きらびやかで騒々しい街にはすぐに嫌気がさして、少しでも人のいないところ、こんな季節はさぞや閑散としているだろうと逃げ込んだ高層ビルの中の水族館。
 ところがここもご多分に漏れずカップルや親子連れでにぎわっていて、三成の眉間に寄せられたままの皺に左近はため息を漏らす。
 こんなことなら近所のカフェでのんびりコーヒーでも飲んでいればよかった。
 二人きりにはなれないにしても、恋人のくつろいだ笑顔を隣に見ることはできたはずなのに。
 せっかくの休みにお互いのプレゼントでも選ぼうなんて買物に誘った自分も悪いが、どこにいっても人が居るのは仕方がない。
 何故なら世の中は、クリスマス、という大イベントの真っ最中なのだから。

 

 

 

 暗い館内に巨大な水槽だけが照らし出されるのを時々立ち止まって眺めては緩慢に移動する人の群れ。
 その中で決してはぐれてしまわないように三成は恋人の腕にしがみつく。
 絡ませる、なんて甘さも無く取り縋るスカイブルーの手袋。

「ほら、きれいですよ。見てみて。」

 その張り詰めて行く神経を少しでも解きほぐそうと左近の指差した先、分厚いガラスの向こうには一面に色とりどりの紙切れのような魚の群れ。

「熱帯魚..。」

 人工的な海水。ここにいるはずのない、遠い国の海の生き物。
 どこにも行けないということの、絶望と安堵。

 青い水を見つめていたら息が苦しくなってくる。
 人いきれと効きすぎる空調が追い打ちをかけて、辺りの酸素が薄くなっているような気すらした。

「左近、左近。」

 傍目には夢中に見入っているように思えた三成が、額を水槽に擦り付けんばかりに近寄せたまま袖をひく。
 なにかと思って顔を寄せると、耳元にそっと近付いた唇が秘密を打ち明けるように囁いた。

「どうしよう、左近。ここから、たすけて。」

 

 

 

 逃避行さながらに急ぎ足で水族館を出て、飛び乗ったエレベーターが自分たち以外に人の居ないのをいいことに三成は自分から噛み付くようにキスをした。
 三成のキスは相変わらずへたくそだ。
 特にこんなふうに余裕の無い時には気持ちばかりが焦って、がっついて、ぶつかる前歯がガチガチと鳴る。
 舌をからませようとしてまさぐるのがどうにも上手くいかず、唾液ばかりがだらだらと溢れてそれを左近が親指でぬぐってやった丁度その時にドアが開いた。
 どこか手近な場所で落ち着かせようと左近は考えて、こんな日にはやっぱり街中のホテルはカップルで埋まっているのかもしれないと思い至る。果たして飛び込みで空いている部屋があるものかどうか。

「左近、こっちだ。」

 携帯を取り出そうとしていると、ビルの出入り口とは逆の方向に腕をひかれた。
 そのままぐいぐいと、こんなにも切羽詰まって強引な三成を左近は知らない。
 行き着いた先は地下街の外れのトイレ。
 人影もないその奥の個室に二人は身体を滑り込ませる。
 後ろ手に鍵をかける左近にしがみつくようにして三成は再び唇を押し付けてくる。
 左近の骨の硬い頬を手袋をしたままの手で挟み込んで、逃げることのできないように。

「ダメですよ、こんなところじゃあできない。」

 力任せに引き剥がして言い聞かせても、まったく耳に入っていないといった様子で三成は左近のコートの前を開けさせようとジッパーやボタンと格闘している。

「一体なんです、ちょっと落ち着いて。」

「左近が悪いんだ。あんなとこ、連れて行くから。」

 言葉の合間にはぁはぁと聞こえる吐息がやけに熱い。
 こうなっては始末に終えないと左近は半ば諦めた。
 恋人の言い出したらきかない性分はよく知っている。
 それにしたって好奇心おう盛な青少年でもあるまいし、この年になってなんだってこんなところで。
 じめじめと薄暗く湿気っていて決して清潔とはいえない。
 人通りの少ないところに在るせいか今のところ他の人間の気配はしないがいつ誰が入って来てもおかしくはない場所。
 長居をする気はもちろん無く、一度出させてしまえば落ち着くだろうと左近は仕方なしに手探りでベルトのバックルに触れた。

「なんだ、待てなかったんですか。」


 たどり着いたそこはもう三成自身の手でくつろげられていて、おまけにべとべとに濡れていた。
 不器用に動く細い指をまるごと包込んで扱き上げてやると、あ、とか、う、とか、喉の奥から潰れたうめき声を漏らしながら三成は気持ち良さそうに目を閉じてすっかり愛撫に溺れている。

「だめ..さこん。でる。いく。」

 皺の寄ったボトムをもつれさせたまま、がくがくと震える膝は使い物にならず三成の身体は壁に寄りかかったまま崩れ落ちそうになる。
 それを片手で支えて、握り込んだ方の手に力を込めた。

「あ..ぁ..やっ。」

 びくり、と目の前の肩が大きく震えて、掌に熱いものを感じた瞬間にさらに追い打ちをかけるようにいっそう強く握ってやると、

「い゛っ..た.ぁっ..!」

 目を大きく見開いて小さく叫び声をあげ、三成はそれきりくったりと左近の胸に頭を預けた。
 これくらいしてやれば十分だろう。
 汚れてしまった手と下半身を拭おうとする左近を、顔を埋めたままで三成が呼び止める。

