「何だ、慶次。何をしている。」

 
「夜這だ。」


 まるで挨拶を交わすように、さらりと男は言って退けた。
 障子から差し込む月明かりに微塵の後ろめたさも感じさせないからりとした笑顔が照らし出される。
 警備の兵も、宿直の小姓もいたはずだ。
 まったくこの男ときたらどこからどう忍び入ったのやら。最近、上杉に仕官して来たこの男の、こういう豪放磊落なところが自軍には欠けているような気がして召し抱えたのだが、その性格は戦場だけでなく何時何時も発揮されるものらしい。
 組み敷かれた姿勢のまま、兼続は盛大にため息をついた。

「俺は男を喰った事も喰われた事もあるが、兼続、お前さんは極上だ。」

 山盛り菓子を目の前にした子供のような、新しい着物を手に入れた娘のような。とにかく楽しくてたまらないといった声で慶次は言った。
 だから、抱きにきたのだ、と。さもそれが当然のように。

「俺がそう簡単に身体を開くと思ったか。」

 四肢は慶次のたくましいそれに押さえつけられていては身動きできない。
 兼続は唯一自由になる、闇の中では不思議と銀色に見える強い瞳で問うた。

「それを開かせに来たのさ。」


「駄目だ。この身は謙信公に捧げた物。
 そこらの遊女と一緒にするな。」

 せめてもの抵抗に、ぺっと、とつばを吐きかけてやる。
 頬に掛かったそれを舐めとっては慶次笑みを崩さずに、けれど哀れを装って言った。

「そうやって死ぬまで亡き謙信公に操立てするつもりか、あんた。」

 幼き日より謙信公によって開かれた身体。

--あの方は丁寧に丁寧に、この硬い身体を慣らしていってくださった。

 他の者がどのように交わりをするのか知らない。知る気もない。
 随分と多くの者に言い寄られもしたがあの方以外と情を交わす気など起こらなかった。

--だからこの身は今も謙信公だけのもの。

 兼続のその思いの強さを慶次は知らないのだ。

「そうだ。何人たりともこの身に触れる事は許さぬ。」


 寝乱れた兼続の襟からは首筋が覗いている。北国の生まれのせいか、月明かりに照らされたそれは自ら発光しているのかと思うほどに白く目映い。

--この身体はヤバい。

 数多の身体に接して来た慶次の本能がそう告げている。
 この肌を見ていると軍神に見入られたという言葉さえ本当のように聞こえてくる。
 ならば、自分は越えてはいけない神と人との一線に触れようとしているのではないか。それを為したいという気持ちと、恐ろしいと思う気持ちの両方が慶次の中でせめぎあった。

「さあ、わかったら身体を外せ。」

 しぶしぶ覆い被さった兼続の身体から離れると、彼は上半身を起こしてこちらを見据えた。

「...仕方の無い奴だな。」

 ため息をつくようなその口調からは諦めこそ感じられ、意外に怒っていない事が分かる。

「こちらで、してやろう。
 昂ったままではお前も寝付けまい?」

 兼続の形の良い唇の間からちろりと舌が覗いて、慶次はその紅さに思わず息を飲んだ。

 あぐらをかいて座した慶次の前に、兼続は褥に這いつくばって袴の帯に手をかけた。
 するすると帯が解かれ、それをすっかり抜き取ってしまうと今度は下帯に手をかける。
 兼続は下帯の越しに慶次の前の膨らみに口づけた。
 しばらくはそのまま布の上から指で形を確かめるようになぞり、時に軽く舌を這わせていた兼続だったが、それでも足りなくなったのか最後のその一枚の布を取り去ってしまった。
 慶次の欲が露にさらけ出され、男の匂いが立ちこめる。頭の芯を狂わす、濃い男の匂い。
 まだ、芯の入り切らないそれ。しかしそれでも大きさは常人の最大値にも匹敵するだろう。これでもまだ臨戦態勢ではないということは、本気になったらどれほどのものに成長するのだろう。

--謙信様も、そうだった...。

 思い出の中の人と重ね合わせ、兼続はそれを目を細めて見つめた。
 まだ子供だった自分にはそれは今以上に大きく思われたけれど、同時にとてもたくましく感じられ 憧憬をもって奉仕したものだ。
 竿の部分に指を這わせると熱さとどくどくという鼓動が同時に伝わってくる。
 赤黒く色を増した性器とそれに蛇のように絡み付く白い指先の対比が卑猥さを増す。「ぅ..。」
 強くはないが、絶妙な力加減でゆっくりと握られ上下にしごかれる。指先にそれぞれにばらばらに圧がかかり、同時に揉みしだかれているようだ。その絶妙な力加減に慶次は思わず息を飲んだ。

「我慢するな。
 声を出してもらった方がこちらもやりやすい。」

 そう言うと兼続は大きく口を開け、横笛を吹くように竿に脇からむしゃぶりついた。
 軽く、歯を立て、刺激をしながら移動して行く。その間にも空いた手は奥の袋を収めて弄んでいる。くすぐったさにも似た焦燥が慶次の腰の中心をじりじりと焼いた。

「い..いぜ、かねつぐ。..お前さん、最高だ。」

 
「遊び人の慶次殿に褒めていただけるとはありがたいことだ。」

 くすくすと笑いながら口を離すと、兼続は既に相当な質量に張りつめた慶次のものを両手で支え、その先端に舌を伸ばした。
 差し出された舌が、それ自体が意思をもった別の生き物のようにちろちろと亀頭を這う。濃い桃色の舌が赤黒く、異形でさえある自分のものに懸命に奉仕する様に慶次は嗜虐心が揺さぶられるのを感じた。

