島左近がなにより嫌うのは己の美しい主人が傷つくことだった。
指揮官といえど戦に出れば無傷ではいられない、それは分かったつもりで居る。
しかし我が身のことには無頓着な主人は戦の度にどこかしら必ず、本来ならば負わずともよいような微細な傷をつけた。
ひとつひとつは決して大きくはないのだが、手当もせずにあるいは当人も気づかないまま放っておく為にそれは膿み、結果醜い引き攣れを肌に残す。
それが左近には我慢ならない。
「殿どうぞ御身ご自愛なされませ。
ほれ、この前の傷がまだ膿んで熱をもっております。
怪我をされたら必ず左近に教えてください。
すぐに手当をいたせば痕は残らないのですから。」
事ある毎に左近は口を酸っぱくして主人にいってきかせる。
しかし主人がそれを素直に聞き入れることはない。
「五月蝿いぞ左近。
俺は女子では無いのだから、見た目がどうなろうと知ったことか。
それともなにか、お前は俺が醜く変われば俺を捨てると、そういうのか。」
捨てる、とは言わないまでもきっと今のような情熱は失われるだろうと左近は思った。
左近はこの主人にその崇高な心根にふさわしく、身の内も外も美しくあってほしいと願っている。
それを支える為に自分が傍らにいるのだから、少しはこちらの話を受入れてくれてもよいものを。
この主人にはいくら言って聞かせても無駄だ、こうなれば自分が手を打つより他に無い。
そう考えた左近は調度主人の戦装束が古くなっていたのを良いことに、その新調を自ら買って出た。
長い時間をかけて左近は周到にそれらを誂えた。
手には厚い皮の手袋を付けさせその上にさらに金属製の篭手をかぶせて守る。
それは五指のすべてが長く伸びてまるで竜の爪のように不気味である。
「これでは筆も持てぬ、不便きわまりない。」
癇癪を起こす主人を左近は笑って嗜めた。
「戦で筆を取る必要はございませんよ。
それにほら、この爪ならば一掻きで致命傷を与える事もできましょう。
殿の鉄扇と併せればまさに武勇これに比類無く。」
筆が持てぬのだから武器など取れるはずも無いものを、そんなふうに上手く言いくるめながら次々と主人を飾り立てていく。
膝から下には腕と同じ金属製の軍靴を履かせた。
堅牢なそれは一見、どのような衝撃からも主人を守るようであったが、実のところ彼がどこにも好きには歩いていけぬよう特別に 重く作らせてあり、先の尖ったつま先では足を踏み出すこともできない。
身体を覆う鎧も以前の数倍の強固なもので、おまけにそのうえから金襴に金糸銀糸で刺繍を加えた陣羽織を着せかけたせいで、も ともと体力の乏しい主人はその重さに身に付けているだけでひどく疲弊した。
主人の赤みのかかった柔らかな髪が土埃にかさついて艶を失うのも左近には堪え難い事のひとつだった。
兜などという無骨なものはこの主人には似合わない。
もっと華やかで、彩りのあるもの。
そう考えて辿り着いたのが、ヤクの毛で作られたかぶりもの。
頭から腰の辺りまでをすっぽりと覆ってしまえるそれは上が雪のようにまっしろで、下に行くに連れて深い紅に色を変える。
それをかぶせると主人はまるで夜叉のように見えた。
その様をみて左近はほぅ、とため息をつく。
我ながらなんと上手くできたものだろう。
はじめは左近のなすがままになっていた主人だったが、ここにきてやっとすっかり身動きがとれなくなっていることに気付く。
唯一、表に晒されている顔が不快に歪み貶むように左近を見る。
「なんだこれは。
これでは戦どころではない。
鎧で動けぬなどとは本末転倒ではないか。
もう止せ。
すぐに脱がせろ、左近。おい、聞いているのか、左近。」
好き勝手に喚き散らす主人に左近は腕組みをして眉をしかめた。
さてこれをどうしてくれよう。
己が価値を知らず、こちらの言うことも聞かず、人の努力も知らないで、罵詈雑言履き続けるこの口を。
少し考えてから左近はその口に丸めた布を突っ込み、上から面をかぶせて頭の後ろできつく結わえてしまった。
それはヤクのかぶりものと共に買い上げた、唐渡りの品だった。
左近にそれを見せながら、商人が得意げに語っていたことを思い出す。
『旦那様は蘭陵王のお話をご存知でしょう。』
遥か昔、大陸で武勇を誇ったという王の逸話。
あまりにたおやかな顔をもった彼は、兵士がその美貌に見とれ士気が落ちるのを避けるため、あるいはその美しさ故に敵に侮られまいとして、常にその顔を恐ろしげな面の下に隠して戦に臨んだという。
これはその陵王の面でございます、と商人は言った。
流石に1000年以上も昔の品とは眉唾に過ぎるが、その厳めしくも繊細な細工と商人の話が気に入って左近はそれを言い値で買い上げた。
面をかぶせてしまえば当然主人の顔は見れなくなってしまう。
だから左近は実際にこれを使う気はなく、いずれの機会が訪れるまで手元にしまっておく気でいたのだが。
しかしこうしてみれば、面を着けた主人の姿は本当に蘭陵王のように左近には思えた。
これでもう誰も彼を傷つけることはできない。
彼自身でさえも。
すっかり人の姿を覆い尽くし、出来上がったのは夜叉のごとき化け物一匹。
その姿を前にして左近はやっと安堵のため息をついた。
左近は毎朝、陣の奥に鎮座したままのそれの足下にかしづいて挨拶をする。
数日のうちは仮面の下から低いうめき声が微かに漏れていたが、このところはなんの反応も返さなくなった。
戦の指図は全て左近が取り仕切っており軍の維持には何の問題も無い。
むしろ皆は主人が勝手に陣を飛び出して負傷する心配をせずともよくなって喜んでいるふうでいる。
無双3資料集の殿の衣装案のなかにもふもふの上に仮面がくっついているデザインがあるのです
それにしてもこのデザイン画の殿、必要以上に色気を醸しており...
殿は3で途端に重装備になりましたね
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