かさついた坊主の手が己の身体を這い回るおぞましさにも、もう慣れた。

--佐吉のここはまだ幼いのう。

 黙って耐えていれば、まだ射精することを知らない未成熟な性器にまで無遠慮にのばされるその手。
 達する事はなくとも、刺激を与えれば常とは違う熱を持つのが面白いらしく、“手”はそこばかりを弄っている。

--ぁっ..ひっ。

 包皮につつまれた先端に爪を立てられ、敏感な部分に走った痛みに息をのむ。
 それを快楽によるものと勘違いしたのか“手”はいっそう執拗に若い果実を嬲り始めた。
 性的な刺激がもたらす快楽などまだ知らない。けれど、嫌悪感だけを抱きこそすれ、この行為が“手”の言うような快楽に結びつくものとはとても想像できない。
 骨張った“手”が、性器の奥の慎ましやかな窪みに触れてきた。

--“汚い。”

 とっさにそれだけを思った。
 触れられた部分から体中に悪寒が走って行くようだ。
 最近になって“手”はそこに興味を持ち始めたらしい。閉じた入り口をしきりと指先で突きながら耳元で呟く。

--いずれこちらもかわいがってやろうな。

 言葉の意味する行為は分からなかったけれど、ねっとりと耳朶に残った言葉の持つ欲は嫌というほど伝わって来た。

--今のところは、こちらで、な。

 小さな頭を掴まれ、足の間にあてがわれる。求められていることはわかっている。
 これから目の前に晒される性器に、それが満足するまで、指と舌を使って奉仕しなければいけない。
 

  
 この地獄が一刻も早く終わりますように。
  

 
 鈍く重い舌を動かしながら、冷えた心で幼い三成は祈っていた。

 

 

 

 

「殿、そろそろお休みになってはいかがです?」
 頭上からかけられた声に、三成は筆を持つ手を止めた。
 見上げると障子の間から左近の心配そうな顔が覗いている。
 気がつけば手元のろうそくも随分と短くなっている。正確な時間は分からないが夜半をだいぶ廻ったのだろう。ついつい書き物に夢中になって時間を過ごしてしまった。
「これを書き終えたら仕舞いにする。」
 声の主を見上げて三成は問い返した。
「お前は?」
「ああ、調べ物をしていたらこの時刻になっておりましたな。」
「屋敷に、戻るのか?」
今宵はこの屋敷に泊まれば良い。酒の一献でも傾けよう。”
 そう口に出来たらどれだけ楽だろう。けれど三成の期待に気付くはずも無く、左近は笑って言った。
「ええ。夜道は慣れておりますよ。」
「...そうか。」
 引き止められない。引き止められるはずもない。
 胸に渦巻く劣情は曇りのない笑顔の前に霧散してしまう。
 自分一人が汚らわしいもののようにすら思えてしまう。
「失礼致します、殿。」
 目礼ひとつを残して、左近の姿は障子の間に消えて行った。

 

 

 筆の始末を終え、文机の上を形ばかり整えた後、三成は次の間にしつらえられた布団の倒れるように滑り込んだ。
 一日中外出もせずに書き物とそろばんに明け暮れていたせいか、頭は酷く重いのに身体はさほど疲れていなかった。
 すぐに寝付く事もできず、何度も寝返りを繰り返す。物音一つしない宵に、思考だけがあてど無くさまよう。こんな時には考えずとも良い事ばかりが頭を巡るものだ。
 例えば、笑顔。
 先ほど目にしたばかりの何気ない笑顔が手の届くところに浮かんできて、思わず三成はその名を口にした。
「さこん...。」
 こうして自分一人の思いの中で彼はいつでも側にいて微笑んでくれるのに。
「さこん..、さこん...。」
 繰り返せば止まらなかった。
 一言毎に脳髄がとろかされるようだ。それはまるで呪詛のように身体を浸食していく。
 独りの冷えた身体に熱が宿り始める。
 あの手。戦場では大刀を振るうあの大きな手が意外に器用に動く事を三成は知っている。
 

 あの手に、触れられたい。
 

「さこ...んっ。」
 そっと着物の裾に手を差し込むと既に硬くなった突起が指先に触れた。
 軽く爪を立てると痺れるような感覚が鼻孔を突き抜ける。ここが、こんな感覚を生む事を知ったのは左近を想うようになってからだ。ここだけではない。彼を思いながら触れれば身体のどこかしこもが同じように切なく震える。幼なかったせいもあるが坊主達に触れられた時には知らなかった感覚だ。
「さこん..もう..。」
 片手を名残惜しく胸に残したまま、もう一方の手は帯を越えて足の間に伸ばされる。
 下帯を緩め、触れた中心がひどく熱を持っている事に半ば絶望しながらも、欲望のままに指を絡めればそこあるのはまぎれも無く悦楽。
 昔、教え込まれた行為と同じ事をしているという後ろめたさが背を伝うが、それも欲望を助長するものでしかなかった。
 性器を擦っているのはあの大きな手。ゆっくり、じらすように全体を軽くなでる。
「あっ..ふっ。」
 本当はもっと強く触れて欲しいのに。激しくしてほしいのに。
“悦い、でしょう?”
 想像の中の左近は意地悪なほど優しい。
 けれどそれでは満足できずに三成が我知らず腰を揺らめかせ始めた頃。
“そんなに浅ましくねだって。物足りないのですか?殿。”
 ああそうだ。足りない。何もかもがここに無い。
 けれど、息が詰まって答える事ができない。
“いやらしい子にはお仕置きが必要ですね。”
「..ぁあっ..ひっ。」
 突然、先端の窪みに爪を立てられて背が仰け反る。指はそれでも容赦なくむき出しの粘膜を嬲る。
「いっ..いたい。あぁ..。」
 言葉では拒否しているのに、手は止まらない。麻痺した頭では止められない。
「あぁ..。」
 

 さこん。さこん。さこん。
  

 ここにはいない人の名を呼びながら次第に手の動きは早まっていく。
 身体の奥から沸き上がる熱に翻弄されながら、瞼の裏に描くのはただ1人。
「っぁ、さこんっ。」
 声にするのと同時に熱い飛沫が三成の手を濡らした。

 

 

 けだるい身を起こし、懐紙で手早く後始末を済ませると、また冷えた時間が戻ってくる。と、同時に襲ってくるのは押しつぶされそうなほどの罪悪感と孤独。
 

 夢は消えて、三成はまた独り取り残される。

 

 この地獄が一刻も早く終わりますように。

 

 今も、あの時と変わらぬ願いを三成は抱いていた。

 

 

 

 


告白できないみったんの片思い。
一旦終わりだけれども気が向いたら続きます。