授業中、視線を感じてこっそり振り返るといつもあいつと目が合う。
 あいつは睨みつけるあたしに歯を見せて笑うんだ。

 
 あいつの片目はいつも眼帯で隠されている。小さい頃の病気がもとで失明したのだとか、ただ単に格好付けているだけだとか、いろいろ噂はあるけれどあたしには関係のない話。あの時までは。
 放課後、バイトの時間まで少し間があったので、あたしは教室に残って本を読んでた。
 グラウンドからは部活動に勤しむ青少年達のさわやかなかけ声が響いて来て、それをBGMに静かに読書。ゆったりとしたこの時間があたしは好き。
 それを邪魔しに来たのはあいつ。
 

「お主、恋をしておるだろう。」
 

 ぶしつけな声に頭をあげるとあいつが教室のドアにもたれかかって立っていた。
 なによあんた。さっき、強面のボディガードのお兄さんがお迎えに来て帰ったはずじゃない。
 ちょっと忘れ物をしてな、と言いながらあいつはあたしの側に近付いてくる。
 

「わしにはわかるのだ。その恋は叶わぬぞ。」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ。」
 

 思わず本を放り投げて立ち上がったあたしとあいつは自然、見つめ合う格好になる。決してロマンチックなものではないのよ。これはあれよ。メンチの切り合いってやつよ。
 

「言うたであろうが。わしにはわかるのだ。この目は人に見えぬ物を見る。」
 

 ぐいっと顔を近づけてあいつは右目の眼帯をずらしてみせた。
 そこにあったのは、潰れた目でも、ぽっかりと空いた眼窩でもなく、深い深いブルー、まるで南の国の瑠璃の海のような眼球だった。
 それがあんまり奇麗で、今まで見たどんな宝石よりも透明に輝いていて、あたしはあやうくあいつの言葉を信じそうになってしまったの。
 我を忘れてあたしが瞳に見入っている時、あいつの顔が唐突に視界を塞いだ。
 何が起こったのかわからないうちに、唇に生暖かい感触が触れる。
 そのまま硬直していたのは数秒だったかしら。実際はもっと長く感じられたけど、そのくらいのはずよ。それ以上なんて許さないわ。
 ちきしょう、あいつ。ひとがびっくりして動けないのをいいことにベロチューまでもっていきやがって。
 三成様、初芽は穢されてしまいました。もうお嫁にいけません。なんて可哀想なあたし。あたしは世を儚んで教室の窓枠に手をかけ...。
 

 

 というのはウソで、あたしは口の中に押し込まれたあいつの舌におもいっきり噛み付いてやったんだ。口の中にさび臭い味が広がって気持ち悪いったらありゃしない。
 あいつは飛び退いて、こじゅうろう〜〜(泣)って叫びながら教室から逃げてった。
 ざまあみろ。
 次にあたしに余計なことしたら今度はアソコをかみきってやるんだから。

 

 

 

 

 あたしは、人を殺して産まれて来たの。

 
 もともと身体の弱かったお母様は命と引き換えにあたしを産んだ。
 お母様の顔をあたしは知らないけれど、だんだんお母様に似てくるあたしをお父様は遠ざけている。
 小さい頃は、それでもお父様のお仕事先に同行していたのに、小学校に入った頃からあたしは日本に置いてけぼり。
 “良い子にしていれば早く帰ってくるよ”そんな言葉を信じて、年に何度かしか帰ってこないお父様を一人でじっと待っている。あたしはいつまで“良い子”でいればいいのかしら。そろそろ疲れてしまったわ。
 ワンフロア占有の指紋認証ロックのマンション、なんでも買えるブラックカード(もちろんお父様名義だけど)、おうちのことは全部常駐のお手伝いさんがやってくれる。
 でもあたしの欲しいものはそんなのではないのに。
 お父様、どうぞ初芽を見てください。
 あなたの娘を愛してください。
 初芽は今も世界のどこかを飛び回っているお父様のご健康を心からお祈りしています...。
 

 

 というのはウソで、あのおっさんからは昼夜かまわず顔文字満載のメールが届く。時差とかあるのはわかるけどはっきり言ってうざい。

 

   ぼくのかわいいはつめちゃん(^ε^)=☆今日もごきげんうるわしいかな?
   ぼくはいま、モルジブでお仕事中です(>ε<)
   ここはとてもきれいなところだよ★彡
   今度ははつめちゃんと一緒に来たいな(*´∇`*)
   水着はパパがえらんであげるねv
   ちっちゃいころみたいにふりふりふりるのワンピースもかわいいけど
   まっしろビキニのちょっと大人の魅力なはつめちゃんも見てみたいな(≧▽≦)ゞ
   青い海と青い空、ぼくにむかって走ってくるはつめちゃん、なんてすてきな(きもいので以下略)

  

 どれだけ暇なんだ、あんたの仕事は。
 そんなにあたしと一緒に遊びたかったら、早く帰ってくればいいのにね。

 

 

 

 

 これは恋の媚薬。飲んだ途端、目の前の人を愛す。
 なんて魔法があるはずもなく、マンネリ気味の恋人達が使ういわゆるラブドラッグというやつだ。
 健全な女子高生であるあたしが何故そんな物騒なものを持っているのかはさておき、香りの強いホットチョコレートに融かしてしまえば味も匂いも気付かれない。
 今、この店にいるのはあたしひとり。お客もあの人以外にはいない。
 店長は隣駅前のオフィスまでコーヒーの出前中。バカね。その電話はあたしがかけたのよ。せいぜいありもしないオフィスを探して路頭に迷うがいいわ。
 効果は5分もしないうちに現れた。
 じわじわと身の内を焼く熱に耐えきれなくなったあの人はテーブルに突っ伏してしまった。
 

「どうされました、三成様!」
 

 顔を真っ赤に染めた三成様が吐く息は熱くてとてもくるしそう。
 

「今すぐ楽にして差し上げますわ。」
 

 力の抜けた身体をソファに横たえて、あたしはシャツのボタンをひとつひとつはずしていく。
 ちょっとだけ抵抗があったけど、弱々しいその手を押し戻してシャツを全部はだけてしまうと、露になる三成様の白い肌。
 そこにもう薄くなりかけたのやら、まだ真新しいのやら、うっ血した痣がいくつも点在していた。
 くそっ、あのもみあげヤロウ。
 あたしはちょっと嫉妬して、同じ箇所に吸い付いてやると、くぅん、と可愛らしい声をあげて三成様の喉がしなる。
 

「三成様、どうぞ素直になって。初芽に全てをおまかせください。」
 

 あたしは唇をさらに下へと滑らせていき、ジーンズのジッパーを歯で...。
 

 

 というのはウソで、あたしはあの人のご注文の通りに店長が心を込めて煎れたホットチョコレートをテーブルに運んで行く。
 

「ホットチョコレートでございます。」


 あの人はこのところ夢中になっているマンガから目を離さないまま、うん、と小さく呟いてうなずく。
 もちろん薬なんてはいってないわよ。
 そんなことしなくったって、いつかあたしの魅力でイチコロにしてあげるんだから。

  

  

 
   

     


クラスメイトの伊達君と虎パパ初登場
半分ホントで半分は初芽ちゃんの妄想。どっからどこまでがあれなのかはご想像にお任せします
伊達君は別に初芽ちゃんのことが好きな訳ではありません。小学生並の好奇心でちょっとちょっかいだしてみただけで
初芽ちゃんは殿に対して攻めだった瞬間
こういう子のことをキチデレ(キ○ガイdeデレ)っていうんでしょうか