『なつのおわり せかいのはじまり』
あなたと出逢って、ほら、世界は色彩(いろ)を帯びていく
屋敷が燃え落ちたのを見届けて、西軍の兵はひいた。
明けを間近に待つ夜の中、ガラシャはくすぶる煙ごしに男を見上げる。
少女の頃、彼女の世界は彼によって開かれ、彼の喪失とともに閉ざされた。
彼のいないモノトーンの世界。愛という名を持つ妄執の鳥籠。
それが今は灰となって彼女に前に屍を晒している。
--わらわも、変わったであろう。
重ねすぎた年月をそんな風にごまかして笑ってみせて。
--孫がいなくなってからすぐにわらわは嫁いだ。
妻になった。夫は...夫は、わらわを愛してくれた。
父上が死んだ。母上も、一族も、皆滅んだ。
わらわも母親になった。子がおる。
--知ってる。みんなお前に似て愛らしいよ。
--孫は少しも変わらぬな。
本当に、何一つ変わらない。
どうして、って聞かないのかい?あの頃みたいに。
--わかっている。
孫はわらわとの約束を守ってくれたのじゃな。
どんな、姿になっても。
遠く、山陰の端が明るい。暁がくる。光が戻り始める。夜の終わり。
--口づけておくれ、孫。
あの頃にも、わらわは孫にねだったな。
そしたら孫は、お前にはまだ早い、と。あともう2、3年もしたらな、と。
それなりに傷ついたのじゃ、わらわも。
...結局、あれきりになってしもうた。
差し出した唇に冷たい風が触れたように感じ、ガラシャが目を開けるとそこに男の姿は影も形も無かった。
登ったばかりの陽が目を刺し、闇は薄れ、光が色彩を描く。
早起きの蝉が、土の中に眠っていた年月を取り戻すかのように命を謳う。
闇から這い出たその目に地上の世界はどんなにか鮮やかに映るのだろう。
もう会えなくても。
あの頃のようには笑えなくても。
彼の教えてくれたこの世界は美しいと、ガラシャは思うのだ。
実は死んでる孫さん、という妄想。うん、好き、幽霊オチ。
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