菊花の契り

 

「お聞きください、殿。虫が鳴いております。」

 
 いかにも粋人らしく誘う声は耳に届かず。
 

「ああ、月もあれほどに輝いて。」
 

 たおやかに照らす光も目に入らず。
 

「っ..んくぅ..ぁあ..。」
 

 大胆にまくり上げられて露に下肢を差し出し、四つに這う三成は腕だけにまとわりつく着物を唾液で濡らして切なく喘ぐ。
 

「誠に美しい夜でございますなぁ。」
 

 庭に向けていた目を細めて左近は眼前にのたうつ背を眺めた。
 満月に照らし出された肌は汗に覆われ、浮き出した骨を無骨な指に辿られると三成はびくり、と大きく身を震わす。
 灯火の無い闇にも分かるほど耳たぶまでを朱に染めて、耐えきれぬと頭を振る度に玉の汗があたりに飛んで。
 痩躯を支配しているのはもう半刻も前から与え続けられている愛撫によるもどかしい快楽。
 男ならば求めるはずの核心には決して触れず、月見の杯から滴らせた酒を中に垂らし込みながら掻き回して。左近の指がそこから見え隠れする度にぐちゃぐちゃと湿った音が鳴る。
 

「酒だけだと..ぁ..そう..言ったはずでは..んっ..ないかっ。」
 

 乱れた髪の隙間から睨みつける美貌をものともせず、左近は笑って答えた。
 

「ええ。けれど今宵は重陽の節句でございましてね、」

「ぁあ!くぅっ..ん!!」

 ぐい、と指先が内壁の急所を押しつぶすと、まだ触れられてもいないのにいきり立った男根の先端から透明な蜜が溢れ出た。
 

「ご存知ですか。この日には酒とともに菊の花を愛でるのです。」
 

 釣り上げられた肩頬。
 

「左近もこの愛らしい菊花を可愛がって差し上げねば。」
 

「さっ、さこ..!ひゃぁっ。」
 

 とてつもなく恥ずかしい言葉を投げかけられたのだと、そう思い至る前に激しく胎内を蹂躙されて三成は身も世も無く悶えた。
 

「殿に邪気が寄らぬよう、左近の真心の限りに。」
 

 ひっきりなしに漏れていた嬌声はいつのまにか熱の籠った嗚咽に変わっていて、幼子のように啜り泣くそれに妙なる音曲を楽しむかのように左近は耳を傾ける。
 

「も、もう..止めて。はや..く... 」
 

--はやく、挿れて。
 

 浅ましく腰を振って、素面では羞恥に気を失ってしまう程の、そんなはしたない言葉を薄い唇が吐くに至っても。
 

「急いてはなりませぬ。」
 

 矜持を押し殺して口にした哀願を一蹴して、左近は指先だけで主人を弄び続ける。
 

「秋の夜は永い。存分に楽しみましょう。」
 

「そんなっ..ぁあ!」
 

 やさしい声色で告げられた残酷な行為に、左近を包む内壁がぞわり、と震えた気がして、それを主人の期待の現れと左近は自侭に解した。

 
 自分の手の動きひとつに狂い咽ぶ美しい人。
 やがて月が隠れ、杯に浮かべて花が色を失うまで、永く短いこの夜の続く限り。
 どれほど鳴こうが叫ぼうが、決して放さないと左近は細い項に口づけて囁いた。

 


秋の夜長、さこみつで菊花の契りでした。
おっさんはおっさんなので時間がかかるんです