--叡をお返しくださいませ。
 
 組み敷いた身体が震える声を絞り出す。
 いかにもか弱き深窓の令閨といった風情に可笑しくなり、曹丕は口の端を歪ませた。ほんの数刻前までは死屍累々に囲まれて笛の音を響かせていたものが何を、と。

 --一日、いいえ一刻で良いのです。我が子をこの手に抱かせてくださいませ。
 
 言われてやっと、曹丕は彼女が産み落とした子を産室で取り上げたきりにしておいたのを思い出した。

--乳が張るのです。痛みに眠れぬ夜もございます。

 一度でいい。叡に含ませてやりとうございます。
 珍しく、女はなおも追いすがってきた。
 そういえば女が何かを強請ったことなどこれまでに無かった。着物も宝飾も地位もこれより上は無いという物を与えてきたはずだ。
 曹丕は自ら望みを口にするような女は嫌いだった。故に彼女には与えた。

--ならぬ。叡は、郭が育てる。
 
 こともなげに出た他の妻の名に、わずかに女の肩が震えた気がした。

--お前は私の傍らにあるのだ。戦場で子は育てられまい。

 それで女は諦めたようだった。身体の力が抜けたのが指先に伝わる。
 張る、と女が言った乳房に舌を這わせれば確かに腫れているかもしれない。
 臨月が近づいてからは膨らんだ腹が気味悪くて近づく事もしなかったが、こうして久方ぶりに戦場に召してみれば何も変わってはいない。母親になれば顔が少し和らぐものだと話には聞いていたが、歪めてしまえばそれも判別つき難い。
 はたして、乳母の腕の中で泣き叫んでいた、自分と似ても似つかぬ赤子は本当にこの女の腹から生まれてきたのだろうかとさえ思う。
 盛り上がった肉に指先を食い込ませると、あっ、と小さく悲鳴が上がった。
 嗚咽とも嬌声とも付かない声をさらに欲して、曹丕はその先を強く吸ってやった。
 ほのかに甘みのある液体が口の中に流れ込む。
 ああ、どこかで記憶のある味だ、と思ったがそれは至極当然のことだと思い直した。

--うれしかろうが。いずれはお前の子が帝位につくのだ。

 意外にさらりとした液体が口の端から落ちて、女の白い腹に融けた。
 見上げれば大きな瞳からはらはらと涙がこぼれていた。長いまつげに雫が乗って、朝露のようだ。

--もっと、泣け。

 

 もっと、見ていたい。

 

 美しい物を独占したいと思う気持ちは人なら誰もが持っている。曹丕のそれは常人より少し強いだけだ。
 よく泣く女だ、言ったら皆が驚くだろう。
 夫に置き去りにされていたのを、まだきな臭い城の一室で犯してやった時も。
 もう血を見るのは嫌だと言うのを、引きずるようにして戦場に伴った時も。
 よくもまあ目が腐れ落ちぬ物だと笑ってやったほど、この女は泣いてばかりいたのだ。
 そのくせ武具を握らせて戦場に立たせればけろりと忘れたような顔をして人を殺す。

 

--血も涙も無い女だ。

--太子とは似合いのご夫婦だ。

 

 陰で誰もが囁いている。

--私はな、お前の涙が好きなのだ。

 目元を舌でぬぐってやる。
 見下ろした唇からは押し殺した嗚咽が続いている。

 

 

 戦場では鬼女のごときお前の、涙が愛おしいのだ。
 私だけが見る事の出来る、この涙が愛おしいのだ。

 

  

 

 誰にも見せてやるものかと曹丕は妻の柔らかな肌に歯を立てた。

 

 

 

 


サディスティック曹丕様
一応無双設定ですが、北方、蒼天でも良さそうな
これでも曹丕様は奥様を愛しておられるのですよ。愛情表現がアレなだけで