねうねと伸ばしてみた触手、じゃなくて足も先っぽからひからびていく。
すまん、慶次。お前の不義を疑ったバチがあたったのだ。
願わくは俺を美味しくいただいてくれ。
餅米をいっぱいつめこんで甘辛く煮付けたイカめしがおすすめ...だ..。がくり。
「...という夢を見たのだ。」
いつのまにか勝手にボトルキープされている一升瓶から手酌でガラスコップを呷り、熱く語る兼続。
話している本人は気付かない場合が大多数であるが、他人の夢の話ほど聞いていてどうでもいいものはない。ましてヨッパライのそれともなればことさらに。
「お前の妄想はわかったから、店で酒を呑むのはいい加減止めてくれ。」
既にカフェ店内には彼の他に客はいない。正しくはいなくなった。
ここは(特殊)読書喫茶。
都会の喧噪を離れた一時の静けさと創作の世界を求めて客は集うのである。駅前の立ち飲み屋と勘違いしている客がいるようでは雰囲気もぶちこわしだ。
「これは酒ではぬわぁい!命の水だぁ!謙信公もそうおっしゃっていた!!」
恋人にかまってもらえていないらしい兼続はこのところ毎日、閉店間際に訪れてはこの調子で営業妨害行為を続けている。
もちろん兼続に悪意の無いことを大谷は知っている。
知っているからこそしかめ面をしながらも、既に営業時間をすぎた店内でこの友人の戯言に耳を傾けてやっている。
要するに彼は寂しいのだ。
言葉では止めつつも大谷は孤独をアルコールの力で紛らわす友人に、酒だけでは胃に悪かろうとそっとつまみの柿ピーを差し出すのだった。
兼続がすっかり酔いつぶれカウンターに沈んだ時には壁の時計は既に深夜を回っていた。
「ぅう...けいじ...この、あばれんぼう..めぇ...。」
いびきの間に混じる恋人の名前。
大谷は携帯を取り出してダイヤルを押す。
「もしもし慶次さんか。あんたの恋人、そろそろ回収に来てくれないか。」
「おぅ!いっつもすまないねぇ。今こっちも終わったところさ。
できるだけ早く取りに行くからよ。」
電話の向こうではまだ人の話し合う忙しそうな声がしていた。
ここは託児所じゃないんだがなぁ。飛び散った柿ピーを片付け、やっと本格的な店じまいに取りかかりながらながら大谷は思う。
もっとも、恋は盲目の子猫ちゃんやら、過保護の子犬ちゃんやら、お預かりしているお子様は1人だけじゃないんだが。
しかし、この彼は不思議に思わないのだろうか。
毎晩カフェで気を失う自分が朝起きると自宅の万年床に戻っていることに。
難儀な御仁だねぇ。彼の恋人の言葉を借りればそういうことになるのだろう。
外から豪快なエンジン音が聞こえる。
お迎えに飛んで来た恋人は軽々と正体を失った兼続を担ぎ上げると丁寧に礼を言って帰って行った。
正体を失ったまま恋人の背中に括りつけられてバイクで走り去る友人の姿を見送って、ぞれそれに事情を抱えた人々の集まるこのカフェとその店主の長い一日は終わる。
兼続のは夢オチ。
*兼続の恋人・前田慶次は今をときめくカリスマ美容師です
独立に向けての準備が忙しくて兼続を構ってあげられません
自分のお店が無事に開店して軌道に乗ったら兼続にプロポーズするつもりでいます
...というお話をいつか書きたい。
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