ライブ仲間とのパーティーも、哀れな男の子達からのお誘いもぜんぶ蹴っとばしてこのクリスマスイヴにバイトなんてやっているのはあの人に会うためよ。
 このカフェの常連のあの人。まだ名前も知らないけど、とても素敵な人。いつも一人でやってきて、甘いお菓子とカフェラテを頼むの。どうやら苦いのはお好みじゃないみたいね。ここってば一応コーヒー専門店なのに、店長おすすめのブレンドには見向きもしないわ。
 

 あの人を見かけたのは去年のクリスマス。受験を控えたあたしは冬休みに入ったばかりだというのにもう何もかも嫌になって(そういう時ってあるでしょ)、あげくにその頃つき合ってた彼氏はこのあたしをほっぽり出して仕事だなんて言い出すし、塾をさぼって、家に帰ればお子様用の甘ったるいシャンパンと鶏の足が用意されているかと思うとイライラしてきちゃって、たどり着いたのがこの裏路地のカフェだったの。ギラギラしすぎないゴシック調の飾り付けと、イヴだってのにばか騒ぎしていない静かな雰囲気が気に入ったわ。重々しいドアを開けると壁は一面本棚で埋められていて、難しい外国の原書から少し怖い怪奇小説、奇麗な美術書なんかが並んでいて、いろんな形のソファがランダムに配置されているの。まるで外国のサロンね。行ったことないけど。
 そんな中にあの人はいたわ。真っ赤なベルベットのソファに埋もれて誰かを待つように窓の外を見ていた。少し色の薄い髪の毛がゆれる横顔が人形みたいに整っていて、鳶色の目が遠くを見つめている。まるでそこだけ時間が止まっているみたいな光景だった。あたしはもうサンタさんなんて信じる子供じゃないけれど、この出会いってもしかして可哀想なあたしへの贈り物!?って思ったのよ。

 
 でも、神様っていつも与えては奪うのね。普段は誘われてばかりのこのあたしが、凍える小鳥みたいに震えながらありったけの勇気を振り絞って声をかけようとしたその時。
 あの人の座った席の窓を外から叩く奴が現れたの。そしたらあの人、そりゃもう今までの無表情をぐずぐずに崩して笑いながら泣いてるような顔になった。そうしてコートとマフラーを引っ掴むと小銭をテーブルに叩き付けて脱兎の如く出て行ってしまったわ。
 あたしだってそれで終わりじゃ悔しいからすぐに後を追っかけて外に出た。そこにあったのは背の高い長い黒髪の男の人があの人に“そんな格好で飛び出して来て寒いでしょう”だとか“急がなくても左近は逃げませんよ”だとかとても優しい声で小言をいいながらあの人をコートとマフラーで包んであげる姿だった。あの人は“左近が遅いのが悪いんだ”なんて不機嫌な声で言いながらそれでもはにかむように微笑んでされるがままになっている。なんて奇麗な笑顔。うん、ますます素敵。惚れ直したわ。 
 その時、胸に誓ったのよ。絶対にあの笑顔をあたしだけのものにしてやるって。
 

 それからのあたしってば絵に描いたような純情っぷりよ。
 時たまこのカフェに通って、時たま出逢うあの人の横顔に励まされて、受験も無事に合格。
 高校生になったあたしはここでバイトを始めた。そりゃあの人に会いたいっていうのが一番の目的だけど、ここの雰囲気はあたしにぴったりだし仕事の合間に読む本も面白い。店長はあたしの知らないちょっと大人向けの映画だとか展覧会だとかを教えてくれて世界が広がった気分。でも、相変わらずあの人に声はかけられないまま。
 あの人の大好きなキャラメルラテをサイズアップしてあげたり、アップルパイを1/3カットにしたり特別サービスしてるのにちっとも気付かないのよ。そんなあたしの健気な努力も虚しいまま、今年もまたクリスマスが廻って来たわ。
 あの人と出逢ってから丸一年。このあたしがよく耐えたものよ。今日こそは!と思って待っていると。
 来たわ!あの人..と、あれっ、今年はあの長髪も一緒?そんな..神様、こんなのってなしだわ。二人で額をくっつけるみたいにしてこれから行くレストランの話なんてしてる。
 

 あたしの純情をどうしてくれんのよ!
 あたしのハッピークリスマスは!?
 

 空になったコーヒーとカフェ・ド・ショコラのカップを残して二人は肩を寄せあって店を後にしてしまった。
 ショックのあまりへなへなとカウンターに突っ伏してしまったあたしに、店長がそっと差し出してくれたガトーショコラはご丁寧に柊の飾りなんてのっかていて、甘くてほろ苦くて、なんだか泣けて来た。
 ありがとう、店長。あたし、諦めないわ。
 だって来年も再来年もクリスマスは来るのよ。
 いつか必ずあの人の隣でメリークリスマスって笑ってやるんだから。

 

 

 

 

May All Your Christmas Dreams Come True!

 

 

 

 


何故このタイミングで初芽登場?
拍手連載とも『関ヶ原』とも別人格の彼女ですが
ここではイタ可愛い(イタいけどちょっと可愛いところもある)部分を楽しんでいただければと。