『ねえ、君。
 真に美しい人形があるとすれば、それは魂を持たない生身のことなのだろうね。』

 

 

 

 

 ろうそく一本の灯火だけを頼りに石造り階段を降りて行く。
 一段毎に辺りの空気は湿り気を増して黴臭い。
 城の最下層、形ばかり畳が敷かれ、身分ある者を閉じ込めるために作られた座敷牢。
 一日の執務を終え、家人の寝静まった頃を見計らってそこを尋ねること。それが三成の日課になって幾月か。
 足音も無く歩む三成の顔はほんのりと上気し、平素横柄者と呼ばれる彼には似つかわしくない機嫌の良い笑みさえ浮かんでいた。
 行き着いた先、白木の格子の中、人目から遠ざけられて彼は居る。
 明かりを与えられることもなく、闇にぼんやりと浮かぶ白い単衣は半ば着崩れて、壁にもたれて足を投げ出して座す姿からは、命ある者が持つ生気というものが感じられない。
 火を燭台に移し、朧な灯のもとで三成はその男の顎に手を添えた。

 
「左近。」
 

 名を呼んで、結われもせずに肩に落ちた真黒に長い髪を一筋、手に取って口づける。
 また少し頬が痩けただろうか。
 真っすぐに、けれど何物をも写すことなくぽっかりと開かれた瞳に、自分の姿が宿るのを見ながら三成は思った。
 自力では食を摂ることも出来ず、こうして日がな一日陽の当たらない地下でろくに身動きもせずにおれば当たり前のことだ。大刀を軽々と自在に振るっていた筋肉は幾分落ちてきている。襟の間に覗く胸板もかつてはそこに顔を埋めたいと夢にまで見たときのようには形を留めていない。
 そういえば、彼は自分より二十も年かさなのだっけ。
 彼の快活な性格と生命にみなぎる働きにそれを意識したことなど無かった。
 浮き出した肋骨を指先で辿りながら、乾いた皮膚の感触に彼の生きて来た時の長さを思う。
 

「左近。」
 

 その時間の、どれだけを彼は自分に費やしたのだろう。
 自分は彼が人生を捧げる主君として足りうる人物だっただろうか。
 

「左近。」
 

 耳朶に立てた歯を次第に下ろし首筋にその跡が刻まれても、彼は身じろぎ一つしない。できない。
 

「左近。」
 

 返事の無いことを分かって名を呼ぶのは自分の為。
 この、心の抜け落ちた身体が今は自分だけの物であることを思い知る為。
 舌先を尖らせて、胸に刻まれた骨と骨の間をなぞってやる。
 くすんだ色の肌の下に水晶のような骨格が隠されているのかと思うと、三成はたまらない気持ちになるのだ。いっそ、皮膚も肉も諸共に喰いちぎり直に味わってやりたいと願うほどに。
 こんなふうに考えるようになったのは彼が心を失ってから。
 甘い睦言も、優しい仕草も、もう永遠に得られないと知ってから。
 それから、ことさらに三成は彼を欲するようになった自分に気付いた。
 浅ましい感情だとわかってはいる。わかってはいても止められない。だからこうして夜毎通う。
 

「左近。お前がこうなってしまって」
 

 緩く結ばれた帯に手をかけ、下肢を暴いて。
 

「俺は」
 

 晒された性器に唇を寄せる。
 

「とても」
 

 彼に、そうしてほしかったように。
 

「とても、」
 

 舌を這わす。
 

「幸せなのだよ。」

 

 

 

 

 毒の杯を受けるの俺のはずだった。
 年始の祝いにと、古狸の差し出す杯をただの奉行に過ぎぬ俺が断れるはずも無く、情勢の定まらぬ今、ここで徳川を完全に敵に回すわけにもいかず。
 それをこの勘のきく家老が横から止めた。
 主人はお身体の調子がすぐれませんで、匙より酒を止められておりまする。
 せっかくの内府殿の杯、この左近が代わって是非に頂戴したく存じます。
 まったく忠義なんてくだらない。
 お前のそれは俺をいつも苦しめる。
 そしてお前は俺の見ている前でその杯を煽ってしまった。
 屋敷に戻って、ほどなく異変は現れた。
 私室に差し向かい合っていくつか政の話をして。少し目眩がすると言ったお前に俺はもう下がれと言ったんだ。狸の杯など受けるからあやつの毒気に当てられたのだと、それは冗談のはずだった。
 そうですな。では、左近はこれにて。
いつものようにからからと笑って、立ち上がろうとしたお前の身体が崩れ落ちるのを俺は支えることさえせずに。
 左近、俺は笑っていたんだ。
 お前が崩れ落ちるのを見て俺は笑っていたんだよ。

 

 

それは毒の杯
身は生きたままに、心を殺す恐ろしい毒

 

 

 閉じられること無く、もう何も見ていない瞳を見下ろして、目の前の奇跡に俺は生まれてから一度も祈ったことのない神とやらに感謝した。
 左近。
 今までどうしたって何も掴めなかったこの手にお前が堕ちてくるのを、俺はどれほど待ち詫びたことか。

