「左近、どうやら俺の指は飴になってしまったようだ。」
 
 いつもと変わらぬ愛想のない顔で、主人がそんなことをいうものだから左近は一瞬言葉を失った。
 さて我が殿はこのような戯言を唐突に口にするような人であったか。
 はあ、とまぬけな声で答えた左近に、三成は片眉を吊り上げる。

「嘘ではない。お前は主人を疑うのか。」

「いいえ、滅相も無い。」

 左近は慌てて首を振った。

「ならば舐めてみよ。」

 それ、と差し出された三成の右の手に左近は半信半疑で近付く。
 見た目は常と変わらない。
 顔を寄せて匂いを確かめてみるとほのかに花のような香りが漂うが、しかしそれは主人自身の肌から発せられるもののような気もする。

「はやく。」

 苛立ちはじめた主人に促されて舌を這わせてみた指先は確かに強い甘みを放ち、確かに彼の言うように飴のような味がする。
 彼の言葉は嘘ではなかったのだ。

「不思議なものだろう。」

 目を白黒させる左近に、三成は得意げな顔をしてみせた。
 そうして左近の唾液で濡れた指をそのまま自らの口元に運んで舐めながら言う。

「数日前のことだ。俺は書き物をしていた。
 仕上げねばならない期日が迫っていたせいで我知らず夢中になっていたのだろう。
 朝から何もて食べていないのに気づいたのはもう日も傾き始めた頃だった。
 何度か小姓に声を掛けられていた気もするが耳には入っていなかった。
 何か口にするものはないかと辺りを見回したがめぼしい物は無い。
 人を呼ぶのも面倒で、仕方なしに俺は自分の指を銜えてみた。
 幼い時分、寺に預けられたばかりの頃は粥ばかりの食事がひもじくてよくそのようにしては飢えを紛らわせていたからな。
 墨の匂いの染みた指を銜えているうちに、ふいに仄かに甘い味がし始めた。
 不思議に思って口から指を出してみると味は消えてなくなる。
 もう一度指を含むと、甘みは前より強く口の中に広がった。
 俺とて未だ信じ難い事であるが、甘みを発していたのは俺自身の指だったのだ。
 これは便利な物だと、夢中になって俺はそれを味わっていた。
 それから口から取り出した指を見て愕然とした。
 俺の人差し指は先が一寸ばかり、すっかり欠けてしまっていたのだ。
 それこそ、飴のように溶けてしまったのだよ。
 減った指は、放っておけば翌朝には元に戻っている。
 しかし再生するのはどうやら一寸ばかりが限界らしい。」

「それを過ぎればどうなります」

 訝しげに尋ねる左近に、三成は袖の中にあった左の手をひらひらと振ってみせた。
 よくよく見ればその手は小指が付け根のあたりから先がすっかり消え失せている。

「殿!」

「見ての通りだ。
 度を誤れば俺はいずれ手足を失うことになろうな。」

 薄く笑ってみせる三成は、それをたいしたこととは思っていないようだった。

 

 

 

 

 元々三成は己の身体への執着が薄いように、左近には思えた。
 体力も無いくせに徹夜を続けて身体を壊す。
 戦で受けた傷を放っておいて膿ませてしまう。
 身体などは最低限動けば良い道具にすぎぬとそう考えている節がある。
 だから己が身をぞんざいに扱って平気でいる。
 それが左近には我慢ならない。
 これほど美しい生き物が、自らを痛めつけていくのをただ見ているのはもどかしかった。
 指のことにしてもそうだ。
 男にしては白く武士にしては細い主人の指を、左近は常々まるで飴細工のようだと思っていた。
 けれどそれが本当になってしまうなど、誰が想像していただろう。
 さらには変化は正確には手だけに現れたわけではなかった。
 三成の身体は末端から徐々に変化し始めているようであった。
 例えば脚の指がそうだ。
 耳たぶの端からも薄く甘みを感じる事がある。
 日常の生活に支障があるわけではない。
 変質した部分もそれまでと変わりなく動かすことができるし、常と変わらぬ感覚も持ち合わせ、いいや常よりも敏感になっているらしい。
 それを左近はひとつひとつ確かめた。
 夜毎の閨の中、自らの舌で。
 丁寧に時間をかけて慈しみながら。

 

 

 

 

 ひとさし指の先、神経質に短く切りそろえられた爪と色の薄い肉の隙間に舌先を差し込むと、主人の背がいびつに歪む。

「さこん。」

 名を呼ぶ声は吐息に変わり、細められた瞳が潤み始める。
 もっと、というように指がより深く咥内に侵入してくる。
 ざらつく舌の上を撫でるそれを、左近は唇をすぼめて強く吸いあげた。

