「今度の休みには温泉でも行きましょうか」

 
 左近の提案に三成は目を輝かせた。
 最近の左近は仕事が立て込んでいたらしく、午前様になる事も度々。
 一緒に暮らしているはずなのにすれ違う生活に不満を募らせていた三成は早速その日のうちに近所の本屋でガイドブックを買い込み、旅行代理店でパンフレットを山ほどもらってきたのだった。
 吟味に吟味を重ねた結果、選んだのは都心からそう遠くないわりに、山奥にひっそりと佇む隠れ湯。
 雪も溶け、梅は盛りを過ぎて桜には少し早いこの季節。

 
「うわぁ、なんだこれ。まだ使えるのかな。」

 
 ロビーの片隅に置かれた卓上型のインベーターゲームという骨董品に興味津々の三成の脇で徳利をもった狸の剥製がお出迎えをする、そんな一昔前の風情を漂わせるひなびた旅館には泊まり客の姿もまばらでそれが二人は気に入った。
 途中で蕎麦なんて食べながらドライブがてら夕方前に宿に着き、まずは少し早い入浴を貸し切り状態の露天風呂で楽しんでから川魚だの山菜だのといった年季の入った板前さんがもう何十年も同じレシピを作り続けてきたようなお料理をいただく。左近の膳にはぬるめのお銚子、三成は果汁10%未満の瓶詰めのオレンジジュース。
 せっかく温泉に来たのだからもう一度、と再びの風呂から部屋に戻ってみれば早々と床が延べられていた。
 近くに温泉街なんてにぎやかな場所があるわけでもなく、部屋のすぐ脇を流れる清流の水音を聞きながら、二人はなんとなくだらだらと布団の上に転がっていた。

  

 

 

 
「なんだかやることがないな...。」

 
「ええ。でもたまにはこんな時間もいいんじゃないですか。」

 
 すれ違っていた時にはあんなに二人の時間を欲していたのにいざこうして与えられてみると何をしていいやら分からないものだ。
 手持ち無沙汰に床の間に置かれたテレビなんて付けてみるけど、山間のこの場所では電波の入りも悪いのかチャンネル数はいつもの半分ほどしかない。
 それでもなんとなくザッピングを繰り返しているとふいに画面に『有料放送のご案内』という表示が出て来た。

 
「あ、左近、映画があるぞ。映画観よう。有料だけどいいよな?」

 
 そこにあるタイトルにはやたらと“女子高生”やら“秘密の”なんて冠詞がついていて見知った作品は一つもなかったけど、行きつけのカフェの店主の影響で映画に興味を持ち出した三成はあまり気にしていないようだった。

 
「殿、それは...。」

 
「なんだ左近のケチ!俺は観るったら観るぞ!」

 
 言う前に三成の手はリモコンのボタンの操作を始めている。

 
「いや、あの、それは殿が思っているような映画ではないと思いますが...。」

 
 突然画面一杯に広がる肉色の世界。
 三成は一瞬何が起こっているのか理解ができなくて目を見開いて固まってしまった。

 
「さささささこん!?これは!!??」

 
「あー、随分古い感じですね。こういうところの有料放送って昔のを使い回ししてるんでしょうね。」

 
 夕食の残りのお銚子をちびちびとやっていた左近はいつのまにか三成のすぐ側に来ていて、一緒に画面を覗き込んでいる。

 
「左近は知っていたのか!?」

 
「そりゃ若い時分にはお世話になったこともありますからな。」

 
 へらへらと笑いながら彼は言うけれど、あっけらかんとされればされるほど三成はなんだかいたたまれなくなって来た。

 
「もういい!消す!」

 
「せっかくですからもうちょっと見てみましょうよ。」

 
 手を伸ばした先にあるはずのリモコンはいつの間にか左近によって取り上げられてしまっていた。
 意地になって手足をばたつかせるもののうつぶせに寝転んだ上から左近の太い腕に押さえられてしまえば身動きはとれない。自然と目はテレビの中で繰り広げられる、ストーリー性皆無の“映画”に向いてしまう。
 画面の中では異常に丈の短いセーラー服を着た“女子高生”とやらが“先生”と呼ばれる男にたわわな胸をもみしだかれて、ひっきりなしに鼻にかかった喘ぎ声をあげている。

 
「ちょっと興奮しません?」

 
 耳元で低く囁いてやると三成の身体がびくりと震えた。
 見れば薄い耳たぶまで真っ赤に染まっている。
 画像に興奮した、というよりは恥ずかしくて仕方ないのだろう。
 大人の男向けの映像としては物足りない程度なのだが、彼にとっては十分すぎる刺激らしかった。

 
「..俺も..あんな声出してるのか?」


「あんなのは演技ですから。殿のはもっと可愛い。」


「...ばか。」


 小さく呟いて三成の方から口づけて来た。
 小鳥が餌を食むような、ついばむだけの軽いキス。
 それを了承のサインと受け取って左近はその小さな頭を胸に抱き込む。


「左近は殿のお声を聞きたいです。」


「ふぁっ..ん。」


 薄紅色の唇を舌でなで上げてやるとそれに答えるように吐息が漏れる。
 普段のパジャマよりも何倍も色っぽい、浴衣姿の襟の奥にしっとりと息づく肌を感じながら左近は目の前の恋人が漏らす甘い声に酔いしれた。

 

 

 

 

「...もう一回、風呂に行ってくる...。」


 奇麗にしつらえられた布団は二人がその上で悶えまくったせいでぐちゃぐちゃだし、せっかく温泉で磨き上げた玉の肌もあんな液体やこんな汁でべとべとだ。


「あ、左近も一緒に。お背中お流しします。」


 あんな映像を見たせいで、正確には照れて困り果てる三成が可愛らしくて、なしくずしに抱いてしまったけど夜はまだ長い。今度は湯煙の中でじっくりと恋人のみずみずしい肢体を味わいたい。


「いやだ。お前と一緒だと、その、また..。」


 そんな左近の胸のうちを察したのか三成は、部屋で待ってて、と言い残すと逃げるように出て行ってしまった。


 湯上がり卵肌になって自分の腕に戻ってくるであろう三成を待ち詫びてそのまま一時間。
 なかなか姿を現さない三成を探しに行った左近は、湯当たりしてマッサージ椅子に倒れ込んだまま動かない彼を見つけることになる。

  

   

 

  

  

   

 

  


ちょっと季節外れですが
そういえばこの二人、お正月にも温泉旅行に出かけていた気がします