後宮に幽鬼が出ると言う噂がたった。
暇を持て余した女官達の戯言と放っておいたが、警備に当たる兵の中にまで職を辞したいという者まで現れてはなにがしかの対策を講じなければならない。
そう進言する家臣に曹丕は笑んでみせた。彼特有の、見る者を凍てつかせる微笑みで。
--そこまでのことであれば、お前自身が冥府の王に訴えに行くがよかろう。
若き皇帝の気質をよく知る家臣は頭もあげられぬまま肩を振るわせて退室し、それきり曹丕の前でその話をする者はいなかった。
妃を失って以来、曹丕が決まった女を寵愛することは無い。
褥を暖めるために侍らせることはあっても、用が済めば追い出す。
眠りにつく時はいつも独りだ。
夜も更けた頃、ふいに目覚める。
豪奢な天井の代わりに目に飛び込んでくるのは、女の顔。
曹丕は驚かない。いつものことだ。いつも、独りで眠る曹丕のところへ彼女はやってくる。
仰向けに横たわる曹丕を女は覗き込んでいる。
確かに実感を持って顔に降り掛かる黒髪を掻き分け、そっと彼女の頬に手を伸ばす。
--甄。
女の名を呼んだ。
色の無い唇がほんの少し、ゆるんだ気がした。
--甄。何か語ろうてみよ。お前の声を聞かせてくれ。
けれど何事かを伝えようとして開いた口の中には糠がいっぱいに詰められて、醜く歪んだその顔に地上の月と謳われた生前の面影は無かった。
愛しております、我が君。そう言った口は糠を詰めて塞がせた。
もう嘘を吐けないように。
美しく結い上げていた絹の髪はざんばらのまま櫛を入れることも許さなかった。
もう誰も触れることができないように。
皇帝の妃という身分にふさわしく金糸銀糸に彩られた死装束を飾る事も禁じた。
もうその重みに苦しむことのないように。
幽鬼は人に祟りを成すのだと言うけれど、彼女は何もしない。何も言わない。
できないし、言えないのだ。
彼女の口が塞がれていなければ、きっと彼女はこう言うのだろう。
--もうお許しください。私をお放しください。
こんなことくらいで逃げられると思うのが浅はかなのだと曹丕は思う。
たかだか、死んでみせることくらいで。
彼女を追い払う必要などどこにあろう。
曹丕は今の彼女をとても気に入っている。
身分も無く、何も持たず、そこに居るだけの、ただ一人の女となった彼女を。
もしかしたら彼女が生きていた時よりも。
いろいろ捏造
補足すると、甄皇后が成仏できないのは丕様がそれを許さないからです
北方版の愛憎渦巻く夫婦が好き
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