「あぁっ、んーっ..!」

 うねりを繰り返していた身体が仰け反りって離れても、指は決して左近の中から出て行こうとはしない。

--もっと、もっと。

 ぱくぱくと開閉を繰り返すだけの唇はそう訴える。
 左近は残りの指を順に舐めとっていく。
 三成の手は小さい。
 五指をまとめてすぼめれば、左近の大きく開いた口にすっぽりと収まってしまう。
 強く満ちる三成の味に後から後から唾が沸くがそれを飲み込む余裕は無い。
 溢れかえる唾液で顎から喉元までを濡らしながら主人の指にむしゃぶりつく左近の顔は浅ましい。
 まるで野良犬か餓鬼のようだと思いながら、三成はそれを陶然と見つめていた。
 この男の、こんな顔は大層そそる。
 これまでの主従の閨はどちらかといえば淡白なほうだった。
 左近に身を任せるのは不快ではなかったが、いつもどこかで三成は没頭しきれずにいた。
 それが今はどうだろう。
 たかだか指を舐めるだけのことにだいの大人がふたり、前後不覚に溺れている。
 いや、ただ舐められるのとは訳が違う。
 変質した箇所に舌が這い嬲られて溶けて流れ出していく瞬間は、全身が痺れるよう快楽を三成にもたらす。
 この悦には果てが無く、絶頂だけが永遠に続く射精に似ている。
 悶え狂う三成の様を目の当たりにする左近にとってもそれは同じで、確かに感じる甘い味もこの媚態も、一度知ってしまえば常の交わりに戻る気などおこらなかった。
 際限なく味わいたいと願いながらも、過ぎれば取り返しのつかない事になるのはわかっている。
 左近は仕方なしに手を吐き出し、代わりに床に投げ出された脚を掴みあげた。

「駄目だ、左近。
 そこっ、そんなところ、駄目。」

 頭上のあたりで三成の困惑する声が聞こえたが止める気はない。
 まっすぐに伸びた親指にべろりと舌を押し付ける。
 脚の指は流石に自分で舐めることが出来ないようで、手よりもさらに感度が良いことを左近はよく知っている。

「ぁあ..いやだ..さこん。」

 弱々しく懇願する言葉は本心ではない。
 解放されたばかりの三成の指は自らの脚の間を彷徨っている。
 足先から駆け上った快楽はそこに蟠(わだかま)って熱を孕んでいる。
 たまらずに夜着の裾を割って現れた下履きはしとどに濡れて、雄の匂いを濃く漂わせていた。
 自らの匂いに煽られるように、三成は兆したものをもどかしげに取り出してがむしゃらになって扱き立てる。
 もはや戸惑いも羞恥もない動物的で稚拙な仕草。
 三成の細い腰が激しく揺れて、褥を乱す。

「さこん、さこん、」

 悲鳴のように名を呼びながら首を振る。
 流石に限界が近いのだろう。
 ひくひくと痙攣して耐える薄い腹がいっそ哀れだ。
 そろそろ終わりにしてやろう。
 左近は親指の根元からすっぽりと口に含み、前歯で弱く食みながら強く吸い上げた。

「ひぃ..ぁっ!!」

 三成の喉がぐんとしなり、限界まで張り詰めていたものが白い精を吹き上げる。
 それは小刻みに何度か続き、最後に大きく肩を振るわせて三成は褥の上に仰向けに倒れ込んだ。

「殿?」

 開けた胸を激しく上下させる三成の顔を、左近は覗きこんだ。
 三成はしばし放心していたようだったが、汗で額に張り付いた髪をのけてやるとゆっくりとこちらを見た。

「さこん。」

 ゆっくりと下瞼を持ち上げて三成が微笑みを作ると、瞳いっぱいに溜まっていた涙が目尻から流れ落ちる。

--左近、まだ足り無い。

 ため息と共に漏らされた言葉に、左近はほとんど衝動的に手にしたままの踵に齧りついた。

 

 

 

 

 しばらくして、三成は床に着いたきりになった。
 それでも仕事に熱心なこの主君は毎朝、次の間に家臣たちを集め自ら命を下す。
 家臣たちからは薄暗い部屋の奥に横たわる三成の姿ははっきりとは見えない。
 しかし凛としたその声と、布団から僅かに覗く白い顔は確かに主人のものであり、話す事にもおかしなところはなにひとつ無かったので三成の病を疑う者はいなかった。
 三成の傍らには常に筆頭家老の左近が付き添っている。
 家臣たち相手に話に熱が入るあまり三成が思わず床の中から身を乗り出そうとすると、それを左近はやんわりと押しとどめる。

「殿、それ以上はお身体に障ります。
 お前たちは下がれ。足りぬところは追って沙汰する。」

 そう言われれば家臣たちは黙って引き下がるより他に無い。
 人の気配が消えたことを確かめて、左近は乱れた布団をめくりあげた。
 その中に包まれているはずの主人の手足は跡形も無い。
 左近と三成自身が全て舐め尽くしてしまった。
 あの味と、それがもたらす快楽に抗う事は難しかった。
 これ以上してはならない。
 これ以上は元に戻らなくなる。
 何度も思った。
 やめなければと思えば思うほどあの味が忘れられなくなり、いつしか昼夜を忘れて貪るようになっていた。
 一日置けば元に戻ることもわかっていたが、その一日が我慢ならない。
 せめて三成自身が拒絶すればどうにかなったのかもしれないが、彼自身が虜と成り果ててむしろ行為をせがむ始末。
 手足を失って、胴と首だけで床に転がる三成はしかし決して人形ではない。

「左近。」

「いけません。もう、いけません。」

 頭を振る左近を彼は目線だけで支配する。
 薄く笑って舌を突き出されれば、自然それに引き寄せられる。
 唇で差し挟んで吸い上げるとあの味が咥内に流れ込んでくる。
 この頃はこんな場所にまで浸食が進んでいるのだ。
 声まで失ったら、その先はどうなるのだろう。
 自分が主人をすっかり喰い尽くしてしまうのも時間の問題だろうと左近は思う。
 どこを最後に残して味わうか、そんなことを考えながら左近は主人の舌に食らい付いた。

  

   

 

  

  

   

 

  


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