 

 

 

 

 刺激を加えれば、素直に変化を示す性器。
 それがただの生理的な反応にすぎないとわかってはいても、彼に昂りを与えたのが自分であることに三成は満足する。
 ふっ、と頭上の唇が熱い吐息を漏らす。
 その凍り付いた表情は少しも歪むことがなかったけれど、荒くなりつつある呼吸は男ながらに、いいや同じ性を持つ者だからこそ艶かしく感じられる。
 

「しばし..待て。」
 

 性器から唇を外し、三成は用意して来た軟膏を指に掬った。
 邪魔な下帯はここに来る前に外して来た。
 人為的にぬめる指で自らの後孔を辿り、三成は意を決したように指先を内部に差し入れる。
 

「んっ...。」
 

 ぐちぐちと音を立てて指を遊ばせる。
 割り開き、こね回し、擦り上げ。
 そうしているうちに慣れた粘膜が記憶を取り戻す。
 すっかりそこが緩んだ頃、三成の吐く息もまた熱に犯されていた。
 もう欲しい。指だけでは足りない。もっと固くて大きなものでめちゃくちゃに壊されたい。
 彼の前では欲望を隠す必要は無かった。
 誰も見ている者はいない。
 彼さえもが、自分のこの欲にまみれた姿を映してはいない。
 三成の前は既にぴんと立ち上がってだらだらと先走りを漏らしている。若い幹を伝って流れ落ちる露は左近の下生えを濡らし灯火に照り輝いた。
 その左近の腹に先端を擦り付けながら、三成は彼の首にすがる。
 太腿の上に膝建ちにまたがり、位置を確かめながらゆっくりと腰を落としていく。
 こうなってからほとんど毎晩のように受入れて来たものだけど、その質量に馴染むということは無く、急いては怪我をしかねない。痛みというものは既に古くからの友のようだったけど、そんなことで彼を受入れられなくなってしまっては耐えられない。だから、三成は慎重に行為を進める。
 

「あぅんっ..さこん..。」
 

 何度も膝を折ってしまいそうになりながら、愛しいものを体内に受入れる。
 ずぶずふと内臓を浸食される感覚が背骨を貫き、達しそうになるのを寸でのところで堪えた。
 やっと全てを銜え込み、三成はぶるりと大きく身を震わせた。
 大波のような充足感が全身を満たす。
 けれどそれもつかの間のこと。
 どん欲な内壁がさらなる刺激を求めて蠢くのを三成自身も止めることができない。
 

「もっと...もっと..ほし..ぃ。」
 

 ため息を漏らすように呟き、腰を上下させれば中のむき出しの粘膜が強く擦られて強い痺れが身を焼いた。
 そこに触れられればたまらぬという箇所が内にあることを三成は左近とのこの行為を通して学び知った。性器を身体の中から強く揉みしだくように、左近の先端を使ってそこを虐めていく。
 その度にじんじんと熱が沸き起こり、腰が砕けてしまいそうになるけれど、止めることなどできるはずもなく。
 

「ひぁっ、壊れそぅっ..。」
 

 過ぎた快楽にぽろぽろと歓喜の涙を流しながら三成は自ら性器を握りしめ、強く扱いた。
 閉じることを忘れた口からはひっきりなしにはしたない喘ぎ声と、涎がこぼれ落ちて、これではわずかな銭で男に身をひさぐ遊女のようではないか。
 自分の身代わりとなってこのような姿に成り果てた忠実な家臣の身体をさらに蹂躙するようなこの行為。どん欲な面をむき出しにした卑しい自分の姿を思い浮かべて、絶望に浸るには三成はこの悦の深みに浸りすぎていた。
 地位も。財産も。理性さえも。今は全てをなげうっても、この蜜月を手放したくはない。
 誰にも邪魔させない。
 誰にも渡さない。
 骨の髄までしゃぶり尽くさんばかりに三成の腰の動きは激しさを増し、その手は頂点を求める。
 

「んぁぁぁッ...!」
 

 与えられる衝撃のままにがくがくと揺れる左近の唇に噛み付くようにくちづけ、冷たい皮膚の内側、熱い口内を貪りながら三成は果てを迎えた。
 手のひらに吐き出した精を掬い取り、解放されて半分開いたままの口に差し込む。 
 左近は、今や三成の性玩具としてのみ生を許されたこの人形は何をされても抗う術を持たない。どれほど三成が喰い散らかしても、貪り尽くしても、惜しみなく身体を明け渡す。
 広い舌で指先を拭いながらくすくすと三成は嗤った。
 なんて可愛らしい俺の人形。
 お前は俺のものなのに、決して俺を見ようとしない。
 なんて愛しく憎らしい。
 心なんていらない。手に入らないのなら最初から無いほうがいい。
 嗤いは水面に波紋の広がるようにどこまでも途切れることがなかった。

 

 


久しぶりに元の時代に戻ったら左近が酷いことに...ひー
ぶちキレ襲い受け殿
つづく!(の?)