木枯らしの吹くこの季節、温かなお風呂が恋しくなるのは必然で、まだ日の高いうちからバスルームに入り浸るのが三成の日課になりつつある。
 防水仕様のラジオから流れるFM放送、100%果汁の琥珀に透き通ったリンゴジュース、行きつけのカフェから持ち出した少年マンガを表紙がふやけるのも気にせずに持ち込んで、乳白色の湯に包まれる一人きりのささやかな幸せについつい時間を忘れてしまう。
電灯はつけずに磨りガラスの大きな窓から入る光がオレンジ色に染まる頃、ガチャリ、と玄関の鍵を開ける音が遠くに聞こえた。

 
「さこん?」
 

 今日の恋人は随分帰りが早い。
 せっかく湯上がり卵肌で出迎えてやろうと思ったのに。タイミングがずれた。
 

「殿?どこです?」
 

 足音がゆっくり近付いて。
 

「なんだ、こんな早くからお風呂ですか。」
 

 声はもうドア越しのパウダールーム。
 

「お帰り。お前こそ早かったな。」
 

「出先がこの近くでね、直帰にしちゃいました。」
 

 貴方に会いたくて、なんて台詞を恥ずかしげも無く吐く恋人はドアの隙間から顔をのぞかせて屈託なく笑って言った。
 

「左近もご一緒していいですか?」

 

 

 

 

「こんなにいろいろ持ち込んで..ああ、この本もうべろべろじゃないですか。」
 

 二人で浸かるには流石に狭すぎるバスタブの中、三成の身体は背後から左近の腕にすっぽりと抱きかかえられている。
 

「いいんだ、買って返す。」
 

「これ、けっこう古いですよ。売ってるかな。懐かしいです。学生の頃、よく読んだ。」
 

 そう言って左近は三成の眼の前で湯気に湿ったページをめくってみせた。
 

「ほら、ここで主人公が死んだと思うでしょ。」
 

 肩口に顎を乗せて語りかける声がくすぐったくて、三成は思わず肌を粟立たせた。
 

「でもね、この次の巻で実は..って、殿、聞いてます?」
 

 低く、狭い空間に反響する声が鼓膜を震わせる、その振動が心地よくて。
 

「ねぇ、殿。」
 

「左近、続けてくれ。」
 

 何でもいいから、声を聞かせて。
 恋人の可愛らしい哀願に、唇の端を釣り上げた左近の顔は三成からは見えなかったけれど。
 

「もしかして嫌らしいこと考えてます?」
 

 耳朶を唇で甘噛みされながら、囁く言葉に嬲られて。
 

「やっ...そんな、ことっ。」
 

 ない、なんて言えない。だって。
 

「ここ、こんなになってますけど。」
 

 いつの間にか本から離れた指が、湯の下に隠れていた胸の突起をまさぐる。
 

「や、いや..ぁ。」
 

 平らな皮膚の上にそこだけ固く凝るそこを爪先で形に沿ってなぞって、ゆるく摘まみ上げると三成が子猫のような鳴き声を漏らした。
 

「ずっとお湯につかってましたからね、敏感になってるのかな。」
 

 少し力を込めてすり潰すようにこね回しながら左近はさらに意地悪く問いかけてやる。
 

「こんなに尖らせて、ねぇ、どんな感じなんですか、左近に弄られるのは。」
 

「ひっ...ぁ..ぁ。」
 

 至近距離の唇はだらしなく開かれて吐息を漏らすだけで。
 

「教えてくれないなら。」
 

 動きを止めたままに触れているだけの指。疼いてたまらない箇所への刺激を欲して三成が身をよじる。
 

「シテほしい?」
 

 三成はこくこくと頭を振る。
 

「だったら、ね?左近に教えてくださいよ。どんなふうに気持ちイイのか。」
 

「..触られたところが..びりびりして..」
 

 湯気に消え入りそうな告白。絶え絶えに紡がれるそれに左近は満足げに耳を傾ける。
 

「熱くなって...くすぐったくて..」
 

 言葉が吐き出される度に止まっていた愛撫を再開させてやる。
 

「もっとシテほしくなって...でもっ、」
 

 指の腹でなで回して、安堵したところに皮膚を破る寸前の強さで爪先を立てて。
 

「コレだけじゃ..足り無いんだ、左近..。」
 

 折れそうなくらいに首を曲げて三成が噛みつくように口づける。
 

「左近も、ですよ。」
 

 恋人の痴態は耳にも目にも刺激的で、左近の欲望は随分と前からすっかり首をもたげていた。
 ちょうど三成の下肢にあたっているそれを誇示するように擦り付けてやると、最初は戸惑って引いていた細腰も徐々にそちらからねだるような動きを見せ始める。
 無意識のくせに蠱惑的な仕草で誘われて、それが本人の自覚の無い分たちが悪い。
 意地悪をしているつもりでも結局はいつだって20も年下の恋人の言いなりで、そんな自分が左近は少し情け無くてけれど楽しい。
 

「もう、」
 

「ダメですよ、ここじゃお湯が汚れます。殿はだらしないからすぐ出しちまうでしょう。」

  性急な動作で自らの手で秘所を割り開いて左近のものを飲み込もうとする三成を制して、その両脇に腕を差し込み身体を湯から引き上げる。
 長く浸っていたせいで柔らかくほぐれ、力の入らない三成は成すがまま洗い場に膝をつき、何の抵抗も無く腰だけを高く突き出した姿勢を左近に晒した。
 バスタブの縁につかまらせ、仄紅く染まった背を掴むと左近はもう焦らさない。
 