「まだ。まだ、だ。左近。」

「殿...?」

 形の良い額に汗を浮かべたままで、三成の指はまだ下肢をまさぐっていた。

「はやく、左近、中に欲しい。」

 自分の吐き出したものを絡めて後ろに運びながら、ため息をつくように三成は哀願した。

「本当に一体どうしたっていうんです。」

 情欲に息を弾ませる三成はあの水槽の中で泳ぐ魚のようだった。
 色とりどりのひれを水の中でたなびかせライトに鱗を光らせて、まるで幻のように。
 こんなに近くにあるのに触れられない。
 触れているのにとても遠い。
 そんなことをどこかぼんやりと考えていた左近に焦れて、三成は床にかがみ込み、目の前のジッパーを勝手に下ろしてその奥のものを取り出し口に含む。

「..ふっ..ぅ。」

 相変わらず拙い口で奉仕は少しも左近に肉体的な快楽を与えはしなかったが、この状況を拒むほど枯れてもいなかった。
 引き離すつもりで後頭部に添えられた手は柔らかな栗色の髪に埋もれてその感触を楽しむだけに成り下がっていたし、逃げようとしていた腰は温く蠢く舌技だけでは物足りずに喉の奥めがけて突き入れる動きに変わっている。

「ほしい?」

 ぢゅぽん、と品のない音をさせて口を外した途端に滴る唾液と先走りが飛び散って顔を汚す。必死で首を縦に振る三成の瞳は口の周りと同じようにしとどに濡れ光っていた。
 脇に手を差し入れて、力の抜けた身体を引き起こすと素早い動作でお互いの身体を入れ替え、左近は蓋を閉じたままの便座に座り込む形をとった。
 その上に三成を跨がらせ、いきりたつものを宛てがう。  

「そのまま、ゆっくり。お好きなように。」

 腰を支える腕は、決して行為を急かすことはない。
 あくまで三成の意思のままに飲み込ませようというのだろうが、当の三成にとってみればもどかしくて仕方が無い。
 逞しい下肢の上で股関節が外れそうなほど脚を拡げた姿勢を取らされて、自由の利かない身では好きなようになどできようはずもなく。
 おまけに互いに潤んだ箇所は滑り合うだけでうまく受入れる事ができない。
 入り口に確かに感じる熱と質量に、幾度も腰をくねらせながら三成は焦燥に咽ぶ。

「さこん..だめ..できない...たのむから。」

 涙声での懇願に、左近の理性も限界を迎えていた。

「いきますよ。」

 短く言うと五指が薄い肉を左右に割り開き、熱を突き立てる。
 押し入った時に、ぐんとしなった白い喉が震え断末魔のような嗚咽が漏れた。


 体勢を崩して後ろにのめりそうになるのを抱き寄せて好きに揺さぶる。
 成すがままに胎内を抉られ、掻き回されて、激しく蹂躙されるほどに三成の中はうれしそうに蠢いて左近を刺激する。
 周りを気にして始めは耐えていた声はもう抑えがきかない。
 せめてドアの外に漏らさないように三成に噛ませたマフラーは、手袋とお揃いのブルーが唾液が染みて広く深く濁っている。
 うまく逃せずにくぐもった呼吸が胸のあたりに溜まってひどくあつい。
 熱を燻らせるのはそこだけでなく。
 着込んだシャツの中で尖った胸の先、心臓に近い左のほう。
 タートルネックに隠れた首筋の、鎖骨との付け根の辺り。
 くっきりと浮いた内股の筋。
 触れて、吸い上げて、強く苛んでほしくて全身のあちこちがじんじんと疼いて仕方ない。
 こんなにも繋がっているはずなのに触れられないことが、歯がゆく、切なく、三成は滂沱に汚れた顔で啼き続けていた。

 

 

 

 コーヒーカップに盛られたクリームの山を手持ち無沙汰に突き崩す三成の仏頂面は疲労を色濃く映し、それでいて頑に表情を崩さないのは冷静を取り戻した今となっては先程までの行為が面映くて仕方ないのだろう、ほんのり頬が赤く染まっている。
 左近は自分のブラックに口をつけるふりをしてこっそりとため息をついた。
 不安と焦燥に焚き付けられた三成の情欲。
 その激しさの起因を左近は知らない。
 三成が自身で話す気にならない限りは、問いただす気もない。
 それでもいいじゃないかと左近は思う。
 わかったところで、結局は三成が自分でなんとかするしかないのだし。
 そんなふうに考える自分は大人、ではなくてどこか冷めているだけなのだろうか。
 せめて左近に出来ることといえば、さっきのように恋人の突然の衝動につき合ってやるとか、あとは例えばこんなこと。
 目の前の薄紅の、口づけすぎて心無しか腫れあがったような唇の端に乗ったクリームを指で拭ってやりながら。

貴方がどこかに行きたくなるまでは、

 じろりと向けられる視線は悔恨と羞恥と困惑が入り交じったまま揺れ動いて、しかしようやくこちらに向けられたそれが左近にはこのうえもなく愛おしい。

それまでは、左近もどこにも行かずに一緒に居ますよ。

 

 

 

 

 

 

そのころのカフェでは...おまけ