秋には遅く、冬になりきらない平日の昼下がり。3時のお茶には遅すぎて、夕食にはまだ早い。
 木枯らしが音を立てる窓の外は今にも霙の落ちてきそうな色の無い空。
 向かい合ったまま会話もなく座る自分たちにはまったくお似合いの、つまりは何もかもが中途半端で寒々しい。
 乱れていたベッドを抜け出て、それが嘘のようにきっちりと衣服を整え、帰ると一言。短く告げた彼に、自分も外に用事があるからついでに送ると家を出た。
 賢い彼には、それがあまりに空々しい嘘だということはきっとバレている。
 ならばいっそと、無理矢理客の居ないカフェに連れ込んだ。
 一分一秒でも早く、彼は年下の恋人の待つ温かな家に帰りたいと考えていて、それを引き止めておく権利は自分には無い。
 そんなことは分かりすぎるほど分かっていたが、それでも意地悪く気づかない素振りで勝手にコーヒーをふたつ、注文する。
 
「腹、減ってないか。」
 
 露骨に眉をしかめ首を横に振る彼をさらに無視して、レジ脇のケースの焼き菓子に目を走らせる。飴色の艶をした、あんなふうに甘いものでも口にすれば少しはこの突き刺さるような空気も和らぐのではないか。
 暇そうにカップを磨くウェイトレスを呼ぼうとして、やはり、止めた。
 思えば彼が自分の前で何かを口にした事なんてあっただろうか。
 喘ぎ疲れて枯れた喉をほんの僅かの水で湿らす以外に、短くはない付き合いの中でそんな場面は見た事が無い。
 そんな高虎自身だって今は目の前にあるコーヒーに手をつける気にはならず、かといって交わすべき言葉はなにもない。
 これまでも、これからも。
 本当に話したい事はいつだって言葉にならない。
 
「それ。」
 
 ふいの声に顔をあげる。
 
「考えに詰まると爪を噛む、悪い癖だ。」
 
 そう言われてよくよく見てみれば、左の手の指の爪はいつのまにかどれも極端に減っている。
 そんなことを一度だって言われた記憶がなかったから、彼は自分のその癖に気付いていないものだとばかり思い込んでいたけれど。
 
「うるせぇよ。関係ないだろ。」
 
「そうだな、私には関係ない。」
 
 口の形だけでいつもの穏やかな笑みを作って、彼は脇に置いていたストールを手に取った。
 
「もう行くよ。」
 
 窓ガラスの向こうはいつの間にか細い雨が落ち始めている。
 なにもこんなタイミングで出て行かなくともいいのに。
 しばらく待てば止むかもしれないから、それまでもう少し、ここに。
 喉元まで出かかった言葉を再び爪を噛んで飲み込む。
 手つかずまま残されて、すっかり冷えたコーヒーの、その静かに真黒な水面はまるで自分の心のようだと高虎は思った。