「ひゃぁっ!」
 

 固く張り詰めた先端が小さな入り口を割り開いて胎内に飲み込まれて行く。
 慎ましやかなくせにどん欲で、狭く締め付けるくせにどこまでも左近を受入れるそこは何度味わっても慣れ飽きるということはない。
 

「...熱い。」
 

 そう呟いた声はどちらのものか。
 熱に浮かされてからっぽになった頭は何の役にも立たず、下肢から伝わる快感に全身を犯される。
 

「さこんっ、さこん..っ。」
 

 必死に名前を呼ぶのは更なる刺激を求めている証拠。左近には彼が何を求めているかなんて簡単に分かってしまう、けれど。
 

「なんですか、何をしてほしいのか、きちんとおっしゃってください。」
 

 再び言葉を求めれば涙をうかべた瞳に恨みがましく睨まれて、左近は余計に昂った。
 

「ほら。」
 

 ぐい、と腰を擦り付けると背骨が切なく波打つ。
 

「ま..え.もっ..前も、触って..っ!」
 

 先程よりは幾分素直に吐き出された懇願に左近はもう焦らすこと無く手を腰骨沿いに這わせ、その先にある欲望を握り込んだ。
 湯よりも熱く、粘度のある液体に濡れそぼったそれは左近の無骨な手の中で健気に震える。
 

「分かります?殿のここ、左近が突くたびにびくびくしてますよ。」
 

 言いながら奥をかき混ぜれば張り詰めた性器はいっそう蜜を溢れさせて左近の手を汚した。
 そうして三成自身の体液で滑りよくなった手を上下させれば後ろはいっそう左近を締め付ける。
 なんだか恋人の身体を使って自慰をしているような、不思議な感覚。
 自分だけが性を覚えたての少年のように加減を忘れて貪ってしまったのかと眼下の恋人を見遣れば、彼もまた左近の手によって拓かれた胸の果実を今度は自らの指で味わっている。
 なんだ、貪欲なのは自分だけではないのだ。
 貪って、貪られながら、左近は欲望の命ずるままに果てを目指した。
 

「さこん、もっ、でる..!」
 

 激しさを隠さない左近の動きに三成が悲鳴じみた嬌声をあげる。
 

「ええ、左近も、じきに。」
 

 そう答えている間にも、限界を超えた三成は左近の手に絞られて熱の塊を吐き出し、左近もまた痙攣する内壁に精を叩き付けた。

 

 

 

 

 気がつけば夕日に包まれていたバスルームからは陽の気配も失せて薄暗くなっている。 すっかりぬるくなった湯に身を浸したまま、二人はゆるく抱き締め合っていた。
 繋がり合った後はいつもこうだ。燃え上がった分だけ、心に残る熾き火。
 快楽の余韻、肉体的な疲労、ちょっとした後悔、そして隙間に入り込んでくる罪悪感。
 男同士のセックスなんて、ただお互いに欲望を吐き出す為にお互いの肉体を利用し合ってるだけなのかもしれない。
 一人でスルのは寂しいし、女相手は何かと面倒くさい。
 未来につながらないその時だけの快楽。でも、自分が気持ちイイだけじゃ満足できなくて相手も一緒に溺れさせたい。
 だから、左近の声があんなに心地よかったのかな。左近もあんなに言葉を欲しがったのかな。
 

「本、すっかり水浸しですね。」
 

「ああ。」
 

 本だけじゃない。ジュースのコップにも湯が飛び散って飲めたもんじゃないし、ラジオは黙りこくったままその存在を忘れ去られている。
 

「お湯、冷めてきましたね。このままじゃ風邪をひく。」
 

「ああ。」
 

 やっばり風呂は一人でゆっくり浸かるに限る、なんて考えている三成の胸の内を読んだかのように左近の腕が軽々とその身体を抱き上げた。
 

「もうあがりましょう?」
 

「...ああ。」
 

 横抱きにされたまま浴室を後にして、リビングのソファーの上に下ろされる。
 帰って来た時に左近がつけておいたらしいエアコンのお陰で素肌のままでも寒くはない。
 

「よく拭かないと。」

 大きなタオルで包みこんで、ごしごしと髪に付いた水滴を拭う手が力強くて、心地良かった。
 

「あとはご自分で。」
 

 一通り拭き取って役目を終えた手が離れていっても三成はまだぼんやりとしていた。
 なかなか働いてくれない頭は湯あたりのせいかもしれない。
 喉、乾いたな。
 とりあえずそんなことを思ってはみたものの、キッチンまで水を汲みに行くのもおっくうで、頼んで持って来てもらおうと左近を呼ぼうとした時。
 

「はい。汗をかいた分、水分をとらないと。」
 

 目の前に差し出されたのはリンゴのジュース。
 薄く色づいて透明な液体はルームライトに照らされてきらきら光るガラスのコップの中でちょうどよく冷えていて、飲み干した側から身体に染み渡っていくみたいだ。
 

「おいしいですか。」
 

 いつの間にか隣に左近が座って飲み干す様を見つめている。
 答える代わりに軽く彼の頬に口づけて、こんな時ばかりは二人も悪くないかな、なんて思ってみる。
 タイミング良く出されたコップ一杯のジュースに釣られてというのはいかにも現金だけれど、これがけっこう大事なことで、ふいに口づけられた左近が驚いたような少し照れくさいようなうれしそうな顔をしているのを見ると、三成もまた驚いて少し照れくさくてそしてやっぱりうれしくなってしまうのだ。

  

  

 
   

     


リンゴジュースはクリアタイプが好きです
目を瞑ってしまえば味の違いはよく分からないんだけれども