『夢を喰うもの』
 
  
その動物の名は「獏」ともいい、また、「しろきなかつかみ」ともいう
とくべつの役柄は、夢を食うことである
 
  

  
   

 
 ある夜のことでした。
 このお城に仕えているご家老は、宿直に与えられた一室でふと寝苦しさに目を覚ましました。
 何気なく枕元を見遣るとにそこに立つ影があります。
 この時分に猫でも迷い込んだのかと灯の無い部屋でよくよく目を凝らせば、それは猫よりもはるかに大きな四つ足の生き物でした。その形は猪よりも丸く、鼻は長く、足は短く、また全身が白く仄かに照り輝き、今までに見知ったどの獣にも似てはいないのでした。
 生き物はご家老に語りかけました。
 
--ご家老様。私は獏です。
 
 獣が人語を語る不思議もさることながら、その声はたおやかな女人のものでありました。
 
--私は夢を喰らうことを生きる糧としております。
 このお城のお殿様の見る夢は、とても清らかで清々しく、乾いた喉にしみ込む甘露のようでした。
 ところが貴方がいらっしゃってからというもの、お殿様は夢をご覧にならなくなりました。おかげで私はとても飢えております。
 もしや、貴方があの方の夢を食べてしまわれているのではありますまいか。
 
 ご家老は獏がお殿様のことを語るのを聞き、顔には出さずにいたものの内心どきりといたしました。何せ、寝入る前にもそのお殿様お部屋を辞して来たばかりなのです。 
 獏はどうやら、ご家老と殿様が密かに睦みあう間柄であることを知っているようでした。
 ご家老様は少し考えてこう答えました。
 
--獏殿、それではこの左近の夢をお召しになると良い。殿とこの私の二人分の夢、さぞや美味でありましょう。

 
--ではご家老様、明日の宵、貴方の夢を食べに参ります。 
 次の朝、目覚めても見た夢を覚えていらっしゃらなければ、それが私が来た証と思ってくださいませ。
 
 そう言い残すと獏は窓からするりと抜け出て姿を消していったのです。

 
  
  

 
 さて、次の晩、ご家老はいつになく深い眠りを味わいました。普段は寝入っててはいても万が一に備えどこかしらに意識を残しておいているものですが、この晩はまるで気を失っていたかのように布団に入ってから目を覚ますまでの時が掻き消えているのです。
 その時まであの獏のことは眠りの間の夢と半信半疑であったご家老もこれはもしや、と思い、その晩は寝らずに獏の訪れを待ったのです。
 獏はご家老の思惑通り再び現れました。
 
--やあ。獏殿。
 昨晩の夢はいかがでございましたか?お口にあいましたでしょうな?
 
 自信たっぷりに言うご家老に獏は苦笑して言いました。
 
--貴方の夢は大層不味い。
 
 そうして困ったように鼻を唸らせました。
 
--どうも貴方の夢には邪が多いようです。私の口にはあいません。
 私は他を探すことにいたします。
 しかしてこの乱世、あの方のような清い夢の持ち主が見つかりますかどうか。
 その夢を毎夜喰ろうているあなた様をうらやましく存じ上げます。
 さようならご家老様。どうぞご主君を大切に。
 
 一礼すると獏は城の壁を蹴って飛び去ってしまいました。
 残されたご家老は不思議な面持ちで、そっと自分の胸を撫でてみました。
 獏の言うことが真であればそこに自分のものばかりか、あの怪異の生き物ですら手に入れられなかった愛しい主君の夢が我が物として詰まっている。
 そう思うとたまらぬ優越に自然と緩む頬を押さえられないのでした。

  

   

 

  

  

   

 

  


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