私はソファでございます。
 私のご主人、左近様が一人で暮らしていらっしゃった頃からずっとこのおうちのリビングにおりました。
 ちょっと大きめ2人がけの私がどうしてこのおうちにやってきたかと申しますと、お忙しい左近様が仕事を持ち帰って明け方近くまで作業をされた後、ベットまで行くのが面倒になった時にそのまま寝てしまえるサイズの物を、とかそんな理由だったように存じます。
 そのうち、左近様の生活に新しい変化がありました。同居人が現れたのです。
 左近様と一緒に暮らすことになったその方は、三成様といって左近様以上に私を気に入ってくださいました。
 時々、頬張ったお菓子のくずやらコップいっぱいに注がれたオレンジジュースをこぼされるのには少々閉口いたしましたが、テレビのワイドショーに釘付けになったり、マンガを読むのに真剣になりすぎて頭痛に悩まされたり、何やらへんてこな歌を歌ったり、左近様がお仕事に出られて三成様がお一人でおうちにいらっしゃる時はそのほとんどを私の上ですごされておりました。三成様の羽のようなお身体がくるくると重心を変えるのを支えていると、私も楽しくなってくるのです。
 ある日、左近様のお帰りがあまりに遅いので、待ちくたびれた三成様は私の上で眠ってしまわれました。
 日付が変わった頃、やっと左近様がお戻りになります。
 電灯も付けていない暗いリビングの私の上で眠る三成様を見付け、ご主人様はぎょっとした顔をされました。身じろぎ一つせず、月の光に青白く照らされて横たわる三成様がまるで死人のように見えたのでしょう。私に歩み寄って、三成様の生きている証拠を探そうとなさいます。
 もちろん、留守番中の恋人・不慮の突然死、などという悲劇は起こるはずもなく、三成様のうっすらと開かれた唇から漏れるすうすうと安らかな寝息を確認されると、左近様はほっと安堵した顔をお見せになりました。しばらく私に寄り添って三成様の寝顔を見ていた左近様でしたが、私の上からその華奢な身体を抱上げて隣の寝室へと運んで行ってしまわれました。
 あとの三成様のお世話は左近様にお任せして、私のお仕事はこれでおしまい。こうして私の一日も終わります。

 

 

 

 

 あたしはコーヒーカップ。
 色白すべすべの豊満なボディがあたしの自慢よ。
 挽きたてのブラックコーヒーをたたえた私に、旦那様が口づけてくれるのが毎朝の日課だったわ。あの人が来るまでは、ね。
 あの人ったら、大人のくせに苦いからってブラックが飲めないのよ。
 旦那様はそんなあの人のためにせっかくのブレンドにミルクをたっぷり注いであげるの。そこに砂糖をスプーン3杯。
 もうコーヒーの香りなんてしやしないその甘ったるい液体をあの人ったら、あたしを両手で抱えてこくこく飲むの。子供みたいな仕草でね。
 そしてあの人は決まって言うのよ。左近の作るカフェオレはおいしいなぁって。
 そんな時の旦那様といったら見ていて情け無くなるくらいうれしそうな顔しちゃってさ。
 あたしとしては旦那様とふたりっきりの朝も静かで好きだったけど、この人が来てからはよく見る旦那様のそんな顔も悪くないと思うのよ。だからあたしはそんな二人の笑顔ができるだけ長く続くようにお腹の中のカフェオレを冷まさないでいてあげるんだわ。

 

 

 

 俺は灰皿。
 もともとは古伊万里の小皿だったんだけど、六客あった仲間達が次々と鬼籍に入ってしまい、半端物として骨董市に出されているところをご主人様に拾ってもらったのだ。
 ところがある日、ご主人様は毎日2箱は空けていた煙草を吸うのを止めてしまった。
 原因はあいつだ。ご主人様のところに転がり込んで来た居候、みつなりとかいう奴。
 あいつがご主人様の煙草の煙に咳き込んで見せたせいでご主人様は二十年来つき合って来た煙草とあっけなく絶縁。
 みつなりめ、大人のくせになんて情け無い。
 ご主人様はなぁ、仕事から帰って来て、ソファに足を投げ出して一服するのが習慣だったんだ。ゆっくりと煙を吐いて肩の力を抜くご主人様のお手伝いができることに俺は生き甲斐まで感じていたんだぞ。
 あいつのせいで俺はお役御免。
 奇麗に灰を拭われて押し入れの奥に仕舞われた。
 それっきりご主人様は俺のことなんてすっかり忘れてしまったんだ。なんて可哀想な俺。
 ところがしばらくしてがさごそと俺を捜す奴がいる。みつなりだ。
 いまさら何の用だっていうんだ。お前のせいで俺はお払い箱になったんだぞ。
 みつなりは俺を手に取るとリビングのテーブルの上に置いて俺のへその辺りに何やら小さな塊を据えた。奴がチャッカマンでおそるおそる火をつけると(みつなりはマッチが擦れないんだ。つくづく情け無い奴)、細い煙と共になんだか良い香りが漂ってくる。
 なんだ、さっきの塊は香だったのか。ほんのり甘くてしっとりとして、落ち着く香りだなぁ。
 みつなりはテーブルにほおづえをついて俺の中の香が炊かれるのを見つめている。
 そのうち玄関のチャイムが鳴って、ご主人様のお帰りだ。
「ただいま帰りましたよ、殿。なにやら良い香りですな。」
「兼続からもらったのだ。金沢旅行のお土産だって。」
 そんな会話をしながらご主人様はみつなりと並んで目を閉じ、俺から漂う香りを楽しんでいる。
 小皿から始まって、灰皿を経てついには香炉に転職してしまった俺だけど、ご主人様とみつなりが二人して俺を使ってくれるのならこんな人生も悪くない。

  

  

  

  


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