「っぁ..もったいぶってないで、もっと深くしてくれよ。」

 兼続の返事を待つまでもなく、慶次はその大きな手で彼の髪を引き性器を口一杯に押し込んだ。

「..む.ぐぅッ!」

 突然の息苦しさに当然抗議の眼差しで見上げる兼続であったが、舌を使う事は止めない。口内をいっぱいに占領する肉塊に舌を絡ませ、舌先で感じる裏筋を集中的に責める。

--謙信様、気持ち、良いですか。

 まだつたない自分の愛撫にも頭を撫でてねぎらってくれた主人。
 少しでもその人を気持ち良くさせて差し上げたくて、まだ自分でも知らない快楽を必死に探り当てようと努力を重ねたものだ。
 あれから随分経った今、兼続の技量は少しも衰えていない。それどころか年を経て、ますます磨きがか掛かっているようにも見受けられる。
 見上げれば慶次は眉根を寄せて荒い息をついていた。
 こんなつもりではなかったはずだ、と慶次は内心自分の軽はずみな行動を後悔し始めていた。
 ただ、すこしばかり奇麗な主人を困らせてやったらどんな顔をするだろう。ただそれだけの純粋な悪戯心が自分をここまでおいつめるなんて。
 慶次は着物の襟から覗く兼続の細い項に誘い込まれるように指を這わせようとした。

「だめだ。」

 ぴしゃり、と言い放つと途端に兼続は性器から口を外し、行為を止めてしまった。

「私に触れるなと言っただろう。守れねばこれで仕舞いにするぞ。」

 その言葉が単に脅しでない事は、銀の眼光の鋭さから分かる。

「..わかったよ。」

 慶次は渋々手を引っ込めた。
 それを確認すると兼続はふたたび行為に没頭し始めた。
 限界まで張りつめた性器が再び、今度は兼続の意思でずるずると飲み込まれて行く。常人より大きいと自負しているもの彼は顔色一つ変えずに頬張ってしまった。

「お前さ..んっ..その..苦しくないのかね?」


 口が塞がれているかわりに、こくり、と小さく首を振って兼続は答えた。
 色街のその手の名妓といわれた女でさえ、随分てこずっていたものを。どれだけ訓練をしたら人間業をこえたこの行為が可能になるのか。

--やってくれるぜ、謙信公。

 慶次は身体では感謝をしつつも、心中ではにがにがしく過去の人を思った。

「ぅっ..ぐんっ。」

 喉の奥で強く吸われて体内に突き込んでいる感覚以上の快楽が背骨を駆け抜けた。

「お前さ.ん..随分..上手だねぇ。京の花街にも..これほどの女はいなかったよ。」

 遊女たちと比べられたのが気に沿わなかったのか兼続わざと、かり、と歯を立てた。
 そして甘噛みのまま歯で性器の根元から先端までの表面を撫で上げる。
 先ほどまでの滑らかな感触とは対照的に細かな刺激を与えられ、慶次は我知らず腰が揺れだすのに気付いた。

「もぅ..やめろっ、かね..つぐっ」

--なんだ、だらしのない。もう少しだ。我慢しろ。

 そういう目で、兼続は慶次を見た。
 しかし、慶次の限界は思ったより近かった。
 もう耐えきれぬとばかりに、彼の髪が乱れるのも構わず兼続の頭を鷲掴みにすると、がむしゃらにその口内に性器を突き込む。
 余裕を失った慶次の、嵐のような蹂躙の中で兼続はされるがまま、じっと、健気とも見れる表情で目を閉じて耐えている。

「ぐぅ..はッ!」

 くぐもった声が頭上から聞こえたと思った途端、兼続の喉の最奥に熱いほとばしりが濁流となって流れ込んだ。

「けふっ..はっ..多い..な..。」

 飲み込みきれず、口の端に溢れたものを指先で拭う。
 ぬめったそれを見せつけるように舌を這わせてなめとる。
 ひと雫もこぼすまいとする兼続の媚態を慶次は射精後のけだるい頭で夢の中の事のように見つめていたが、ふと我に返り兼続に問うた。

「その..おまえさんはホントにいいのかい?」


「言ったはずだ。この身は謙信公以外の者を受け入れるつもりはないと。」

 その言葉通り、あれだけの痴態を演じたというのに兼続の足の間には着物越しにも何の高ぶりも見られない上に、顔色一つ変えてはいない。
 あの行為の全ては彼の技巧の為せる技だったというのか。
 愛情という心を介さずとも、あそこまで熱心になれるのか。

「分かったらもう去れ。」

 懐紙で口元をすっかり拭いさった兼続は既にいつもの凛とした彼で、あのような行為等まるで最初から何事もなかったかのようだった。

「そして二度と私のところになど夜這って来るな。」

 かすかに部屋に漂う精液の青く若い匂いだけが行為の跡を残している。
 彼が決した、永遠に何者をも受け入れぬ心。
 慶次には何故だかそれが哀れに思えてならなかった。

 

   

 

  

   

 

 


  

別に恋でもなんでもない慶次と兼続
これがきっかけで慶次が兼続に本気になったらどうしよう。報われない...

 
北の王国で、あまりにも兼続が謙信公にべったりなのでこっちが恥ずかしくなるくらいでした
なにか困った事があると、自分の内なる謙信公に相談する兼続
謙信公は兼続にとって神様みたいな人で兼続はそれに仕える巫女さんなのです
巫女になるということは神様と婚姻関係を結ぶことだから一度神様に嫁いでしまった兼続はもう誰とも結ばれないの
結果、兼続は若くして寡婦となってしまったわけですが、幸か不幸か謙信公との出会いは早すぎたのかもしれません
もっと兼続の自我が確立してからだったらこれほど呪縛されずに生きれたかもしれないのに