夜半過ぎ、眠りについていた左近は腕の中の人の動く気配に目を覚ました。
 

「どうなされた。」
 

 精を吐き尽くして、気を失うように眠りに落ちてしまってからは身じろぎもせずにいたものが今時分になって。無理をさせ過ぎて何か身体に異変でもあったのかと左近は声をかける。
 

「左近...起こしてしまったな。」
 

 小さくかすれた声。少し啼かせすぎたかもしれないと左近は内心哀れに思う。 
 この美しい主人を眼前にするとどうにも加減が効かない。それはこうして数えきれないほどの宵をともにしても少しも変わらなかった。
 すまない、と口にして三成は黙ってしまった。代わりに左近の胸に置かれた手がぎゅっとその襟を握りしめる。
 

「夢をみたのだ。」
 

 しばらく無言でそうしていた三成が独り言のように呟いた。
 世界の、終わりの夢を。

 

 

 

 

恐ろしい夢だった。

 

いずれかの時、どこかの戦場。
戦闘は既に止み、見回せば味方の姿は影も無い。
独り残された三成を何千何万という亡者の群れが取り巻き、口々に叫ぶ。

 

俺を殺したのはお前だ。
返せ。
俺の腕を返せ。
俺の足を返せ。
俺の体を返せ。
俺の命を返せ。

 

恐ろしかったのは亡者達ではない。

亡者の渦のその中に、左近がいた事だ。

 

 

 

 

「左近は、俺を許してくれるだろうか。」
 

 ふいの問いかけに左近は腕の中の主を見下ろした。
 心なしか声が震えている。
 左近のはだけた胸に埋もれているためその表情を確かめる事はできなかったが、幼子が母親にすがるように着物を握った手は指先が白くなるほど強く力がこめられていた。
 

「もしも、もし何か酷いことがあって、俺が左近を傷つけてしまっても。
 左近は俺を許してくれるのだろうか。」
「許しませんな。」
 

 思い掛けない言葉に三成がはっと顔を上げる。
 

「...殿。」
 

 ゆるやかに、叱られた子供に理を諭すように左近は続ける。
 

「左近は、それが殿のご意志ならば何をなさろうとも怒りもしません。
 お恨みもいたしません。」
 

 だから“許す”などということは必要ないでしょう、と。
 三成は答えなかった。代わりに襟を握っていた手が左近の背に回される。その仕草に主人の薄い肩がいっそう儚く見えて、左近もまた小さな頭を抱きしめる。
 

「さぁ、もう安心してお休みください、殿。
 左近がこうしておりますから。」
 

 こくり、と頷いて三成は瞼を閉じた。
 やがて背に回された腕から力が抜け、規則正しい寝息が聞こえてくる。それを確認してから左近もまた眠りに落ちた。
 このまま、こうして夢に堕ちてしまえば今度は同じ世界をみる事ができるだろうか。
 今は腕の中の、この愛しい主人が夢の中でも孤りではありませんように。そう願って。

 

 

 

 

 夢の続きは左近に訪れた。

  

 いずれかの時、どこかの戦場。
 戦闘は既に止み、見回せば味方の姿は影も無い。
 何千何万という亡者の群れが口々に呪いの言葉を吐きながら、独り取り残された三成を取り囲もうと歩み寄る。 
 止めなければ。
 いや、この数では。それより先に三成を助けなければ。
 左近は波打つ亡者たちを大刀で凪ぎ払い三成に近づこうと試みる。
 その間にも三成を取り囲む亡者の輪は次第に狭まっていく。
 命を求める無数の手に三成の姿が飲み込まれそうになったその時。
 

「殿!!」
 

 左近は力の限り叫び、その人の名を呼んだ。
 三成が振り返る。その顔が絶望から笑みへと変わる。
 

「殿!左近の腕に!!」
 

 これ以上は伸びぬというところまで腕を伸ばし、三成を求める。
 

「左近!」
 

 三成も同様に手を伸ばす。二人の指先が触れ合う。
 

「殿!」
 

 左近の手が三成のそれをしっかりと掴み、三成の身体は亡者の渦から引き上げられた。
 この手はもう離さない。
 温かなこの手だけは。

  

 世界がたとえ、終わりを告げても。

 

 

 

  

  

  

 

  


  

なりきれていませんが、関ヶ原追悼にあたって
その戦いがどうしようもない歴史の流れだったとしても
その後の世界を形作るのに必要な通過儀礼だったとしても
やっぱり切なくなります
甘い考えなのかもしれないけど、
もっと人の死なない方法はなかったのかと思ってしまいます
戦はもうやめじゃ!ノーモア関ヶ原!!