地球最期の日。

 

  

 

 
地球最後の日が来たら、あの人と紅茶を飲んでお話ししよう。
ゆっくり丁寧に茶葉を蒸らして、きれいな紅いお茶を入れるの。
まるであの人の髪の毛みたいな色のね。
そうして、あたしのこと、たくさんお話ししてあげるの。
あたしの名前。
あたしの生きてきた短い人生。
あたしの好きなお洋服。
あなたを想うあたしの気持ち。
あの人の話?そんなの必要ないわ。
それよりもあの人にたくさんたくさんあたしを知ってもらいたい。
あたしがあの人を知っているくらいにね。
  
  
  

 
地球最後の日が来たら、とっておきの豆を挽いて、自分ひとりのためだけにとびきりのコーヒーを煎れよう。
壁を埋め尽くすたくさんの本に囲まれてどれを読むのか迷ってしまうけど、途中で終わりが来てしまったら後悔を残すから、きっとどの本も読まない。
代わりに今まで読んだ全部の本を思い出す。
幼い頃、すりきれるほど手にした革表紙の中の魔法の国の叙事詩。
初めて家族以外の人間を愛する事を教えてくれたのは許されぬ恋に殉じた若者達。
バスポートも持っていないのにいろんな国のガイドブックを読み漁って気分はすっかり機上の人。
それからまだ読んでいない本のことを想像しよう。
まだ知らない国のまだ知らない人々の物語を。
誰にも邪魔されず香ばしい豆のかおりだけが私に寄り添って、それこそ、ああ、なんたる至福のひとときではないか。
 
 
  

 
地球最後の日が来たら、その瞬間まで絵筆を離さないでいよう。
無機質の筆が肉体の延長のように画面に歌うあの感覚。それを死んだって忘れないように。
あの世なんてものがあるのなら、そこでも同じように描けるように。
きっと私がそうやって絵を描くのを奴は隣で寝転んで笑って見ている。
最期の時くらい素面でいたいけど、奴の煽る杯についつい手を伸ばしてしまう。
まあ、少しくらい呑んだところで筆が狂うこともないし、むしろ手が進むというものだ。
ほろ酔い気分で描く終わりの風景。
その絵の完成を見届けるのは側で見ている奴だけで、この世の最期の一枚をそんな奴ひとりのために描くのも悪くない。
 
  
  

 
地球最後の日が来ても、俺はやっぱりお前と一緒にいるんだろうな。
お気に入りのソファに並んで座って、ふたりで過ごした楽しかった日々のことをお互いに教え合うんだ。
アルバムなんて必要ないよ。俺は全部全部覚えているから。
お前の作ってくれるカフェオレ。あれをもう一度飲みたい。
お前はきっとお気に入りの赤ワイン。俺がうっかり料理に使ってしまって、同じのを探してくるのに苦労したけど、そしたらお前、すごく喜んでくれただろ。
これは大切な時のためにとっておきましょうね。
そう言ってワインセラーで眠ったきりになっているあれを開けよう。
カフェオレと赤ワインに合うつまみ、なんてあるのかな。
マグカップとグラスを片手に、もう片手は繋いだままで、ふたり、溶け合うくらいにひっついて世界の終わりを眺めていよう。

  

   

 

  

  

   

 

  


ブラウザを閉じてお戻りください